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ちょこっと卑猥な骨

 


 ――ときは少し遡り。


 Dungeon No.78、その内部に何度も何度も慎重すぎるほどに出入りを繰り返す男女五人組のチームがいた。

 彼らが出入り口でそんな奇妙な行動を繰り返す理由は――。


「検証はこのくらいでいいだろう」


「そうだっちゃね、このダンジョンは一方通行ではない仕様みたいだねん」


「ん、出入り自由なら柚は楽勝」


「ねー、ねー、早く行こーよー!! 現実パリィ早くヤリたいと、可愛い妹は思ってるよ!」


 菜津は駄々を捏ねる子供のように年齢が上の兄二人、姉一人の腕を引っ張っていた。正確には本当の兄は鏑木好だけなのだが、菜津は夜空のことを「ヨー(にぃ)」と、柚のことを「ゆー(ねぇ)」と呼ぶため彼らを兄、姉と呼称して差し支えないだろう。


「それじゃあ、いつも通りでいこう。俺と菜津が前衛、柚が中衛兼遊撃、夜空が後衛、ここは当分変えないぞ」


「夜空くん、りょりょ!」

「ん」

「はーい!」


 三人は好の指示に気持ち良いくらい元気な返事をした。

 そして、そこに残される全員の荷物を一人で背負い、カメラを片手に持つ約一名――。


「僕はよーちゃんの隣でカメラ回してるね。これは大作動画になりそうだよね!」


 完全に自分を戦闘要員ではないと認識し、サポートに回るどころか、今後の収入について考えを巡らせるかずっち。しかし、その実は『α部隊』の名前がゲームの業界を飛び出て、世界中に広めるチャンスだと意気込む腹黒さも持ち合わせていた。もちろんそれは自分の収益のためではなく、彼らという宝石のような才能を世界の人たちに知ってもらいたいからである。


 そうして彼ら『α部隊』の面々は、世界が混乱している最中にダンジョン踏破に向けて、動き出した。

 雑な配合のコンクリート階段を下っていき、ダンジョンの通路に辿り着く。

 そこにはガレージの灯りが全く届いていない、そう感じさせるほどに暗闇が彼らを包んだ。


 好が口を開く。


「ライトはなるべく節約の方向で、今は俺とかずっちの二人だけ灯そう」


 カチッと、好が円錐状に光るタイプのライトを、かずっちが全方位に明りを灯すキャンプタイプのライトをそれぞれ点灯した。

 それにより全員が視界を確保でき、少しだけ安堵の顔色へと変わる。


 それと全く同じタイミングだった。


 カラン。


 と、空洞に物が落ちたような乾いた音が全員の耳に届いた。

 ここにいる誰かが物を落としたわけではない、その音は確かにライトの灯りが届かない暗闇の先から響いてきたのだ。

 それに反応し、全員の瞳が本気の光を灯し、輝きを放つ。それはいつもの彼らとはまるで比べられない、全戦無敗の『α部隊』としての正真正銘、本気の戦眼。

 それが未知の道先を睨みつけていた。


 そしてもう一度――。

 カランッ、と。


 カラン、カラン、カラン、と音の感覚が狭まっていき、どこかリズムを狂わされているようなそんな感覚が彼らを襲っていた。

 リズムとは非常に重要だ。音楽家然り、スポーツ選手然り、格闘家然り、ゲームも然り、全てにおいてリズムとは、その分野を極める者にとって、独自のリズム形成は必須事項なのだから。


 そして彼らも然り。


 そんな稚拙な小手技に動じる者はここには誰一人としていなかった。その答えは簡単なこと、誰もが考えるリズムを狂わせるという常套手段は、彼ら『α部隊』を倒すために多くのプレイヤーが講じてきた手段の一つであり、すでにここにいる全員が対策済み。


 好は自分の心音に取捨選択を指定し自分のリズムを取る、菜津は声には出さないまでも好きな歌でリズムを取り、柚は指を動かし自分のリズムを取り、夜空は脳内でリズムを取っていた。


 そうして、彼らはそれぞれの武器を構えた。

 その手には少しばかりの緊張な汗が滲み出ており、さすがの彼らでも現実の戦闘は怖い。


 ――なんてことはこれっぽちもなかった。


 好はその手に長めの出刃包丁とフライパンを、菜津はその手に鉄パイプを、柚はその手に木製バットを、夜空はその手に電球を握り締めている。

 その姿は端から見れば滑稽だ。

 しかし、ゲーム中と言えども彼らはチーム戦闘においてプロフェッショナル、他の追随を許さないほどの才能を持っている。そんな彼らが選んだそれは、ことこのダンジョンの序盤においては非常に有効な武器であることに間違いはなかった。


