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剣に頬ずりしちゃいかん

 


 その扉に向かって足を一歩踏み出した時、その扉は自ずと開いた。

 青銅独特の金属音がこの空間に木霊し、完全に開いた時、進むべき道は灯された。

 彼らを導くように、青く輝く光球が両脇にズラッと列を成し、ボス部屋の中へと向かっていく。


 そこで菜津がふっと笑うように、口を開いた。


「ここまで凝った演出されて、戦わないなんて言わないよね? お兄ちゃん、ヨー兄、ゆー姉」


「当り前だ」

「バッチコーイこーいだよん」

「柚は準備万端」


 そう言って進みだした彼らの足取りは、今までになく軽かった。


 純粋に楽しみなのだ。

 強敵に飢えている彼らにとって、リアルというハンデの中で戦う化け物がどんな存在なのか確かめたくて。

 スケルトンは弱すぎた。動きは単純鈍足、思考回路はAI以下、魔法やスキルの使用は皆無。


 だったら、ボスになるとどうなるのか。


 彼らはそれが楽しみで、毎日毎日、このダンジョンに潜り続けていたのだ。


 部屋に足を踏み入れると、部屋の中央には電源が入っていないかのように俯き、腕を人形のようにだらんと下げるボスがいた。

 黒い骨で構成された体、扉の彫刻のように六本の腕にはそれぞれ違う種類の武器が埋め込まれていた。剣、斧、細剣、ハンマー、短剣、藍色のベルト。


「ゴッ?」


 そのボスが起動した。


 顔を上げ、全ての腕を構えた。

 その眼下の奥には赤く光る三つの水晶が見える。それは一見、ボスの瞳のようにも思えた。


「先制はいただくっちゃ」


 すると、そこで我先にと動き出したのは意外にも夜空だった。

 懐から取り出す、黒い何か。


 それはエアガンだった。


「バン、バンッ」


 夜空は自分でそう言いながら、二発の弾を放った。

 しかし、それはただの弾ではなかった。


 木製。

 そう、スケルトンの棍棒を加工し作った彼特製の武器。ただし、たった6日の間で作ることができた弾数は4発。

 その内、2発を今使ったのだ。


「ッ!?」


 ボスは突然吹き飛び無くなった自分の二本の腕があったはずの場所に、驚きの目を向けた。


 本来、棍棒を弾に加工しエアガンで放ったところで、ボスに与えられるダメージはたかが知れている。

 だが、夜空はそれを自分の才能で補った。


 彼が得意とするのは、直感的な予測により繰り出される戦術を駆使した搦手。

 ボスの動作、エアガンによる弾道、威力を直感的に予測し、ボスの最も脆い関節部分を狙って、攻撃を繰り出したのだ。


 そう、計算的な予測ではなく、赤井夜空という人間は直感や勘と呼ばれる能力がずば抜けて優れているのだ。


「あー、ヨー兄ちゃんズルイ!」


 膨れっ面でそう言い放った菜津が、これまた我先にと剣を構えながらボスに向かって走っていく。


「あっ……柚、フォロー頼んだ」


 好は呆れるように指示を出す。

 が、柚はそんな指示を聞く前には体を前傾姿勢に保ち、スタートダッシュを決めたのだった。


 彼女、七季柚という人間は運動神経の鬼のような化け物だ。


 両手に持つ二本の棍棒。

 その一本を走りながら大きく振りかぶり、力の限り投げた。


 ブン、ブンと空気を切る鈍い音を鳴らしながら、その棍棒はスケルトンへと向かう。


「ゴッ!」


 スケルトンは意表を突かれたように慌てて、一本の剣でそれを防ごうとした。

 が、それは悪手だ。

 ガキンッという音と共に、棍棒が剣を持っていた腕ごと後ろへと吹き飛ばした。


「ん、ヒット」


 柚はそう小さく呟きながら、前を走っていた菜津をもの凄いスピードで追い抜いて行った。


「ちょっ、ゆー姉ちゃん速すぎっ!?」


「ん、遅いよ」


 そんなこと知らないと言わんばかりの表情で、柚が猛攻を掛ける。


「ゴゴッ!!」


 一方的に遠距離から攻撃されていたスケルトンは近接戦闘を得意とするタイプ。

 その土俵に向かってくる柚と菜津を快く迎え入れた。


 まだ手に残っているリーチ長めのハンマーを横に振りかぶり、間合いに入ってきたところを薙ぎ払った。


「ん」


 柚は何ということもなく、その場で急激な緩急を加えた。


 急停止。


 そして、停止で溜まったエネルギーをそのままぶつけるかのように、棍棒を無造作に振りかぶった。


「ッ!?」


 その攻撃は意表を突かれたスケルトンの頭部に直撃、頭蓋骨の三分の一ほどを吹き飛ばした。


 が、急所の赤い水晶だけは無事だった。


 スケルトンは硬質で上がらないはずの口角を上げた。


「ガガッ!!」


 ここだ!

