下:あるいは木村芳樹
(じゃあいったい誰が殺したんだ? 動機はこの人にあったわけだ、しかしそれが犯人がこの人でない以上ストーリーが不成立になってしまう)
私、木村芳樹は業務ケアスペースの中でじっくり昔の長期推理ドラマなるものを見ている。自分のホームでも見ることができるが、音響プログラム等の設備がこっちの方が整理されているため、こっちの方で視聴中だ。それだけではなく、ホームに移動する際の目が覚めるような微妙な感覚が苦手、というのもある。
(犯人が二転三転するのは、もしかしたら話を引き延ばすための強引な手なのかもしれない)
昔、推理ドラマや刑事ドラマは週に1回以上は放送されるほどの人気ジャンルだったらしいが、VRの発展により脳から直接記憶を読み取る技術が発展した結果、容疑者から犯人をすぐに割り出せるようになった。
そのため、リアリティの欠如などの理由により、人気は失墜した。しかし長期ジャンルは生き残っていたりするので意外とマチマチなのかもしれない。と、怪しい影が主人公の後ろに移ったところで話が終了した。ここまでの話や関係を見ながら、自作した相関図に書き込んで私自身でも犯人を推測してみようとする。
(こいつは犯人ではない。ところで、この引っ込み思案なキャラクターは結局のところあまりかかわりがない、逆にかかわりがなさ過ぎてあとで深く掘り下げられるのか、あるいは、この事件の犯人なのか。……)
引っ込み思案というフレーズから、今日の澤田透依を思い出す。このケアスペースではそれほど引っ込み思案には見えないが、実際……いや現実だと驚くべき程口下手になる。
しかしあのゲームを遊んでいくうちにきっと自分だけの自分を見つけることができるかもしれない。
(あ、マズイな)
いろいろと書き込み、考え込んでいたせいで、左端で点灯する光に気が付くのに遅れた。私がここにいることを確認して誰かが面談を取ろうとしてきたのだろう。
焦った私は相関図を投げ飛ばして、部屋を基本セットに戻しながら、ろくに相手の名前を見ずにルームに招き入れる。とその瞬間、金に近い茶色の塊が目に入った。細い繊維の塊のようだが、ハリネズミのように飛び出ている。
(これは、金髪か? しかしアバターをわざわざあるあるな金髪にするとは考えにくい)
私のアバターは、元の体のままで背の低い方なのだが、この子は頭頂部の近くのつむじが見えるほど身長差のあるかなり背の小さいアバターだ。この住居で金髪のアバターを持っている人はいたが、ここまで背が小さいと、いろいろと不便が出るため使っている人はいない。明らかに不審な人柄だ。
(いや、メンバーのみしか入れないとはいえ、確認せずに通した私が悪いのだけど)
謎の人間に行動を停止していると、その子は助けを求めるような顔をこちらに見せた。
ぱっちりした目をしておりその色は黒がかかった青、鼻は小さくとがっていて、よく聞く欧米の典型的なイメージ通りになっている。顔は少し角ばっているが、年相応のかわいらしさがあり、日本であまり見ないのも相まって一度見たら忘れない顔になっている。……左目の下に小さなほくろがある。
服がかなり大きいようで、ズボンと服の裾がかなり余っている。それだけではなく胸も少し開いており、つい目が引き寄せられるので、このアバターの正体を推測することに集中する。
「あ、あの」
(a,ano? いや日本語か、不正アクセスとかではなくやはりこの住人。おや? これはもしかして澤田か)
声は透き通るような子供の声で、
肩の上あたりに、『プロローグ・オンライン制作アバター』というマーク付きのタグが付いている。慌てて参加者のリストを展開すると、やっぱり澤田透依が参加した状態になっている。
(良かった、変なことが起きてなくて)
内心ため息をつきながら、顔ではそういった表情を見せずに、追加で感情観察モジュールの起動ボタンを押す。このモジュールは相手の大体の感情を読み取ることができるプログラムだ。
しかし起動までに時間がかかるのが難点。
(わざわざアバターを見せる場合、先に連絡を入れるはず。しかしいきなりの突劇である以上、彼から発言したほうが聞き出せそうだ)
「……あの、アバターの変更ってどうやればいいんでしょうか」
澤田のマイペースな疑問に思わずずっこけそうになった。しかし……、モジュールには『恐怖』のパラメータが一番大きくなっている。
体だけはずっこけたふりをしつつ思考を加速する。推理ドラマを見ていたせいか頭の回転が速くなっている気すらある。
「なるほど、プロオンでアバターを作ったはいいが、そのアバターから戻れなくなった、ということか」
(だが、それは調べようとすればいくらでも出てくるはず、それに戻れないのであれば『羞恥』の方が上に来る。つまり、私に何かをしてもらうことを求めているのか?)