 彼らの息遣いだけが妙に大きく聞こえる静寂の後――。


 ようやくその時が訪れた。


「ガコッ……ガッ、ガッ!!」


 死体が歩いていた、それも一切の肉を纏わない白い骨だけの生命体。そのいくつかの骨には明らかにどの骨とも接着せずに、宙に浮く箇所があった。そして、その骨が纏う日本式の兜に、ライトの光が敵の手に持つ太く長い棍棒の木目をくっきりと映し出す。


 それはまさしく。


「スケルトンだぁっ!! リアルスケちゃん、結構キモいんだけど!!」


 はしゃぐように、そして小躍りするように、この緊迫した空気を切り裂く一人の女子、いや少女の歓声がこの息苦しい空間に木霊した。

 それは明らかにこの空間にそぐわない、パーカー一枚で、首元に動物のシールをデコレーションしたヘッドフォンを装着する。

 ――鏑木菜津、弱冠14歳の美少女。

 その無邪気な笑顔が、不可抗力的に年上の面々の頬を緩ませた。

 もし紳士諸君がこの光景を見ているのならば、盛大な議論が繰り広げられること間違いないだろう――少女は履いているのだろうか? 履いていないという紳士の夢を体現した天使なのではないだろうか?――と。

 何を? と無粋な問いを投げかける者は紳士ではないだろう。


 そんな中、唐突にスケルトンがガシャガシャと骨と骨をぶつけながら、荒く音痴な走りで彼らに迫り始めた。


「あっ、これいけるわ」


 そう、まるで虚を突かれたような声で呟き、一人先頭へと躍り出た人物は。

 ――鏑木好。

 齢17の青春ラブコメを夢見ないその青年は、不格好にも口でライトを咥えながらスケルトンに鋭い眼光を向けていた。

 武器を碌に構えることすらせず、左手に持つフライパンと右手に持つ出刃包丁をダルッとそのまま重力に任せるように降ろしながら、前へと進み、徐々にスケルトンとの距離を詰めていく。


「あらら、好ちんスイッチ入っちゃったん? 夜空くんの援護いらないっちゃ?」


 後ろで電球を構えていた夜空が不思議がるように首を傾げ、いつもの摩訶不思議な口調で好へと聞いた。

 しかし、反応はなかった。


 好はすでに()()()()()


「あーあ、お兄ちゃん多分聞こえてないよ、あれ。完全に入ったね」


「ん、柚もそう思う」


「やっぱりだっちゃ?」


 そう、菜津の言う通り、好はすでに自分の感覚をとある領域へと落とし込んでいた。


 とある領域。


 それは時にゾーンと呼ばれる。

 それは時にランナーズハイと呼ばれる。


 ゾーンを経験した者の多くはこう語る。

 ――妙に体と思考がリラックスしていて、自ずと最善の手が分かるんだ。

 と。


 しかし、その実態は意外と簡単だ。

 通常の状態よりも反射的に物事を脳で処理する数が圧倒的に増えているだけ。


 要するに、だ。


 今、パッと顔を上げて目の前にある物をどれだけ情報として処理できているだろうか?

 もし目の前に人がいて「性別、髪型、年齢」だけを瞬時に情報として処理できているとしよう。

 そこでもし、ゾーンに入っている者がパッと目の前を見て情報を処理できる事柄は「性別、髪型、年齢、髪色、年代、服装、背丈……」と、通常よりも何倍も反射的に情報として処理できるようになるのだ。


