中:あるいは事前準備
[授業お疲れ様でした個人作業スペースに移動します]
「近年の日本の産業か......。500文字も」
白い自室の中、キーボードに手を載せたまま、考える。とっととオンラインゲームの準備に移りたい所だが先に書かなくてはそのまま寝てしまいそうだし、減点はデータ提供の件もあるしちゃんと提出すれば無しにしてくれるかもしれない。......多分。
うだうだしていても始まらないし、適当に第一次・第二次・第三次産業について項目を作って、それぞれについて140字くらい書けばきっと良いはずだ。
(まず第一次産業。食料を生産する産業)
第一次産業は食料を生産だ。ほとんどがプラントコアとミートコアという生物種に水や栄養源を供給して培養、大量の食糧を生産する。コアにもいろいろな味や種類があり、各メーカーがしのぎを削っている。砂糖は別の工程でに大量生産しているとか。
また、過去の畜産や農業もかなり少数であるが残っており、金持ちやあんな人たちには人気である。ただ不純物や問題物質が多くなるので今も減少傾向にある。
ほとんどは生体アンドロイドとロボットの作業で行われる。
(第一次はこんなもんかな。次は第二次、製品の生産)
第二次産業はロボットやあらゆる部品や製品の生産だ。生体アンドロイドやロボットの生産もここに入る。近年は車や鉄道を使わなくても人と人の距離が縮められるため、車会社等は瀕死状態である。
ほとんどは生体アンドロイドとロボットの作業である。
(第二次は書くことが少なすぎる。その分第一次が多かったから良いのかもしれない)
第三次産業はあらゆるサービスのことだ。政治や通信、プログラミングなどがここに入る。
その中でも教育は特殊で、脳研究の結果により特定の機材だけで知識は脳にインプットできるようになったため、ほとんどの教育は意味のないものになってしまった。
いまだ人間と同程度の思考力を持つAIは存在できていない。
ほとんどが人間の作業で行われる。
(こんなところだろうか。文字数はギリ500を超えたしこれでいいか)
誤字脱字がないか確認して、先生へと送信した。授業様子は後で見るとして先にオンラインゲームの準備をしたい。ふうっとため息をついて、思いっきり背伸びをするが疲れは取れた気がしない。
「いや、接続切らないとちゃんと背伸びもできないや」
電源切る前にもう一度スペック確認だ。VRMMORPG『プロローグ・オンライン』の必要能力を攻略サイトを見ながら確認する。......やはり他のMMOより必要スペックが低い。追加で攻略サイトを見ながら、されるがままスペック確認を行う。
前も見た通り、必要スペックはぎりぎり上を満たしている。
(木村さんはなんでこのゲームを進めたんだろう。『君のためになる』って)
『プロローグ・オンライン』、略称プロオン。有名ゲーム会社「雲容堂」の開発したR18VRMMORPG、他のVRMMORPGよりも圧倒的に必須スペックが低く、その敷居の低さから現在における上位VRMMORPGに食い込んでいる。
最初の1か月のみ無料で、そこから毎月600円の使用料がある。
オブジェクト優性......何とかを利用しているのが特徴らしい。しかしそれがこのゲームの売りではなく、『本質』こそがこのゲームの売りらしい。『本質』とは自分の想いや姿をどう認識しているかということらしい。
自分の『本質』で世界をめぐり、自分の想いを偽ることなく遊べるというのが何よりもの売りで、多くのプレイヤーがそれを楽しんでいるらしい。
ちなみにR18なのはVRMMORPGの基本である。
(けど動画見てると、明らかに18歳未満もいる。それが本質なのか?)