「そうなんです」
澤田は困り顔のまま迷ったように、視線を斜め上の方にずらしていく。
恐怖に対する助けがこの面談に来ることであれば、澤田の『恐怖』の対象は高確率で彼自身に向けられている。
(それに、このまま戻し方を教えてしまえば彼の望みは達成されない)
「教える前にそのアバターについて聞きたいことがあるんだけど」
「何ですか」
「肩にプロオンのマークがついているということは、それが君にとっての『本質』ということなんだね」
「……はい、こんな小さな女の子になるなんて、ちょっと恥ずかしすぎます」
ダウト、それに今の発言で何か頭の隅に引っかかりを覚えた。高い確率で彼は何かを隠そうとしながら助けを求めている。
『本質』が彼にとって大きな影響を与えた何かであることは確定事項だ。
(外国人として何か言われたりすることに不安を覚えている。……違う、そんなことは無視できるのが澤田だ。いや、いっそのこと切り出したほうがいいかもしれない)
「恥ずかしい? それより戸惑いとか何か怖がっているように見えるけど」
驚いた顔でこちらの目を見ながら、何か切り出そうとする顔で迷いながら彼は声を出す。
「すみません、でも怖いんです。この姿が」
(自分の本質が怖い? 当たり前だ、誰にとってもそんなことは……当たり前……だよな)
少し考えすぎていたようだ。彼の恐れというものは、子供の形をした自分に対する恐れのようだ。
……何となくそれ以外の気もするが。
澤田は自分にとってのつっかえがとれたようで、恥ずかしさのゲージが急上昇している。
(誰にとっても本質が怖い、と言う説得だと説教じみた形になる。なら)
「本質とは自分の形だ、誰もがいつか必ず向き合わなければならない相手なんだ。それと相対せずに生きていくことはできる」
「相対しなくたっていいです」
「じゃあなぜ、私に話をしに来た? 検索すればすぐに出たはずだ」
「……」
「違うかもしれないけど、君は自分だけでそれを解決できるほどの力がない、だから君は私を訪ねた。気が付いてほしかった」
「……その通りです」
下の方を向いてシュンとなる澤田、いつもとアバターがかなり違うせいもあるのか、心が痛む。しかし逃げ出す様子はない、この会話は成功したようだ。
「だが、ぞれなりに推理力がある方だと自負しているつもりだが、私にはまだ情報が足りなくて推測ができない」
「……絶対に言いません」
怒りのこもったような強い意志を感じられ、意外な感情に少し驚く。澤田も何か解読のための情報をくれると思ったが、子供のガワというのは彼に与えた影響が大きいのだろう。
(おそらく性別は関係ないのか? それよりも子供であることの方が影響が大きいのかもしれないな)
「言わなくてもいい、十分顔の割れている私に話すのはいやだろう。でも、君には打ち明けることのできる。仲間ができるかもしれない。たしか、前にも言ったはずだ、それで君にこのゲームを進めたんだ」
パロメータを見ずともはっきりわかるほどに安心している。いまだ彼が何を求めているのかわからない。
メンタルヘルスとかの同僚とかの話から、このゲームをし始めた人々に高い満足度と精神衛生の上昇が認められている。また、プロオンの精神に与える良い影響とかで近々論文を提出する予定であり、校閲した記憶が思い出される。
「……でも、このゲームで何か解るようになるのですか?」
「うーん、まだ確定した事項ではないし、君が気に入るかもわからない。しかし、私とだけのつながりがあるのはまずいんだ。あと先生とかのみ。小さな仲間のくくりだと、私がいなくなった時には君がどうなるかわからない」
「だから、このゲームで友達を作ったほうがいいのですか? こんな姿で作っても……」
「平気だよ、私の上司は男のはずだがかわいいアバターをずっと利用していて、その正体なんてよくわからない。その中にどんな姿がいたとしても、私たちは誰も気にしない」
「それに君がどんなことを隠していようと、君と深くかかわらない限り、隠しごとに気が付くのは無理だ」
「……」
「だが自分の本質で存在している以上、君の本質に隠された秘密と対決する日が来るかもしれない」
澤田の目が大きく見開かれ、何かを理解したような形で沈黙を続けたまま何かを考えている。自己確立はやらなくていいと言ったことはただの建前だったようだ。
「……やりたいです」
「……いってらっしゃい」
彼が私の目を見るのは2回目だ、ぺこりと頭を下げて、私も下げ返す。頭を上げるころには彼の姿は見えなくなっており、無事にスペースを退出できたようだ。
結局、彼が何を求め、何に悩んでいるのかは理解できなかった。それがあのかわいらしい子供の姿を形成したものであるとすれば過去にその人に会った可能性だってある。
(いや意外と、その姿を利用していいのか悩んでいたのかもしれない)
6か月前、彼がここに来たことを思い出す。彼の両親のことは残念、いや仕方がない事だった。彼はいつかそのことを思い出に昇華して前に進むことがあるのだろうか。
「……でも何か忘れているような」
そもそも彼は何を建前にしてここに来たんだっけ?
◇ ◇ ◇
「へー、まさか彼女というのは女装した彼のことだったのか」
あの相関図を手にして、ドラマの主人公が犯人を問い詰めているシーンに食い入る。今まで立てていた考察の相関図を編集しつつ、最終話のおさらいを行っている。
(確かに顔つきが同じだ。全く想像できなかったな、犯人は女性だと変にこだわりすぎていた)
「ん?」
今何か頭の中で、何かがつながり、何かを知れたような気がする。しかし、何が引っかかったのかは理解できない。
用語解説
・ホーム、個人作業スペース、デスクトップ等
VRの発展により、パソコン業界も大きな影響を受け、従来の画面を利用するパソコンはなりを潜め、パソコン内に個人の電脳空間を構築し、その空間でアプリを起動するなどして作業をするのが主流となった。その空間の名前のこと。