多脚ゴリラの追跡者
ビルとビルの間に掛けられた渡り廊下、階層で言えば8階ぐらいだろうか。
側面がガラス張りになっていて、外の景色が眺められるようになっている。
「っ! ちょっと伏せてっ」
「ひゃっ」
隣にいたアキラちゃんの肩を抱え込むように、廊下の床に押さえつけた。
「ど、どうしたんですか……?」
「下の通りの先に、ナムンが見えたような気がした」
一瞬だったから間違いかもしれないけれど。
私は、ゆっくりと顔だけ出して、地表の様子を確認する。
いた、四本足のツルツルゴリラ、ナムンだ。
四車線の大通りを、のっしりのっしりと、こちらに向かって歩いてきている。
ただ、私たちの存在に気づいているのかといえば、そうではなさそうだ。
「この距離だと、さすがにわかんないのかな」
ここが8階だから、真下までで30メートルぐらい。ナムンまでで50メートルぐらい。
耳が良いという話なので、大きな音を立てなければ平気だと思う。
「……だ、大丈夫そう、ですか?」
外を見てみたいけど怖くて見られない、アキラちゃんはそんな感じだった。
「うん、たぶんね。ほら、見てみたら?」
私が促すと、アキラちゃんはおそるおそる顔を覗かせた。
「ぅわぁ……やっぱり、ちょっと怖いですね」
「見慣れてないと、あれはちょっとね」
私は、いろいろとグロいゲームもするので耐性があるのだけれど。
そうでなければ、現実に近い分だけ怖いと思う。
「このままやり過ごして……ん?」
近づいてきたナムンの頭部から、なにかが生えている。
よく目を凝らして見てみると。
「……私のナイフ?」
見覚えがある柄の形状、私がアキラちゃんを追っていたナムンに刺したナイフのものだった。
じゃあ、あのナムンは数駅前にいたナムンと同じ個体か。
プレイヤーの位置がわかるから、ここまで追いかけてきた?
それとも、ただの偶然?
「追ってきたのでしょうか……?」
「うーん……」
いまの段階では、どういうことなのか確証は得られないな。
通りを歩くナムンは、上にいる私たちに気付いている様子はないし。
その後しばらく息を潜めていると、ナムンはのっそりと歩きながら、私たちの下を通って去って行った。
もし位置がわかるとしても、常に把握できるわけではなさそうだ。
「……なるべく静かに、探索しよ?」
私の提案を、アキラちゃんは声を出さずに頷いて承認した。
大きい駅だからなのか、駅の周囲には商業施設がたくさん存在していた。
ロストメモリーもいくつか見ることができて、私のレベルは4に上がる。
HP回復薬も10だけ回復するものが3つ見つかった。
マリアさんが使ってください、と言うアキラちゃんを抑えつけて回復させて、私もひとつ使う。
「くぅ……くしゅぐっ、たいです……」
私のお尻の下で痙攣しているアキラちゃんを尻目に、ステータスを確認する。
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【名前】マリア
【レベル】4
【HP】31
【ステータス】
最大HP:36
筋力:8
敏捷:8
幸運:8
【持ち物】アニマルハグリュック(パンダ)
HP回復薬《10》
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うん、HPにも余裕ができたかな。
それに、白の半袖ワンピースも着替えることができて、いま私は白デニムのショートパンツに青いカラーシャツを合わせている。
アキラちゃんも、同じような格好をしていた。
傍から見たら姉妹――私が妹で、アキラちゃんが姉のように見えるだろう。
「アキラちゃんって、何歳なの?」
「えっと、いま高二、です」
ふむ、じゃあ年齢的には私がお姉さんなのか。
遺伝子というのは、冷酷無残だ。
「私の一個下だね」
「えっ!? あっ、そうだったんですね」
うん? いまの驚きは、どっちの驚きなのだろうか。
ナムンから助けてくれた頼りになるお姉さんが、まだ高校生だなんて。
もしくは、こんなちんちくりんで幼女パンダリュックの似合うお子ちゃまが、ひとつとはいえ年上だなんて。
「私、マリアさんは中学生ぐらいだと思っていましたっ」
屈託のない笑顔で、アキラちゃんはそんなことをのたまった。
まあ、悪気がないなら……怒るのもばからしいかな。
私は、アキラちゃんが息をできなくなるまで、ひたすらに脇腹とかその他の弱そうな部分をくすぐるのだった。