 そう言わんばかりに、まだ手元に残っている二本の腕を横に流されながらも、無理矢理、柚に向かって一閃した。


 だったのだが。


 まるで柚の後ろに隠れていたかのように、小柄の少女の姿がスケルトンの瞳に映った。


「パリパリパリィッ!」


 スケルトンがたった一つの動作を起こす中、その少女は最短最速の二連撃でその攻撃を相殺する。


 そして、ついでと言わんばかりに。


 三連撃の刺突。


 それが全ての赤い水晶を貫いた。


 鏑木菜津、その少女は小柄な体を活かした小回りの利く戦闘、そして正確無比な攻撃を得意とする少女。

『α部隊』の中では唯一、他のプレイヤーから参考にされるゲーマーである。

 その理由は簡単、参考になるから。その一点に尽きる。


 要するに他の三人は、そこら辺のプレイヤーには到底真似できない無類の才能を持っていることに他ならない。


「…………ッ……」


 まるで動力を失ったかのように、ボスはその場で動きを止めた。

 そして、ゆっくりと溶けていく。


「えー、もう終わり!? ボススケちゃん、弱々っ子じゃん! 期待損も良い所だよ!」


 自分の三連撃で全てが終わってしまったことを悔いるように、菜津はその場でプンスカと怒り始めた。

 そして、何と言っても――。


「おい……俺の出番なかったぞ、どういうことだ?」


 ボス部屋の入り口前で呆然と立ち尽くし、やる気の行き場を失った好が、手に持っていた棍棒をカランと地面に落とした。


 その虚しく乾いた木の音は、ボス戦の終わりを意味しているような音だった。


「って、うおーーーーーっ!?!?」


 そんな時、突然菜津が少女に似つかわしくない図太い声で驚きを表した。


「……ドロップ豪華」


 それに続くように、ボスの残骸の近くにいた柚がボソッと呟いた。

 その声で我に返った好は、ゆっくりと棍棒を拾い上げ、その場所へと向かう。


 そして、同様に驚きの声を上げるのだった。


「まじ豪華じゃん、何だこれ、初回ボーナスか?」


「おー、本当だっちゃ。夜空くんはこれにするんるんるん」


 そこに落ちていたのは六種類の武器。

 そう、あのボスが所持していた全ての武器がそこに転がっていたのだ。


 夜空はスキップしながら、二つの武器を拾い上げた。


 短剣、藍色のベルト。


「はい、お兄ちゃん! これもういらないからあげる! てか、貰って邪魔っ!」


 菜津は自分の持っていた西洋風の剣を兄へと無理矢理押し付け、地面から彼女が最も欲していた細剣を手にした。

 そして、頬ずり……。


「おい、それ本物だぞ」


「あっ、そうだった」


 好が慌ててその行為を止めに入った。

 どうやらその少女は、未だに少しのゲーム感覚が残っている様子だ。


「ん、柚はもちろんこれ」


 その美女が拾い上げたのは……。


「ん、重くて二つは無理だった」


 斧だけだった。

 ハンマーとの二つ持ちをやろうとしたのだが、彼女の今の筋力では持ち上げられなかったのだ。


 柚は少し残念そうな表情をしながら、地面に転がっているハンマーをジッと見つめている。


「まあ、分かってたけど……俺は剣ゲット」


 残った物、という表現は少しばかり違う。


 確かに残り物ではあるのだが、好が本来好んで使う武器は剣。それも複数の武器を携帯することを得意とする。

 今は二本しかないが、彼はそれで我慢することにした。


「いやー、さすが『α部隊』だね! 苦戦の様子一切なし!」


 入り口付近でジッとカメラを構えていたかずっちが、巨大なバッグを揺らしながらみんなの下へと駆けつけてきた。


「あっ、かずっちこれいる?」


 好は未だに地面に転がっている余った子を指さしてそう言った。


「えっと、持てるかな?」


 かずっちは半信半疑ながら、そのハンマーを拾い上げてみる。


「あっ、無理だね」


 少しだけ期待していたかずっちは残念がるように、自分の棍棒を上にあげて、軽くみんなに笑いかけた。


 その後、彼らは一度家へと帰ることにした。

 そして、翌日は束の間の休暇。同時に新武器の調整と、長期間潜るための食料集めに奔走した。


 初めてのボス討伐から二日後。


「よし、行くぞ」


 好の掛け声とともに、全員がダンジョンへと出発した。


 ようやく始まるのだ。

 彼らの攻略を目指した本当のダンジョン生活が。


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