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プロローグ・オンライン:あるいは自分のためにゲームをする話  作者: 神尾鍋鍋
一章:あるいは彼の独立の話
6/6

3話二人の関係:あるいは裏切り(下)

「苦手なのは仕方がない、あれは急に抱き着いたあいつが悪い。でもね、信頼はできるんだ」

「どうして?」

「どうしてって、うーん。彼女は意外とナイーブ、いや傷つきやすいんだ」

「……」


あり得ない、まだ彼女のことはあまり知らないが、昨日の行動を受けてなかなか結び付かない。

手のひらほどの大きさのビスケットをほおばる、油で揚げたようなさくさくした硬さがあるのに、口の中で溶けていく。ゲームなのにこんなことまでできるということと彼の技術に感嘆する。

嘘をついていないか伺うように彼の顔を見るが、顎らへんに手を当てて隠すような動作をしている。目だけどこかに向くなど、それ以外には変な行動は見られない。……尖った顎はコンプレックスでもあるのかも。


「その顔は信じていないな。昨日だって、トシリさんが出ていった後、『やっちゃった』って後悔していたんだよ。それにやる、と決めたものは最後まで全力でやってくれるんだ。多分、いろいろと話をすれば分かって……」


彼の口が止まったのは何か別のことに気がとられたわけではなく、僕が首を横に振って否定の意思を示していることに気が付いたからだ。確かに話をしてみたいと思っているのだが、今はまだ無理である。


「……地道に行こうか。そうだ、彼女と一緒に話をするときに注意しなければいけないことが……」

「「おっはよー!!!」」


後ろからとんでもない大声がとどろき、咥えていたお菓子が落ちる。おそらく、話が中断されたのもその声の仕業だろう。

噂をすればなんとやら、振り返るとあの、女性の方がいた。……ごめん、ほかのことの印象が強すぎて名前忘れた。昨日のトラウマに近いハグを思い出し、あわてて椅子から立ち上がってサイプスさんの後ろに回る。


「……うるさい、もう少し声を抑えろ。それに怯えてる」

「なんで、サイプスの方がなついているの?!」

(ちゃんと行動を顧みたらわかるかも……)


サイプスさんはいかにもうるさかったと、片手で耳をいじっている。

女性の方は横にスライドして僕の方を見ようとする。しかしサイプスさんがもう一歩の手で僕の位置を確認しつつ、僕・サイプスさん・彼女の順に一直線になるよう動いている。

やはりサイプスさんは面倒見が良いのだろうか。


「……それは当然だ」

「……」

「むむむ」


無言で彼の向こう側にいる彼女をにらんでいると、ひょいと彼女の頭が横にずれた瞬間に目が合った。まるで納得できない子供のような困った顔をしている。……かわいいのだが被害を受けるのは僕なのだ。

と、急に興味を失ったのかあるいは何かを思いついたのか、彼女が急に食器の置いてある棚の方へ移動する。


「何をする気だ?」

「確かここら辺にあったかも、よし、あったあった」

「なんで、そんなところ、に」


向きなおった彼女の手には手のひらサイズの白い箱のようなものが握られていた。箱は一つの面に丸いガラスが埋め込まれ、その奥には水晶のようなものが入っている。

サイプスさんは箱が出てきた瞬間から目に見えて焦り始め、僕と彼女に何度も目配せをし始めた。彼女はその箱を覗き込むように何かをいじっており、いたずらをするような子供の顔をしている。

箱の正体というものに全く見当がつかない僕は、何かよくわからないものに向けるような恐怖を感じる。


(??)

「あ~!??! サイプス何やってんの?!」

(????)

「……やっちゃった」


僕の思考が「?」で埋め尽くされようとしていると、突然空中に僕とサイプスさんがキッチンにいる画像が映し出される。光の根元には白い箱がつながっている。

サイプスさんは慌てて動き出そうとするのだが、彼女が僕を強奪する可能性も捨てきれないのか、動かないままだ。


(カメラかな?)


と、画像が急に動き出し、サイプスさんが駆け出した。


『はあ、はあ、』

『えぐっ、えぐ』


わー、すごい。顎の飛び出た成人男性が興奮したように息を切らせながら、今にも泣きだしそうな女の子に迫っている。

そしてすぐに映像は消えた。……僕たちに大きな誤解を招きながら。


(いやいやいや!)

「うそぉ?!」

「り、理由があるんだ! ちゃんと説明するから! それを止めろぉぉおお!!」

「いやーないわー、女の子に、しかも小さな子に迫るなんてないわー」

「待って通報だけは止めろ。話をしよう、な!」


あの時僕ってあんなに緊張していたの?! あれを見られたら絶対誤解される。

驚きで思わず声が漏れたが、すさまじい剣幕の二人には気づかれた様子がない。サイプスさんの影がなくなった今、安全そうな棚の後ろに隠れる。見た瞬間は心臓が破裂するかと思ったが、自分よりも驚いている人がいるとかえって冷静になった。

やはりあれは映像を録画する装置だったらしい、タイミングが悪かったとはいえ、まさか録画されているとはだれも思わない。

そして急に彼が座り込んだ。何をやるつもりかな。


「本当に申し訳ない、あの時俺たちは緊張していたんだ! だから、それを渡せ!」


そう言うと頭をこすりつけるように土下座をしながら、激を飛ばした。絶対に謝るような態度ではないのだが、今回ばかりは仕方がない。

それで彼女の方は、箱・サイプスさん・僕の三つを見比べながら、顎に手を当てて何か考え事をしている。絶対にろくなものではない。

そして、おもむろに箱をこちらに差し出した。そしてもういちど僕の方を見ながら一言、


「交換」

(こう……かん……? ……!!!)

