優しさの貸付、利子をつけて
できるだけ遠くに逃げる。
敵モンスター、ナムンの性質がまだわからない以上、距離を取るのが一番だ。
しかし、女の子の方が限界だったみたい。
ちょっと進んだところで、もう走れないです、ということを訴えかけてきた。
ちょうど幼稚園があったので、そこに隠れることにする。
裏口とかがあるだろうから、もしナムンが追ってきたらそこから逃げよう。
HPはいくつ?
幼稚園にあったクレヨンを使って、紙に質問を書いた。
喋っても平気かもしれないけど、念のためだ。
女の子は、可愛い字で8と返事を書く。
あらためて女の子を見てみると、幼稚園の中はやはり薄暗いけど、それでも女の子の可愛さがわかるぐらいだった。
髪は落ち着いた色合いの茶髪で、ふわふわと巻かれたセミロング。
私、現実と同じ黒髪ショートにしちゃったからなぁ……この子みたいに可愛くすればよかったかも。
そんな風に思ってしまうが、それも顔の可愛さがあってこそか。
地味フェイスの私とは違い、目鼻立ちがしゅっとしていて、ぎりぎり日本人な造形美だ。
もしかしたら、ハーフだったりするかもしれない。
HP回復薬は持ってる?
紙に書くと、女の子は残念そうに首を振った。
ふむ……私はふたつ持っているから、ひとつあげるか。
パンダ幼女リュックから回復薬を取り出して、まずは自分に使う。
試験管サイズの容器にはコンセントみたいな二本爪が付いていて、身体のどこに刺して使ってもいいみたい。
注射だったら腕かな、そう思って自分の腕に刺した。
中の緑色の液体が、徐々に身体に入っていくのを感じる。
回復薬を使うのは、十数秒ぐらいかかるみたいだ。
空になった容器は、光の粒子になって空気中に消えていった。
おー、ゲームっぽい。
ほら、あなたも。
もうひとつの回復薬を差し出すと、女の子は、受け取れません、とでも言うかのように両手を振った。
私がなおも受け取らせようとしても、なかなか強情に拒否をしてくる。
そんなに遠慮することないのだけれど。
ナムンが追ってきているかもしれないから、こんなやり取りは早急に終わらせた方がいい。
私は女の子の腕を取って、地面に組み伏せた。
突然で驚いたのか、女の子は少し暴れる。
しかし、いくら私が小柄だとはいっても、上に乗られたら女の子の力で返すことはできないだろう。
この女の子がステータスを筋力に振ってたら、違うのかな。
「ぁっ……!」
脇腹に回復薬を刺したら、女の子の身体が跳ねた。
体勢的にそこに刺すしかなかったのだけど、もしかしたらくすぐったかったのかもしれない。
回復薬から逃げようと身じろぎする女の子と、それをさせまいとする私の攻防が十数秒続いた。
そして、容器の中身が空になったのを確認して、私は女の子を解放する。
横になったまま脇腹を押さえて、女の子は複雑な表情で私を見上げてきた。
ありがたいと思ってるけどうらめしくも思ってる、そんな感じだ。
「ふふっ、そんな瞳で見ないでよ。回復してあげたんだから」
「ひゃんっ!」
ナムンに察知されないように耳もとで囁いたのだけど、逆効果だったようだ。
女の子は耳を押さえながら、涙目になっている。
この子、脇腹も耳も弱いみたい。
ガラス張りの前面から、そっと幼稚園の外の様子を窺う。
わりと大きな悲鳴を上げたけど、たぶん大丈夫かな。
「喋っても平気そう……私はマリア、よろしくね」
「えっと、アキラ、です」
女の子は、礼儀正しく座ってから名乗った。
漢字はわからないけど、男の子のような名前だ。
でも、さっき抑えつけたときに触っちゃった感じだと、絶対に女の子だろう。
「どうする? まだナムンが近くを彷徨いているかもしれないから、私は早めにこの場を離れようと思うけど」
フラジール・オンラインは、基本的にはソロプレイが前提のゲームだ。
のんびりと孤独を味わったり、言いようのない寂寥感に悶えたりして楽しむのだ。
だから、アキラちゃんが独りでいたいと言うのならば、その意志を尊重するつもり。
もっとも、こんなに可愛い生き物をみすみす手放すつもりはないのだけれど。
「えっと……私、いっしょに行っても、いいんですか?」
「うん、私はいいよ?」
私の返事を聞いて、アキラちゃんはほっとしたように微笑んだ。
確かに、あんな化け物に襲われかけていたのだ。
普通の女の子だったら、いくらゲームとはいえ恐くて仕方がないだろう。
「あの……助けていただいて、ありがとうございました。あと、回復薬も」
アキラちゃんは正座をしたまま、私に頭を下げる。
可愛いうえに律儀だなんて……いったいどこの天使だろうか。
私はアキラちゃんが同伴を断ったら、ごねにごねまくろうと思っていたのに。
ふたつしかない回復薬を使ってやったのだから、身体で返すのが礼儀ではないかと。
「ううん、気にしないで。じゃあ、行こうか」
手を差し出すと、アキラちゃんは戸惑いながらも、私の手をぎゅっと握った。
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【名前】マリア
【レベル】3
【HP】22
【ステータス】
最大HP:34
筋力:7
敏捷:7
幸運:7
【持ち物】アニマルハグリュック(パンダ)
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