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6/10

優しさの貸付、利子をつけて



 できるだけ遠くに逃げる。

 敵モンスター、ナムンの性質がまだわからない以上、距離を取るのが一番だ。


 しかし、女の子の方が限界だったみたい。

 ちょっと進んだところで、もう走れないです、ということを訴えかけてきた。 


 ちょうど幼稚園があったので、そこに隠れることにする。

 裏口とかがあるだろうから、もしナムンが追ってきたらそこから逃げよう。


 HPはいくつ?

 幼稚園にあったクレヨンを使って、紙に質問を書いた。

 喋っても平気かもしれないけど、念のためだ。


 女の子は、可愛い字で8と返事を書く。

 あらためて女の子を見てみると、幼稚園の中はやはり薄暗いけど、それでも女の子の可愛さがわかるぐらいだった。


 髪は落ち着いた色合いの茶髪で、ふわふわと巻かれたセミロング。

 私、現実と同じ黒髪ショートにしちゃったからなぁ……この子みたいに可愛くすればよかったかも。

 そんな風に思ってしまうが、それも顔の可愛さがあってこそか。


 地味フェイスの私とは違い、目鼻立ちがしゅっとしていて、ぎりぎり日本人な造形美だ。

 もしかしたら、ハーフだったりするかもしれない。


 HP回復薬は持ってる?

 紙に書くと、女の子は残念そうに首を振った。


 ふむ……私はふたつ持っているから、ひとつあげるか。


 パンダ幼女リュックから回復薬を取り出して、まずは自分に使う。

 試験管サイズの容器にはコンセントみたいな二本爪が付いていて、身体のどこに刺して使ってもいいみたい。

 注射だったら腕かな、そう思って自分の腕に刺した。

 中の緑色の液体が、徐々に身体に入っていくのを感じる。

 回復薬を使うのは、十数秒ぐらいかかるみたいだ。


 空になった容器は、光の粒子になって空気中に消えていった。

 おー、ゲームっぽい。


 ほら、あなたも。

 もうひとつの回復薬を差し出すと、女の子は、受け取れません、とでも言うかのように両手を振った。

 私がなおも受け取らせようとしても、なかなか強情に拒否をしてくる。

 そんなに遠慮することないのだけれど。


 ナムンが追ってきているかもしれないから、こんなやり取りは早急に終わらせた方がいい。


 私は女の子の腕を取って、地面に組み伏せた。

 突然で驚いたのか、女の子は少し暴れる。

 しかし、いくら私が小柄だとはいっても、上に乗られたら女の子の力で返すことはできないだろう。

 この女の子がステータスを筋力に振ってたら、違うのかな。


「ぁっ……!」


 脇腹に回復薬を刺したら、女の子の身体が跳ねた。

 体勢的にそこに刺すしかなかったのだけど、もしかしたらくすぐったかったのかもしれない。


 回復薬から逃げようと身じろぎする女の子と、それをさせまいとする私の攻防が十数秒続いた。

 そして、容器の中身が空になったのを確認して、私は女の子を解放する。


 横になったまま脇腹を押さえて、女の子は複雑な表情で私を見上げてきた。

 ありがたいと思ってるけどうらめしくも思ってる、そんな感じだ。


「ふふっ、そんな瞳で見ないでよ。回復してあげたんだから」


「ひゃんっ!」


 ナムンに察知されないように耳もとで囁いたのだけど、逆効果だったようだ。

 女の子は耳を押さえながら、涙目になっている。

 この子、脇腹も耳も弱いみたい。


 ガラス張りの前面から、そっと幼稚園の外の様子を窺う。

 わりと大きな悲鳴を上げたけど、たぶん大丈夫かな。


「喋っても平気そう……私はマリア、よろしくね」


「えっと、アキラ、です」


 女の子は、礼儀正しく座ってから名乗った。

 漢字はわからないけど、男の子のような名前だ。

 でも、さっき抑えつけたときに触っちゃった感じだと、絶対に女の子だろう。


「どうする? まだナムンが近くを彷徨(うろつ)いているかもしれないから、私は早めにこの場を離れようと思うけど」


 フラジール・オンラインは、基本的にはソロプレイが前提のゲームだ。

 のんびりと孤独を味わったり、言いようのない寂寥感に悶えたりして楽しむのだ。


 だから、アキラちゃんが独りでいたいと言うのならば、その意志を尊重するつもり。

 もっとも、こんなに可愛い生き物をみすみす手放すつもりはないのだけれど。


「えっと……私、いっしょに行っても、いいんですか?」


「うん、私はいいよ?」


 私の返事を聞いて、アキラちゃんはほっとしたように微笑んだ。

 確かに、あんな化け物に襲われかけていたのだ。

 普通の女の子だったら、いくらゲームとはいえ恐くて仕方がないだろう。


「あの……助けていただいて、ありがとうございました。あと、回復薬も」


 アキラちゃんは正座をしたまま、私に頭を下げる。

 可愛いうえに律儀だなんて……いったいどこの天使だろうか。


 私はアキラちゃんが同伴を断ったら、ごねにごねまくろうと思っていたのに。

 ふたつしかない回復薬を使ってやったのだから、身体で返すのが礼儀ではないかと。


「ううん、気にしないで。じゃあ、行こうか」


 手を差し出すと、アキラちゃんは戸惑いながらも、私の手をぎゅっと握った。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【名前】マリア

【レベル】3

【HP】22


【ステータス】

最大HP:34

筋力:7

敏捷:7

幸運:7

【持ち物】アニマルハグリュック(パンダ)

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