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プロローグ・オンライン:あるいは自分のためにゲームをする話  作者: 神尾鍋鍋
一章:あるいは彼の独立の話
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2話二人の関係:あるいは裏切り(上)

「はい、とても面白かったです」


前回の金髪の子供の姿ではなく、黒髪のやや背の高い男が目の前に座っている。彼の目は私の目をしっかりとらえずに、床の木目を見ているが、これが彼との適切な距離感でもある。

こちらの視界の隅には新しいドラマの相関図が投げ捨てられている。これも気になるが、見たことのないそわそわしている彼の方が気になっている。そこまで長い付き合いではないことは承知なのだが……。


(羞恥のポイントが高い……? しかし不快とは思っていない? まさか、姫プレイ? いやないだろ)

「ならよかった。ところで一人ぐらいは話せる相手を見つけた?」

「えっと、言われた通りマッチングしてみたら、二人と話ができました」

(意外だ。失礼だが、実際あまり話していないはずだ)


ぎこちない笑顔をしているが、パラメータを見ても喜んでいることが分かり、少しだけ胸をなでおろす。

『はい』とか『うん』とかで、話すことに満足してようとしている可能性も高い。


(しかし、初めての割にはよくやっている方だ)

「しかも、二人とも考えが全然違っていて、あの、その、見ていて面白かったです」


彼が喜んでいるのは本心だ。人先指同士をくっつけたりはなしたりして、緊張やドキドキを紛らわせようとしている。今どきの子でもそんなあからさまな動きはしない。

それにしても彼とのマッチングをした人達はどういう人格を持っているのだろう。全く同じような引っ込み思案なら、こんなことにはならないはずだ。


「いったいどんな人だった? どんなところが見ていて面白かった?」

「えっと、男の人の方は振り回される側だけど、しっかりした医師があって。うーん、女の人の方は思いっきり暴れまわって、……すごいエネルギーを感じた」

「うん」

「その二人が喧嘩したりするけれど、多分きっと仲が良いんです。……あ」

(……? 今、急に不安になった)


彼は今自分の発言にはっとなった顔をして、表情をぐっと曇らせる。

自分が彼らの邪魔をしてしまうのではないかと気が付いてしまったのだろう。だが邪魔になるなら最初から人を集めようと考えるはずがない。


「大丈夫、人を集めるために募集をかけているんだから、君は必要とされているんだ。だから君がいたとしてもその二人の関係は崩れることはないよ」

「……そうですかね」

「私のことは信用できない?」

「いいえ」

「でもその二人のことは信用できるかわからない?」

「っそんなことは、……わかりません」


彼の顔がや也ひきつっており、自分の考えに恐怖を感じているのだろう。しかし、先ほどの言葉は厳しいものがあったのかもしれない。

だが相手を傷つけてしまうのではないかと考えてしまうのはあくまで考えすぎだ。


(それでも、やっぱり優しい人だ。……でもその優しさが彼自身を苦しめている。でも)

「じゃあ君は私と初めて会った時、最初から私のことを信用していたのかい?」

「……!」

「多分、信用できていなかっただろうね。だが私は君といろいろな話をすることで、君にとって信用できる存在になったんだと思う」

「すぐに信用するのは変だって言うことですか?」

「うん、時間をかければそれなりに相手の人格や思いもわかるようになるさ。あと、」


少し言いよどむ。ここから先は彼にとって認めたくない、あるいは思いもよらない感情かもしれない。

彼の表情をうかがう、先ほどの言葉を自分なりに当てはめようとしているように見える。しかし、そんな困惑だけではなく、未来への展望をのぞかせているようにも感じた。


(まだこんなところで伝えてはならない言葉だ。『いつか君にとって信頼できない人間も現れる』ということは)


高確率でこの言葉は彼の心をへし折る。何とか方向転換しようとして、ひとつ疑問になったことを思い出した。


「アバターが自分の体とは大きく違っていたけど、それに違和感があるとか、変えたいとか思ったかい?」

「いえ、そんなことはなかったです」

「? こんなにかわいくなってしまうなんて! とびっくりしなかったのか?」

「えっ」


『キャピ』と偏見上の女の子がするような身振りをすると、頬を引きつらせて澤田は笑ってくれた。……今のは絶対変だと思われた。

絶対にドラマのヒロインのぶりっ子ポーズが頭にしみついて離れなかったせいだ。


「なんかごめん」

「いえ、だ大丈夫です。普通の人だったらそんなふうに考えるのですか?」

「う~ん。普通じゃなく多数の人は、自分かわいい、とかこんな姿なんて恥ずかしいとか考えてたりするよ」


前にかわいいアバターの交流会に少し参加した時のことを思い出して少しだけ赤面する。

もしかしたら、彼のジェンダーが違和感のなさに関係しているのかもしれないが、そこまで踏み込んだような話は今やるべきではない。

しかし先ほど、彼が『普通』を強調している以上、やんわりと否定しなければならない。


「多分『本質』であるから自分の感覚となじんでそういうふうには感じないはずだ」

(あくまで妄想だ。そんな根拠などどこにもない)