 情報が多ければ、人という種は自ずと最適解を進み続ける。


 だが、ゾーンに入るというのは、どんなに有名で伝説的なスポーツ選手でも己の意思でその領域に土足で踏み入ることはできない。


 もし。

 もしだ。


 自分の意思ではなくとも、ゾーンという神聖な領域に入りやすい体質で才能を持った者がいたらどうなるだろうか。


 さて、それでは『α部隊』の司令塔でありリーダーである好の戦闘を見てみよう。


「ガッ! ガッ、ガッ!!」


 スケルトンが大きなモーションから横薙ぎに、棍棒を振りかぶった。


 好には、その攻撃がまるで子供のチャンバラのような粗末なモーションに見えていた。

 タイミング合わせて、棍棒から逃げるように横に大きくステップを踏む。


「ガッ!?」


 それに反応できず、スケルトンの棍棒は虚しく風を切る鈍音を鳴らした。

 そして、振り切る手に力が抜けた瞬間――。


「ここだ! パリィッ」


 逆にそこで好が左手に握っていたフライパンを下から振り上げ、その棍棒を上に向かって弾いた。


「ガコッ!?!?」


 自分の大モーションから振り回した横のエネルギーが突然上に突き上げられたスケルトンは、「まさか!?」と言っているかのように驚愕の声を上げた。

 そして、スケルトンの棍棒を握る手が緩んだ。


 好はそこで大きく息を吸い込んだ。


「抑えろっ!!」


 そう叫んだの同時に、好はスケルトンに向かって全体重を掛けた突進を食らわせた。そして、ガシャンという骨と地面がぶつかる音が響き渡った。


「夜空くん、登場~」

「ん」

「はいはーい!」


 それとほとんど同じタイミングで、好の掛け声を待っていた三人がスケルトンの両手両足に覆いかぶさった。

 そこから数拍遅れて、かずっちが慌ててみんなの下へと現れた。


「みんなナイスタイミング! それよりかずっちロープ出してくれ」


 好は未だに全体重を乗せ、暴れるスケルトンを取り押さえながら顔だけ上げて言った。

 それに応えるようにかずっちが慌てて、背負っていたバックパックを下ろし、中から一本の強固なロープを取り出した。


「はい、これ!」


「おう、サンキュー! って、言いたいけど今、手放せないんだわ。かずっち、そのままこいつを縛り上げてくれ」


「し、縛り上げるって!? 僕、縛り方とか全然知らないよ!?」


「何でもいいよ、亀甲縛りでもぐるぐる巻きでも、こいつの身動きを阻害できれば十分だ! てか、早くしてくれ! こいつが魔法とか持ってたら、俺死ぬ、死んじゃうから! 今すぐ天国にイッちゃう! ゴートューヘルしちゃうっ!!」


「かずちん、早くして~」

「ん、柚はまだいける」

「ねぇ! ねぇ! このリアルスケちゃんの手の動きが妙に卑猥なんですけど! 私に欲情してるんじゃない!?」


 もはやそこには先ほどまで頼もしかった彼ら、無敗の『α部隊』、その姿は見る姿、形も無くなっていたのだった。

 しかし、それも当然の結果と言えば当然の結果だった。


 それは好の持っていたフライパンが示していた。


 まるで機械の力でハンコを押されたかのように、フライパンの底には棍棒の跡がくっきりと付いていたのだ。

 要するにそれは――。


 この棍棒が異様に()()ことを暗示していたのだった。


 それを瞬時に理解した彼らは、好の合図を待ち、一斉に飛び出しスケルトンを抑えたのだった。


 だが、これも一種の賭けであったこと。

 これもまた事実。


 その硬さが棍棒だけでなく、スケルトン本体でも同じだった場合、彼らの骨は今頃、複雑骨折間違いなかっただろう。

 いや、複雑骨折では済まない可能性も少なからず存在していた。


「ふぅ~、何とかなったな。とりあえず目標の一体目確保だ」


「夜空くん、疲れちんよ」

「ん、柚はまだまだいけるぞ~」

「ねぇ、見た!? リアスケちゃんのあの手の動き見た!? ワシャワシャ、モミモミって感じで絶対私に欲求ぶつけようとしてたよね!!」


 そんな一仕事終えた彼らは、全員が冷や汗を服の袖で拭きながら、壁にもたれかかっていた。

 そして、彼らの目の前には四肢を厳重に固定され、綺麗な亀甲縛りに縛り上げられた骨がもがき苦しんでいたのだった。

 そう、どうにか彼らはスケルトンの確保に成功していたのだった。


 さて。

 ここまで来て、やることと言えば一つしかないだろう。


 好と夜空だけがその場で意気揚々と立ち上がり、スケルトンを見下ろし、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。



 『α部隊』、その頭脳であり検証大好きな二人の男がいると、一時期とあるゲーム内で話題になったことがあった。


 それはモンスターを拷問していた、とか。

 それはモンスターを解体していた、とか。

 それはモンスターを解体しキメラを作ろうとした、とか。


 黒い噂が絶えることは一度もなかったという。





「ふぅ、検証終了っと」

「夜空くんも満足だっちゃ」


 そして、その場に残ったのは……骨の灰だけだったとか。

 後に語る者がいたとか、いなかったとか。

 噂の中には「真」と「虚」が交じり合うとは、誰の言葉だっただろうか。


 その後、彼らの手の中には地上の人工物――フライパンや鉄パイプ、木製バット、電球――ではなく、白く骨っぽい素材が握られていた。その一つは鈍器のように加工され、もう一つ鋭利に研がれたように加工されていた。

 

 一本道のダンジョンを奥へと進み、五分ほど。

 好とかずっちはライトの灯りを消した。


 そう、ダンジョンはついに明りを灯し、彼らの視界を明瞭に照らしてしまったのだった。

 

 彼らに「視界」を授けてしまえば――。


 どんな敵だろうと最後に待つのは、『敗北』というたった二文字しかない。



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