ショップアプリを開いてダウンロードボタンを押そうとして指が止まった。
昨日もダウンロードしてみようと思ったが、自分がどうなるのか、自分がどう認識されてしまうのか、そう考えてしまうと指が止まってしまったのだ。
このゲームで自分が本当にわかるのか不安だ。それに近年のオンラインゲームのは治安が良くなっているらしいが、変なプレイヤーとか怖い。
顔を抱えて、座った椅子ごと後ろに倒れて横になってゴロゴロしながら、悩む。
(でも、何かになってみたいんだ、誰かと仲良くなりたいんだ。期待しすぎてはいけないんだろうけど、やってみたいんだ。でも......また明日にしよう)
時間にしてみれば数秒だったかもしれないけど。感覚では30分ぐらい悩んだ気がする。
顔前から手をずらし、ウィンドウを閉じようとして再び手を止めた。
またやってみたいと悩み始めたわけではなく、すでにダウンロード中のマークがあったからだ。ダウンロードウィンドウは体に追従するため、ゴロゴロしているときに偶然押してしまったのだろう。
「あー。やっちゃった」
ダウンロードはゆったりと進行し、あと10分以内には終わるだろう。だが授業やうっかりが積み重なって現実に戻らないと疲れが取れそうにない。
パソコンを稼働状態のまま、個人作業スペースをシャットダウンさせる。
[個人作業スペースを終了し、現実世界に帰還します。お疲れ様でした]
◇ ◇ ◇
ふと目が覚めた。今日通算5回目の感覚だ。最初が起床、ログイン、夢の中、起床、個人スペース、現実と1回ログインしただけでこれだけ体験するとは思わなかった。
ベッドからゆっくり起き上がろうとしたとき、背中の部分がべっちょりと濡れていることに辟易した。あくびをしながら大きく腕を伸ばす。それとともに顔の汗が集まって顎から滴り落ちた。
いつも通りの6畳の部屋。部屋にくっついたシャワーとキッチン、小さな冷蔵庫とベッドと大きめのパソコンがあるだけのかなり簡素な部屋だ。冷蔵庫から緑茶を取り出し喉に流し込む。
「シャワー浴びよ。シートも新しいのに変えようかな」
部屋のシャワーを浴び、シーツを持って自室を出る。ドアのプレートには澤田透依と書かれている。横にも同じように名前のプレートが張り付いている。左手にはシーツと服とタオル、そして右手に持ったカギで自室を閉める。
ここは広島県第五集団住居、住居のない者や身寄りのない者たち、親から自立してすぐの者たちが集まる場所。お金がなくてもへんてこな服と栄養のみを追求した食料、極端に狭い部屋などの供給があり、生きていくだけなら何の問題がない。しかし少量のお金を払うことができれば、グレードは上がり、高速回線や食材、月一で提携した衣類会社の商品を一セット貰えたりする。
(僕の場合は保護制度を使っているからだけど)
洗濯所の洗濯機に持ってきたものをぶち込んで声帯認証を行う。回している間に今日の食材を見ようと食品類所まで移動した時、ばったり木村さんに出会った。
軽く会釈をして横を通り抜けようとしたが、腕を広げられて通せんぼをしてきた。
「よお、つれないね。」
木村芳樹、教員志望だったが需要の激減により、心理学の方へと移動した人物。ここの管理人の一人であり、メンタルケアを主として行っている。......そして僕の相談相手でもある。
いつもの個室ならまだしも、誰かに見られるような通路で話すのは恥ずかしい。
「......こんにちは」
「プロローグ・オンライン、インストールしてみた?」
「......は、はい」
恥ずかしがって顔を見ようとしない僕と、こちらの表情を探ろうとしているのか顔をじっくりを見ようと木村さん。
着替えたのにまたじっとりと背中が濡れてきたような気がする。
「......意外だ。恥ずかしがって結局インストールしないまま終わると思っていたんだけど。嘘をついているなら平気そうな顔をするタイプだから嘘じゃないだろうし」
(偶然だったんだ)
「ごめん、恥ずかしかったよね。でも、ぜひやってみてよ、無料期間だけでもきっと君のためになるから。勇気出して頑張れ」
話ができない、ついほかの方へと視点が動き、集中ができない。
食品類の棚を見る。今日はキノコ類の太い茎だけの存在がステーキにちょうどいいかもしれない。必要なビタミンは取れそうだ。肉は栄養多めの豚肉をちょびっと入れればいいだろう。昨日の残りがあったはずだ。後すっぱめの果物が欲しい。
「でも、君はがんばれといわれると、必要以上に頑張らなければならないといけないと空回りするからほどほどに」
「......はい」
「いや間違えた君はがんばる必要はない、そのままの自分を出すだけでいい」
(そのままの自分はこんなものだ。先生とかだとあまり関わりがないから少し気軽に話せるだけで、そのおママの自分なんかじゃない。......もう行こう)
話を切るため頭を軽く下げた後、木村さんの横を通り抜け、必要なものをパパっと集める。
少し振り返ると彼の背中が見え、顎に手を当てて何か考えこんでいる。甘酸っぱい培養フルーツと培養きのこを手にして認証機の前に戻ったとき、言った。
「そのままの自分だ、口下手な君を出してもいいし、あるいは私に見せていない側面でもいい」
......ようやく彼がここの管理者の一人である理由を理解できた気がした。
「はい」
まだ、目を見て話すのは苦手なので、それだけ伝えて部屋へと戻った。
◇ ◇ ◇
パックされた培養食材をあけながら洗濯やインストールが終わるのか確認する。
(40分か、インストールは34分)
プロオンのダウンロードは終わったようで、今はインストール中だ。ダウンロードよりインストールが長いのは近年のアプリによくある現象だ。
そもそも木村さんの前のだいぶ型落ちしたパソコンとVR機材であるため、時間がかかるのは仕方がない。
小さなキッチンに立って料理サイトを開く、前にキノコと肉と果物を使ったあまり見ない料理があったので、そのページを開いて調理する。
料理して食べ終わるころには洗濯が終わっていた。しわしわにならないうちに急いで取りに行ってベッドの下の引き出しに服をしまう。
そしてシーツを敷きなおして、パソコンにつないだヘッドセットをかぶり、本日二回目の個人作業スペースに移動する。
[個人作業スペースにようこそ。アプリケーションのインストールが完了しました。確認ください]
優しげな女の人の声、......そろそろinとout時に音声付けるのをやめたほうがいいだろうか。
アプリ類を開いて、その中の『プロローグ・オンライン』を中心に移動させる。このボタンを押せばプロオンの世界に突入できる。
緊張で手が震えている。覆水盆に返らずという言葉があるように、これを押してプレイした後の自分はもう元に戻らなくなるのかもしれない。
(でも、期待しすぎてはいけない。これはただのゲームだ、人が楽しむために作り出されたもので、で......えーと、とにかく、何でもいいからやってやる!)