彼はいつも普通の人間になりたいと考えている。しかし『普通』という定義はいつもあいまいで、人によってさまざまな『普通』が存在する。

私の考えだと、『普通』を押し付けるという行為は思想の押し付けでしかない。だからこそ『普通』という言葉は使ってならないのではないか……。


(まあこれも思想の押し付けなんだろうけど)

「でも、恥ずかしいとかじゃなくて何か不思議です。自分の姿が全然違うのにそれを自分だとわかっているような気がして」

「自分が認識しているはずの体と自分が動かしている体の違いに違和感を持ったということだね」


おうむ返しのように似た言葉で繰り返すと、彼が目を見開いて驚いた顔を私に合わせた。どうやら意図に気が付いてくれたらしい。


「あっ、それがさっき言っていた違和感なのですか?」

「そうだね、何も感じないのはちょっと珍しいから驚いたんだけど、それを聞けて安心したよ」


ほっと息をつきつつ、ちらとタイマーを見ると次の予定時刻の7分前になっていた。意外と時間を消費したが、彼の交流やアバターについても聞けたし、それなりに満足できた。


「そろそろ時間だね。何か聞いておきたいことはあるかな?」

「いえ、特にはないです。でも今日もちょっとだけゲームしてみます」


ただ、まだあのアバターの構成要素はかなり気になるところだ。

高い確率で親が関係しているだろうけど、親という存在は澤田にとってもかなりの脅威であり、それなりに時間をかけて聞いていくしかない。

彼が私の顔を見て話したのは全体の8パーセント、前よりずっと君は成長できている。


「行ってらっしゃい」


◇ ◇ ◇


カチカチ、ピーと耳元で音が鳴り、ぼやけた背景がゆっくりと実態を持つ空間に変化した。

世界全体がどこか薄暗く、木でできた棚が所せましに並んでいるが昨日よりは整理されている気もする。多分『甘い草』のパーティハウスだ。空は見えない。

背伸びをしても一番上の段には届かない。ローブの中をのぞけばわずかな凹凸が乗った無地のシャツとパンツが目に入る。芳樹さんに言われたことを思い出して、不思議だなと思うことはあるが、かわいいと思えた感じはしない。


(そもそもこの体ってあの少女のものだし。興奮しない)


できないと言った方が正しいだろう。それにもし興奮なんてことをしたら、どんな夢を見るかたまったものではない。前回だと凍死と焼死を同時に味わうという稀有な体験ができたが、今度という今度はなんかこう凄いことをされてしまうかもしれない。

かぶりを振って、その少女のことを頭の隅に追いやる。それより重要なのは今二人がどこにいるかだ。昨日のことを思い出そうとするのだが、


(しかも女性の方に抱き着かれてそのあと話をしたはずだけど、あまり内容を思い出せない)


強引な人と話をするのが初めてだった。というのが一番の原因とみて間違いない。

周囲を見回すと、横の部屋につながるドアから光が漏れていることに気が付いた。音を立てないようにドアに近づくと、奥からぐつぐつ沸騰するような音が聞こえた。


(何も書かれていない? いや背が低すぎるだけか)


上を見上げれば『サイプスの調理場』と書かれており、あまり嗅いだことのないソースのいいにおいがする。多分サイプスさんが何か料理を作っているのだろう。

ドアノブを回すとそこにはキッチンが広がっていた。食器や鍋といった必要なものが棚や壁にきちんと並んでおり、とても先ほどの部屋の所有者の一人とは思えない。

かなり壁と床はタイル張りで規則正しい配列をしており、机と棚も同じ素材で統一されこだわった内装をしたのだと十分に予想できる。

女性の方はいったいどれほど汚い部屋になっているのだろうか……。


「失礼します」


サイプスさんはコンロに向かって料理をしているのだが、声をかけるのはまずかったかな。

サイプスさんはコンロの火を止めると、こちらに向きなおって手招きをする。


「あ、来た来た。えーと、トシリちゃん、さん?」


そして、ウィンドウを開いたような動作をした後、こちらの名前を呼んだ。

軽く会釈をして、置いてある椅子に座った。お尻にあたる部分がもちもちして気持ちがいい。


(僕の名前を確認していたのかな。でも僕も女性の方の名前が思い出せないから同罪かも)

