個性はリーダーの力量に左右される
そこ――Dungeon No.78――には光源があった。
光源を定義するならば、自ら光を発する発光体、だろうか。
地上にありふれている光源の多くは人工物である。人が炎を灯し、放電により発熱し、それらは光源となる。
もちろん、地上にも自然の光源は存在する。今となってはそれが当たり前のように我らの頭上に神々しく輝く、太陽、がそれだ。
しかし、このダンジョンにある光源はどうだろうか。
「少し……暖かいな」
赤土を固めただけの壁に手を当て、太ももを当て、頬を擦り付けながら好はそう言った。
「ほんのり暖かくて気持ちいだっちゃね」
ここにも同じく。
床に手を当て、太ももを当て、頬を擦り付けている男がいた。
彼らは断じて気を抜いているわけではないと、彼らの沽券のためにも言っておこう。
と、そこで二人のことを訝し気に眺めていた柚が口を開く。
「……不思議、壁や床、天井自体が光りを灯してるの。それもこのラインから先に行けば明るくなって、戻れば真っ暗になるの」
柚は珍しく長文で喋りながら、スケルトンの亡骸で地面に引いた線を何度も跨いでは驚き、戻っては驚き、跨いでは驚きを繰り返していた。
そう、彼らが引いたその線がダンジョン内における一つの領域線であることは確かだった。
その線を超えると、突然視界が明るくなる。逆にその線を戻るように超えると、視界の一切通らない真っ暗な洞窟へと戻るのだ。
それに鉄パイプや出刃包丁では小さな傷一つ付けることのできなかった壁や床は、スケルトンの骨を使うことであっさりと線を引くことができていた。
それは彼らにとって一つの可能性を示していることに他ならなかった。
「好ちん」
「どうした? 夜空」
「夜空くんは、今日の目標を武器四本奪取にしてもいいと思ってるんだっちゃ」
「俺も同感だよ。恐らく俺たちの持っている物では碌に傷つけることができないだろうな、というか人工物全般通用しない説もある」
「夜空くんは後者を押すんだっちゃ」
「んじゃ、後者が正解だな。夜空が言うなら間違いない」
「ん、柚も同感」
「私の清く無垢な一票も追加っ!! 無垢で清き? 可愛くて麗しい? まあ、どれでもいいや!」
妙にすんなりと結果を纏め上げる彼らは、なぜそんなにもあっさりと結果を断定してしまうのか、それは赤井夜空に絶対の信頼を置いているからに他ならない。この『α部隊』においてリーダーであり、指揮者でもある好ですら、夜空の『思考の深さ』には全く叶わないのだ。そう、頭の良さではなく『思考の深さ』が夜空という人間は桁違いに高い。かと言って、彼にリーダーシップがあるわけでもないため好がリーダーを務めている訳なのだが。
要するに、彼らにとって赤井夜空と言う男の結論は、鶴の一声に等しいのだ。
「それじゃあ、視界も開けたことだし、サクッと残り三体倒して家に戻ろうか」
「りょりょっちよ」
「ん、楽勝」
「はいはーい」
そうして、彼らは再び歩みを進め始めた。目の前にある一本道を進んで行くと、床の材質が石畳へと変わっていった、さらに進むと壁材が花崗岩パネルに変化した。
そう、このダンジョンは進めば進むほどに環境が変化し、良くなっていくのだった。
誰が何のためにそうしたのか、彼らはいずれ分かることになる。
「あっ、二股の分かれ道あるね」
最初の戦闘以降、モンスター一体出てこない道を進んでいた一行は、菜津のその声で歩みを少し遅くした。
彼らの視線のその先には、Y字に分かれる絵に描いたような二股の通路が映っていた。
それはダンジョンの定番であり、ただの一本通路なんて彼らにとっては攻略するのが苦痛と思えるほどに退屈な物になっていただろう、がこのダンジョンは彼らの期待にどうやら答えられそうだった。
「そうだな……今日はここに目印置いて、一旦帰るか」
と、好が落胆するような声で言った。
その時だった。
二股通路の右側の道先より――。
ガシャ、ガシャとほんの少し前に聞いたばかりの骨と骨がぶつかり合うような音が響いてきた。
彼らの口角は自ずと角度を上へと上がった。
「俺が……」
好が一歩前に出てそう言いかけたとき、他三人の行動が一致した。
「おい、何だこの手は。放してくれよ」
夜空は好の肩にガシッと手を置き、菜津は兄に後ろから抱き着くように、柚は上着の袖を力強く握り、好という出たがり野郎を全力で止めたのだった。
彼らの瞳の奥には静かに意思の炎が灯っていた。
それは好が一人で始めた、最初の戦闘を後ろで見ていた時から燃えていた。
「次は夜空くんの番だっちょ」
