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鬼遊び

 


 ――もういいかい?


 日本にこの言葉を聞かずして、育ってきた大人はいるのだろうか。


 かくれんぼ、又は、隠れん坊。


 そう呼ばれる鬼遊びについて回る文言の一つである。

 そして、この言葉に返すべき文言は主に二通り存在する。


 ――まあだだよ。


 鬼から逃げる子供の準備が整っていないときに言うべき文言がこれである。

 それは優しき鬼からの猶予時間を欲するときに望む言葉、子供のために親切設計された遊びのためのルール。


 そしてもう一つ。


 ――もういいよ。


 それは鬼遊びの始まりの文言。


 ただし――。


 現実にはそんな親切な文言やルールなど存在しない。

 唐突に始まる隠れん坊、それがリアルなのである。




 ******************************




 突然鳴ったチャイムに、五人全員が即座に行動を起こした。


 菜津は冷静に自分の部屋のクローゼットに、猫のように縮こまりながら体育座りで息を沈めた。


 かずっちは慌てるように一階の倉庫に抜き足で向かい、物陰に隠れるようにそっと座り、口を自らの手で覆った。


 夜空は即座にアリバイ工作を遂行し、ブルーシートに覆われたダンジョンの入り口へと、いつもと同じ不思議な足取りでゆっくりとその身を隠した。


 そして――。


「……ん、あんまり動かないで」


 天使の囁きが、好の耳元で炸裂した。

 健全な男子であるならば、ここは流れに任せてしまうところだろう。

 しかし、鏑木好はこの時、悪魔と天使の間で葛藤を繰り返していた。


 天使はこう言ってくる。

 ――据え膳食わぬ男なんて、女子の敵よ! さあ、行くのよ鏑木好!!


 悪魔はこう囁いてくる。

 ――ひひひっ、そのバスタオルの折り目を解くのだ! さあ! さすれば神が降臨するだろう。


 何ということだろうか。

 今の鏑木好の脳内はリビドーで満たされていたのだった。


 しかし、そんな彼にもたった一つの理性が存在した。

 彼の心の片隅に居座っていたリトル好はこう囁く。


 ――今後を考えろ。現在の第一優先は自制心を強く持つこと、そしてダンジョンを誰よりも早く攻略することだ。分かったら、その溢れんばかりのピンク脳を切り捨てろ。いいな?


 その言葉に、好はリビドーを切り捨てた。

 全身の神経を敢えて鈍くし、目を瞑り、無心で数字を数える。


 ガチャリ。


「失礼いたします、捜索任務のため一時的にドアのロックを解除させていただきました」


 ドアの開音と共に、そんな形式ばった声が聞こえてきた。

 そして、彼女の体が一瞬ビクッと驚くように動いた。同時にボヨヨン……と、何かが揺れた。


 しかし、好は動じなかった。


「須貝二等陸尉、甘い匂いがしますね」


「ああ、そうだな。つい最近に誰かが立ち入った可能性があるな、引き続き捜索を」


「「了解です」」


 二人の自衛官は敬礼をした後、須貝二等陸尉から離れるように家中の部屋を探し始めた。

 この家の住人には、足音と扉を開ける音しか情報が入ってこない。

 それでも彼らはただ息を潜め、ジッとその場で待機する。


 その理由は簡単だった。


 捜索に来た自衛官がわざわざ細かいところまで確認する道理が無かった。

 この状況で誰も隠れる必要がないからだ。

 今は隠れるよりも自衛隊に保護される方が賢明な判断、それを行わない者はよっぽどの犯罪者か、阿呆だけだ。


 数分後、三人の自衛官が玄関に再び集まった。


「須貝二等陸尉、こちらの雑誌を見つけました」


 そう言って一人の自衛官が手に持っていた本には『沖縄旅行』の文字が大きく書かれていた。

 それを確認した須貝二等陸尉は安心から、苦笑いするように口を開いた。


「ははっ、旅行に行っていたのか。そりゃ、この駐屯地に避難してくるわけないよな。あとは今永二等陸佐に報告して終わりにしよう。さあ、帰るぞ」


「「了解です」」


 そうして、彼らに訪れた急なピンチは去っていったのだった。

 ガチャリと、扉が閉まる音が聞こえてから5分後。


 ゴソゴソ、と浴槽の中からいつも通りにフワッとした柚が這い出てきた。


「危なかった」


「あ、ああ……そうだな」


 それに続くように立ち上がった好は、まるで何もなかったかのような顔をしてそう返答した。

 しかし、それに異議を唱える般若がそこに待ち構えていた。


「……お兄ちゃん、これはどういうこと?」




 ******************************




 ――翌日。


「パリィ、パリィ、そしてパリィ! またまたパリィ! からの急所刺突ッ!!」


 まるで水を得た魚のように菜津が大はしゃぎしていた。

 こうなった理由はダンジョンの第1階層、そのルート19を攻略していた時にドロップした武器が発端だった。

 そこに現れたのは棍棒ではなく、西洋風の剣を持ったスケルトンだった。もちろんドロップ品はその剣だ。


 ちなみに、このダンジョンでは死んだモンスターは綿あめに水を掛けたように溶けて消えていく。その過程で残ったのが、いわゆるドロップ品として彼らの手元に残る。

 しかし、彼らが実践したように裏技もあった。

 それは初めてスケルトンを倒した時、彼らはモンスターを捕縛し、その場で解体した。

 そう、モンスターは生きたまま解体することでその素材を入手することが可能なのだ。もちろん彼らはそれを知っているが、今はもうスケルトンの骨なんて不要のため、ただ倒し続けているのだが。


「むふふっ、剣を手に入れた私に『失敗』の二文字はないのだよ!」


 スケルトンの攻撃を嘲笑うかのように全てを相殺し、頭蓋骨の中にある水晶玉のような急所を一撃で貫き圧倒した菜津が、その場に仁王立ちで振り返り、後ろの皆に向かってVサインを向けた。


「おー、さすがだぞー。だが、一々アピールすな、止まっている時間が勿体ないからな」

「夜空くんも同意ですてにー」

「ん、昨日から好が冷たい」


 むすーっと頬を膨らませる菜津。


「いいもん!」


 そう言って、一人ぷんすかと歩き始める菜津に全員がクスッと笑いながらついて行く。

 それから数分後の事だった。


 全員が呆気にとられるように、斜め上を見上げながらぽかんと口を開けていた。


 そこにはフランスの凱旋門如く堂々と鎮座する、青銅でできた巨大アーチ型の両扉があったのだ。

 そこに彫られた見たこともない筆記体のような文字列。そして、腕が6本も生えたスケルトンの彫刻。


「ダンジョンに潜って6日目、ようやくボスだっちゃね」


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