あの日々の記憶
目を開けると、そこは公園だった。
わりと大きな公園だ、遠くの方にカラフルな遊具が見える。
私は、もたれていた大きな木を支えにして、身体を起こした。
「……よかった、普通の街で」
周囲を見渡すと、マンションのような高い建物がいくつかあるので、人里なのは間違いないだろう。
「ブランコ……」
なんとなく引き寄せられるように、遊具がある広場に向かう。
その途中で自分の身体を見下ろしてみると、白い半袖ワンピースと茶色いショートブーツを身に着けていた。
どちらも派手な装飾はなくシンプルだが、それが可愛い。
「サバイバルって感じはしないけどね」
ブランコは、座るところが砂か埃で汚れていた。
適当に払ってから、そこに座る。
ぎぃぃと金属が軋むような音がしたが、私が重いわけじゃないよ?
いや、子どもが乗る遊具ということを考えると、規定体重はオーバーしているかもしれないけど。
誰にも手入れされていなかったから、ぎぃぎぃと鳴るのだろう。
こうやってブランコに揺られるのは、何年ぶりだろうか。
もうすぐ大学生の私にとって、ブランコはあまり楽しいものではなくなっていた。
軽くお尻を前後させて不快な音楽を奏でながら、私はこの後どうするかを考える。
フラジール・オンライン。
人類が絶滅した世界を舞台に廃墟の探索を楽しむVRMMO、つまりゲームだ。
MMO、大規模多人数型オンラインとは言っても、他のプレイヤーに遭うことはほとんどないと思う。
最初に国を選んだら、その国のどこに飛ばされるかはランダム。
日本の中でも、もしかしたら山奥とか樹海の中だったかもしれないのだ。
私は、運がいい方だったのだろう。
どこかはわからないけど、街中みたいだし。
「えっと……ステータスオープン」
私が唱えると、ブランコに揺れる私の前方に黒い画面が現れた。
私の揺れに合わせて、黒い画面も揺れている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【名前】マリア
【レベル】1
【HP】30
【ステータス】
最大HP:30
筋力:5
敏捷:5
幸運:5
【持ち物】なし
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「んー……とりあえず、HP回復薬を探そうかな」
このゲームは、時間経過によってHPが減少していく。
なんか、人類が絶滅した原因にもなっている謎物質が、空気中を漂っているらしい。
空を見上げてみると、謎物質を視認はできないが、昼間なのに薄暗い。
「よし、行こう」
誰にともなく告げてから、私はブランコから降りた。
とりあえず、公園の中に大きな建物が見えたから、そこに向かう。
なんだろう、ログハウスみたいだけど、公園の管理棟のわりには大きいし。
ガラスの引き戸を開けると、埃っぽいような匂いに包まれる。
ゲームなのに、まるで現実みたいだ。
中に入ってみると、なるほど、アスレチックとか滑り台が目に付いた。
どうやら、建物の中がまるごと遊具になっている施設のようだ。
しかし、外の薄暗さが伝播したような室内は、子どものいない遊具によって、より寂しさを訴えかけてくる。
電気は通っていないのかな……後で、スイッチとかがないか探してみよう。
「んっ……?」
不意に目の前が、火花が散るようにチカチカした。
思わず目を閉じて、次に開けると、さっきまで誰もいなかった遊具で子どもたちが遊んでいた。
小学生か幼稚園児か、それぐらいの子どもたちが楽しそうな声を上げながら、アスレチックを登ったりしている。
「これが、ロストメモリー……?」
遊んでいる子どもたちのうちの、ひとりの女の子が私の方に駆けてくる。
ままー、と叫びながら、女の子は私をすり抜けて外に出ていった。
幽霊というか、この場所の記憶……のようなものらしい。
人類が絶滅する前は、こんなに活気があったんだよ。
そんな光景をプレイヤーに見せることで、ノスタルジックな感情を呼び起こすのだ。
ロストメモリーを集めることが、このゲームにおける経験値獲得の手段だ。
しばらく眺めていると、ロストメモリーは空気に溶け込むように消えていった。
子どもたちの笑い声も、遠い彼方に追いやられる。
ひとつ、深呼吸をしてみた。
それでも、胸を押さえる寂しさが払拭されることはなかった。
「ここには、もう誰もいないのか……」
大きめな声で、つぶやく。
それに反応するものは、なにもない。
「ふふっ……あははっ」
抑えきれなくて、私は声を上げて笑った。
怖すぎて笑ってしまう、ということがあると思う。
それと似たようなものだ。
私はおもむろに、一階から二階に向かって掛けられたネットを登る。
着ているのがワンピースだろうが、気にしない。
だって、ここには、私以外に誰もいないのだから。