「違う、柚の番」
「みんな何言ってるの!? 妹ファーストって言葉を知らないの?」
そうして全員の瞳の間を火花が散った。
それは、最年少はすっこんでいろという視線。
それは、レディーファーストという言葉を知らないの? という視線。
それは、こんなに可愛い妹の言うことが聞けないの? という視線。
それは――。
しかし、その静かなる戦いはすぐに終結した。
「あっ、リスケっち三体も来たよ」
それは菜津の一声。
もちろん前に出るのは――。
「はぁ、仕方ない。任せるよ、お前ら」
「さすがだっちょ、リーダー」
「ん、柚はあの左のをやる」
「それじゃあ、私は右のもーっらい!!」
収拾がつかないと判断した好の一言で、意気揚々と三者三葉に動き出した。
そして、その戦闘は呆気なく幕を閉じるのだった。
それを一番後ろで撮影していたかずっちは一人でニヤニヤと撮影し、いつ公開しようか? どういった構成で編集しようか? などと腹黒く思考を巡らせていたのだった。
と、彼らはその映像の重要性を履き違えていた。
その映像が後に、世界を震わせるほどの情報の塊とは知らずに……。
*****************************
地上で、まだ避難行動が先導されていた頃。
とある都市の市議会議員は、今後のことを考え一つの行動を起こしていた。
そこの自衛隊駐屯地の一部屋に、二人の男性がテーブルを挟んで座っていた。
「すまんな、こんな時に我儘を聞いてもらって」
「いえ、気にしないでください。先輩にはいつも助けられていましたから」
「それじゃあ、早速だがここに乗っている名簿の市民を第一優先で安否確認頼む」
そう言って、上座に座っていた男性が数枚の資料を一人の自衛官に手渡しした。
自衛官はすぐにそれに目を通し、頷くように立ち上がった。
「なるほど、先輩らしい人選ですね。と言っても、僕には半数くらいしか理解できませんが」
「ああ、そこにいるのはこの市にとって重要な人ばかりだ。専門知識を持っている人、市議会議員の家族、そして……市として無視できないほどの高額納税者たちだ」
「あー、そういうことですか。聞いたことない名前が沢山あると思ったら、高額納税者……こんな資料を僕に見せて良かったんですか?」
自衛官のその言葉に、市議会議員はわざとらしく頭を掻いて見せた。
「あはは、まあ……そこはお前ならしっかりやってくれると思ってるよ。もし悪用されようなら、俺の首が飛ぶどころでは済まないかもな」
「いや、そんな軽く言わないでくださいよ……分かりましたよ。これは僕の部下の中でも優秀な自衛官少数に任せます。安心してください、彼らは僕の自慢の部下ですから」
「ああ、本当に頼むよ」
そこで二人は熱い握手を交わし、市議会議員は部屋の外へと出る。
自衛官の男はすぐに仕事のデスクへと座り、一本の電話をかけた。
「須貝二等陸尉、至急私のデスクまで来てくれ」
『今永二等陸佐、了解です。至急、向かいます』
「ああ、頼むよ」
今永自衛官はその後、すぐに電話を切り、再びその資料に目を通した。
そして、とある項目を見たとき、驚きのあまり思わず声を出しそうになった。そこは彼の知らない名前が載った住所同じの五名の子供の欄だった。
「こんな若い子たちが高額納税者、ね。世の中不思議が多い」
そう虚しく呟き、気分転換に窓の外に目をやると。
コンコン、と扉から力強い音が響いてきた。
「入ってくれ」
「失礼します、今永二等陸佐。ご用件は何でしょうか?」
切れのある動きで部屋に入室し、まごうことなき正式な敬礼をした須貝二等陸尉がそう言った。
今永二等陸佐は軽く敬礼をし、すぐに先ほど貰った資料をスッと前に出した。
「この資料に載っている一般人の安否確認を第一優先で君の部隊に行ってほしい。できれば精鋭三人ほどで任務遂行が望ましいだろう。安否確認ができない場合、武装した状態で家の捜索にも当たって欲しい。任務終了後はこの資料は私に返却するように、また他言は一切認めない。頼むぞ」
「了解です、すぐに人選し任務遂行に当たります」
そう言って、呼び出された彼はその資料を手に取り、敬礼後に退出した。
こうして、陸上自衛隊の一部隊の精鋭三人が動き出した。
それから二日後には、資料上のほぼ全ての住人の安否が確認され、今永二等陸尉へと報告された。
しかし、五名程の安否が未だに確認されていなかった。
鏑木好、17歳。
鏑木菜津、14歳。
赤井夜空、18歳。
七季柚、18歳。
家田和近、17歳。
「以上、五名の捜索任務に向かいます」
須貝二等陸尉が、そう報告をした。