「はい」

「ようこそ、俺の部屋へ。……と言ってもキッチンのみななんだが」

「えっと、すごく整理されていて、きれいだと思います」


褒められたことが嬉しいのか照れ臭そうに笑う彼、そして僕の方は必死に次何を言えばいいのかを考えている。

視線を部屋中に張り巡らせ、必死に次の話題を探している。


「いや、あの部屋と比べたら。どんな部屋だって汚いでしょ」

「えっと、そんなことないと思います」

「緊張してる?」

(ドキ)


ズバリ当てられてしまった。額から汗がだらだらと流れるような不快感がして、額の汗をぬぐうような動作をしてしまう。多分、今にも泣きそうな顔をしているのかもしれない。

サイプスさんは何か不味いことをしてしまったとでも言いそうな顔をして、右の棚を探り出した。


(ご、ごめんなさい)

「お、お菓子は、ない! いや確かここに、あった! 前にハーブティ作ったから飲まない? いける?」


時々顔を僕の方に向けつつ、何とか慰めようとする彼に申し訳なさが勝ちそうで、今にも泣きそうだ。でも泣いたら本当に大きな溝が生まれそうで、ぐっとこらえる。

慌てて、机の上にはお茶やお菓子、甘い香りのする植物が並べられ、あたふたしながらもきちんとコップが並べられた。

赤茶色のお茶にからは甘みと鼻の奥がツンと来るような爽やかに香っており、少しだけ気分が和らいだ気がする。


「ごめんなさい」

「ふー。いや、全然。平気平気。配慮が足りなかった」


息を切らし、大粒の汗をたらしそうな顔でコップにお茶をよそう彼。視線はお菓子の方に向いており、僕の方にいろいろなものを差し出した。『シトスのハーブブティ:水』と吹き出しが飛び出ており、その下には満腹度や影響について書かれてある。

差し出されたコップをおずおずと受け取って、相手の顔をちらちらと伺いながら口に近づける。


「もらいます」

「どうぞどうぞ」


ミントのような鼻を突き抜けるような香りと果物のような甘みが合わさっており、今まで味わったことのない味に驚きつつもコップを外すことなく飲み切った。


「ふう」

(しまった、おいしかったから全部飲んでしまった)

「……いい飲みっぷりだね」

「は、はい。さっきはかなり緊張してしまいました」


今も胸がはちきれそうなのだが、お茶の影響もあったのか最初よりは緊張の糸が緩んでいる。

もう一度じっくりと彼の顔を見る。目を見るのはやっぱり無理なので顔の輪郭をなぞってく、するとあることに気が付いた、顎がとんがっているのだ。

顔全体で一部が角になった円のようで、より気分がなごんだような気もする。


「大丈夫だって、俺も最初はソロでやっていたんだけど、あいつと組んだ最初のころはかなーり緊張してたけど、しばらくしたらちょくちょく喧嘩するようになったんだ」

「そうなんですか」


サイプスさんはなくなった中身にもう一度お茶を注いでくれているのだが、意外と緊張しているようで腕がプルプル振るえていた。それでちょっとだけ同族意識のようなものが生まれた。

僕はお菓子へと手を伸ばす。吹き出しは無視してビスケットと呼ばれるようなお菓子を口に運ぶと、わずかな苦みと優しい甘さが口の中に広がった。


「えーと、そうだ昨日よりも倉庫片付いていただろ、あいつはすぐ出ていったけどもう少し上のグレードの棚が必要になるかもしれないって。まあ数日もすれば片付いているはずだから」


さっきから、彼女のことばかりである。もしかしたら昨日のことが関係しているのかも、だがはっきり言ってもらわないとわからないかもしれない。


「彼女のこと、苦手なんですか?」

「うーん、ちょっと嫌いかな。それはどうしてそんな質問を?」

「さっきから彼女のことばかりなので、それに少し……苦手……です」


つい、口が滑って人のことを苦手だと言ってしまった。サイプスさんの言葉に影響を受けたのだが、結局言ってしまったのは僕の方であるから、後悔してしまう。

でも彼が仲間のことを嫌いだというのは心外だった、仲間というのは互いに必要としあって、組むものだと考えていたからだ。


「苦手なのは仕方がない、あれは急に抱き着いたあいつが悪い。でもね、信頼はできるんだ」

「どうして?」

「どうしてって、うーん。彼女は意外とナイーブ、いや傷つきやすいんだ」

「……」


あり得ない、まだ彼女のことはあまり知らないが、昨日の行動を受けてなかなか結び付かない。

手のひらほどの大きさのビスケットをほおばる、油で揚げたようなさくさくした硬さがあるのに、口の中で溶けていく。ゲームなのにこんなことまでできるということと彼の技術に感嘆する。

嘘をついていないか伺うように彼の顔を見るが、顎らへんに手を当てて隠すような動作をしている。目だけどこかに向くなど、それ以外には変な行動は見られない。……尖った顎はコンプレックスでもあるのかも。

すみません提出などが重なったりして、当行が遅れました。

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