非常になんとなく適当な気持ちで、パネルを押す、その瞬間見えていた世界が様変わりした。
部屋の壁や天井が自自分から離れていき、広大な真っ白な地平線が広がった。床はタイル状に分割され始め、様々な棚や箪笥、鏡などが浮かび上がり、僕の周りを囲む。
『ローディング中です少々お待ちください』
身の回りのものに色が付き始め、目の前のウィンドウにはゲームの規約などが表示される。
僕にとってはこんなゲームをするのは初めてなので、文章をじっくり最後まで読み込んでyesを押す。そのころにはローディングが終わっていたようで、次に環境の整理についての設定となる。
『環境の設定を行います。まずは手を開いたり閉じたりしてください......』
ちゃんとスペックが足りているかどうかとか、五感がちゃんと認識できているとか。そして何より、ちゃんと自分の体を動かしたいように動かせているかを判定するらしい。
言われた通り手をぐーぱーさせてみたり走り回ってみたりする。長めに走っていると、疲労感が襲ってきて失速するが、心肺に痛みなどの変化が起きた様子はない。......なんだかよくわからないが凄いということは理解した。
最後に痛覚の制限についてがあり、切られたり衝撃を受けた時の感覚についての説明と体験があった。念のため受けてみたが、そこまで痛みはなく、どちらかというと異物が入ったような奇妙な気分だった。いろいろ体験した結果結果、元の設定のまま始めることにした。
(確かにモンスターが肉薄してこんな攻撃をしたりするんだから、全部R18に設定されるのは仕方ない)
視覚と聴覚の方では何かいじるボタンがたくさん存在しており、それぞれについての説明も聞けるようだったが、よくわからないのでこれもまたデフォルトにしておいた。
そんなところで設定が終了し、いよいよ自分のアバター作成だ。不細工になることは決してなく、作成されたアバターは別の場所でも特殊なタグをつけたままなら使用していいらしい。
これこそが『本質』という、プロオンの売りだ。自分の性格や認識そのものの姿が形成される。
(少し目がぱっちりしていたらうれしいかな)
『最後に、自己認識などの王法により、プロローグオンラインにおけるアバターの作成を行います。5問の質問により正確な「本質」を作り出すことも可能ですが、回答を行いますか? :y/n』
確か、木村さんが『5問の質問をするのはあまり意味はなくて、自分でアバターを作成した、と自己認識させることで、「本質」のアバターに愛着を持たせようとしているのではないか?』と言っていたのでNOを押す。
『ではこれより形成を開始します。目を閉じて深呼吸してください』
言われた通りに目を閉じてこれからのことに胸を躍らせる。最初は何となくだったり、怖かったりしたが、思い切って初めて見ると意外にもこれからのことを考えるとそわそわしてきた。
魔法の属性がいくつもあってそれの一つ以上、百以上ある職業のうち一つを選ぶのが基礎スキル。それ以外のスキルも派生も無数にあり、スキルを組み替えてまた新しいところに行ったりするのがワクワクしてたまらない。
『アバターの蒸着が終了しました』
目をゆっくりと広げる。いつもより差し込む光の量が多く、前より目が大きく開いている。その上さっきよりウィンドウの位置が大分高くなっており、背がかなり小さくなってしまったようだ。
(小心者は背が低くなるって攻略サイトに書いてあったかも。しかも手のひらのしわとかはあまりないし全体的に押さなくなったのかも? ......そうだ鏡を見てどんな顔か確認しないと)
部屋に鏡もあったが、練習もかねてアイテムボックスの中の手鏡を取り出す。きらきらした光が舞って目の前に鏡が浮き上がってきた。
「......え?」
その鏡の中に移った顔を見て、体の動きが止まった。金髪に青い目、高めの鼻と少し角ばった顔、典型的なゲルマン系の人種だ。もちろん僕は日本人で欧米の血が入ったことはない。
でも一番驚いたのはそういうことではない。
手鏡は一定時間手に取られなかったからなのか、再び淡い光となって消えた。
急いで大きな姿見まで移動する。
「やっぱり。これって」
ほっぺたを触ったり、長くなった髪をなでて何かのミスではないかと確認する。やはり......女の子になっている。
やや枝毛が多くてもふっとした髪の毛、そして輝きのないあの時の青くて暗い空のような目。体育座りしてみれば今日の記憶の通りだ。
それも......夢の中のあの子に。
「どうしよう」
一番よくわかりたくないのは、その子こそが自分の『本質』であるということ。
こんな感じで毎週土曜日には公開するので頑張ります。
TSしましたね。現実に戻れば男の子に戻れますし、デスゲームなどに今のところする予定はないのである程度安心してください。