「……!!!」


カメラの代わりに僕を差し出せと彼に言っているんだ! これはまずい。

驚きと恐怖におびえているとサイプスさんがゆっくり立ち上がってこちらを向いた。そして、その目はどこか悲しげだ。


(ねえ、ねえ! サイプスさんは優しいからそんなことしないよね。ね!)


サイプスさんをまだ完全に信用してはいないのもあるだろう、慌ててこの場から逃げようとするが、あの入ってきたドア一つしかこの部屋に出入りするところがなさそうだ。しかも彼女がそこに陣取っている。ということで端っこで小さく丸まってやり過ごそうとする。……絶対無理だ。

隅でガタガタ震えていると、脇に手が差し込まれ、浮遊感とともに暗かった視界が明るくなった。うそ、持ち上げられている?! こんなにこの体は軽いの?!

手を確認してみると、男のような色黒でごつごつした手に掴まれているのが分かる。後ろを振りかえると、非常に申し訳なさそうな顔をした彼が見える。


「サ、サイプスさん?!」

「これでいいんだろ」

「彼女が先よ」


僕の発言は完全に無視され、まるで人質を解放する手順のような取引が繰り広げられる。……問題はどちらも加害者であることなのだが。

救いを求めるような顔で彼女を見るのだが、彼女はみじんも意に介した様子はなく、僕は脇に挟まれるような抱え方になるよう彼女に渡された。

目の前には扉が見え、後ろには二人の取引が展開されている。思い切り体をじたばたして揺らすのだが、レベルなどの差の影響もあるのだろうか、全く彼女が動じた様子はない。


「う、裏切者」

「じゃあその映写機の番だ」

「はい、毎度あり」


その映写機を彼女から受け取ったようで、彼女の体が反転して彼の情けない顔と目があったかと思えば、彼はプイっと横にそらした。

何か言えば解決するような気もするのだが、嵐のような彼女に今は場を制圧されていて、何を言っても駄目だというのが伝わってくる。


「タスケテ」


一瞬だけ、彼ともう一度目があったような気もしたが、扉が閉まって隔絶された。


「トシリちゃんまずは噴水のところに行くよ」


物置、たくさん人のいるホール、石畳の順に風景が切り替わっていく。振動がじかに伝わってきて気持ちが悪い。

町全体が暗いと思って上を向けば、無数の星々たちが煌めいており、満天の星空が広がっていた。


(こんな状況でなければもっと楽しめたのかも)


パシャパシャと水のはねる音が聞こえる噴水の広場についたことに気が付いた。そして地面に足から降ろされ、彼女の目が僕をとらえる。


「昨日はよく話もできなかったから、武器とかそろえたり、この町と狩場とダンジョンについて案内するけど良いね!」

「う、うん」


やっぱり彼女のことはまだよくわからない、かなり強引であまり人のことを考えていないようにも見える。しかしこれが彼女の人との接し方であるなら、僕はそれを認める必要があるのだろうか。


「あ、そうだ。もしかしたらここに移動するって聞かれていたかもしれないし、まずは商業地区に移動しよ」

「移動する、なんで?」


彼女が僕の手を握って噴水広場からの移動を促す。それと同時にバックに手を当てたと思うと、箱が彼女の手に握られている。

人と余り手をつないだことのない僕にとって、人から握られることは新鮮で少しドキドキすることなのだが、感情はその箱に引っ張られる形となった。


「そ、れ、は~。コレ」

「それ、渡したはず?」


その箱というのが今さっきまでの騒動の種の映写機と全く同じ形をしていたのだ。


「そうそう、サイプスが後ろ向いている間に別のやつとすり替えたの」

「……」


つまり、仲間を騙した、と。彼女に白い目を向けるが臆した様子はない。

遠くからサイプスさんの叫び声が聞こえたような気がして、彼女が駆け足になった。


「サイプスも、『犠牲で得られる利益は自分の利益になりにくい』ってよく理解しておくべきだったのよ」

「……」


深い事か浅い事かよくわからない論を持ち出しつつ、彼女が「あーはっはっはっは」と大笑いをする様子を眺める。

そんなことをしたのに僕は彼女の下を離れない。それはたぶん僕が彼女のことを知りたいのかもしれない、あるいは彼女といることで僕の想像できないような楽しいことをできるような気がしたからかもしれない。


そして僕は初めてこんな「連続した裏切り」を知った。

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