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行こうか

 


「好、もうそろそろだよ」


「あぁ、わかってる」


 好と祐奈たちは、すでにダンジョンの最下層近くまでやってきていた。

 ダンジョンの雰囲気も途中から一変し、今までのダンジョンと比べてもかなり異質な構造をしていた。

 出てくる魔獣に統一感があるのは変わらず、ここでは肉食四足歩行の動物型が多く出現していた。


 しかし、どこか変だったのだ。


 その正体を掴めぬまま、二人はついに最下層までたどり着いていた。


 祐奈は八個前のダンジョンで手に入れた『No.666eyes』と呼ばれる能力を使って、千里眼のような眼を手にしていた。

 本来ならば好が手に入れるはずだったのだが、好はすでに両眼にナンバーズを刻まれており、祐奈が習得するほかなかったのだ。


 そんな祐奈が「もうそろそろ」といったということは、もうすぐ最終階層のボス部屋があるのだろう。


 二人の緊張感は否応にも増していく。





 ボス部屋をようやく発見した。

 いつも通り巨大な青銅色の門が堂々と鎮座しており、そこにはボスの絵姿が描かれている。


 それを見て、二人は頭上に疑問符を浮かべた。


「えっと……あれ? どう見ても人の形してない?」


「確かに人だな」


 そう、扉に描かれていたボス絵は誰がどう見ても人の形をしていたのだ。

 今までのダンジョンでこの扉絵が嘘を付いたことがなかった。

 ということは、この先にいるボスは確実に人の姿をしている。


「まずは休憩だ。時間も時間だし、仮眠でも取って……」


「いや、今すぐ行こうよ。夜空さんが待ってるよ」


「……大丈夫なのか? 疲れてるようにも見えるぞ」


「大丈夫だよ! 行こうよ」


「よし、分かったよ。ただ十分だけ休もう、さすがに俺も疲れた」


「うん!」


 そうして、二人はほんのひと時の休息をとることとなった。

 いつも通り運動後のスポーツドリンクを飲みつつ、栄養価の高いクッキーをぽりぽりと齧っていく。そのまま壁に腰を掛け、疲れた筋肉を解していく。


 思い思いな時間を過ごし、十分はすぐに経過した。


「よし、行くか」


「うん!」


 二人は気合を入れるように精神を統一し、ゆっくりと扉に手を触れた。


 半開きになる扉、道しるべの灯りが点灯し、ボス部屋の全貌が見えた。


 そして――。


「――は?」


 ボス部屋の中央に佇むボスの姿を見て、好は驚きの声を漏らしていた。

 それもそのはずだ、そこに立っていた人物は好の知っている顔をしていたから。


「やあ、待ってたよ。好ちゃん、久しぶり」


「……かずっち」


「うん、本当に久しぶりだね。それにようやく会えて嬉しいよ」


 家田和近。

 俺たち『α部隊』を支える縁の下の力持ちでもあって、俺の親友でもあった。

 常に俺たちの考えながら動いてくれて、かずっちとして親しまれている。


 そんな和近がなぜ、こんな場所にいるのか好には分からなかった。

 いや、分からなかったというよりも、理解したくなかったという方が正しい。


 好は、最初のダンジョンで『No.78eye』という《誘致人》を一目で判別できる能力を与えられていた。

 ツバキにも一目見ればわかると言われており、実際にどんな見え方がするのかまでは分からなかった。


 それでも好は気が付いてしまった。


 普通の人には見えないはずの黒い靄が和近から溢れ出ていたのだ。

 禍々しくも感じてしまうその靄が一体何を指し示すのか、好には分かっていた。


「……信じたくはない。信じたくはないけど……かずっちが《誘致人》なのか?」


「そうだよ、僕が《誘致人》。この1st世界にダンジョンを誘致した張本人さ。驚いたよね? 僕は元々2nd世界の住人で、君たちα部隊にゲームで負けて、君たちをもっと知りたくて……自ら1st世界に降り立った」


「元2nd世界の住人……ツバキと同じってわけだな」


「ツバキさん、懐かしい名前が出てきたね。そうだよ、僕は君たちを好きになった。君たちの根幹には何があって、どんな才能に溢れているのか知りたかった。そんな中で、僕は疑問に思ったんだ」


「疑問?」


「なぜこれほどの天才たちがゲームなんていう小さな世界に納まっているのか。君たちはそんな小さな鳥籠にいていい人間じゃない。もっと上の世界に羽ばたくべきんんだよ」


「……大体理由はわかったよ」


「さぁ、好ちゃん。僕を殺すんだ」


「は? 何を言って……」


「好ちゃんが僕を殺せば、世界中に睡眠人が復活する。ここにいる夜空だって、奈津ちゃんだって、柚だって……みんなが復活する。それに君たちはこんなちっぽけな1st世界じゃなくて、2nd世界でもっと羽ばたける」


「そんな小さな理由でかずっちは殺せない」


「いいんだ、僕の寿命はもう少ないから」


「え?」


「もともとこの世界に降りてきたときすでに、不治の病にかかっていたんだ。この世界では感知すらできない病気だけど、上の世界では当たり前に感知できる病でね。すでに僕の寿命は一か月もない。本当に間に合ってくれてよかったよ」


「一か月?」


「うん、そうなんだ。だからもし、好ちゃんが一か月以内に辿り着かなかったら、勝手に僕は病に伏せ、睡眠人全員が解放される予定だった。だから早く僕を殺してほしい」


 そう言った和近の表情は、心の底から懇願しているようにも見えた。

 好にもそれが分かってしまい、どう返答したらいいのか分からなくなってしまう。


「俺にかずっちを殺せるわけがない」


「じゃあ、そこの君。君が僕を殺してくれ」


 和近は好の隣で話を傍観していた祐奈を指名した。

 突然の振られ方に、祐奈は手をあわあわさせて動揺する。


「わ、私?」


「ちょっと待て、かずっち。祐奈に人は殺せない」


「それじゃあ埒が明かないね……ちょっとごめんよ」


 和近はそう言うや否や、姿を消した。

 いや、違った。姿を消したのではなく、好や祐奈ですら目で追えないほどの速さで好へと接近し、腰に携えていた黒い鞘を手に取ったのだ。


「……なんだよ、今の」


「言ったでしょ? 僕は2nd世界の人間だから」


「2nd世界の住人はみんなバカげた運動能力でも持ってるのか?」


「そうだよ。この1st世界の人間たちの方が弱い、といった表現が正しいのかな? だから僕は上の世界ではいたって普通な人だよ」


 和近はそう言うと、好の黒い鞘の中から一本の短剣を取り出した。

 一体、何をするのか。好には何もわかってはいなかった。

 和近が誘致人であることに動揺を抑えきれずに、自分を制御するので精いっぱいだったのだ。


「二人が僕を殺せないなら、この短剣をもって君たちが僕を殺したことにするよ」


 突然、和近は冷淡な口調でそう言い放った。

 そして、好は驚きのあまり目を見開き、縋るように手を伸ばしていた。


「じゃあね、好ちゃん」


 スッ、と和近は自分の首元に短剣の刃を当て、引き斬ったのだ。

 豪快な血飛沫が吹き荒れ、和近の顔を真っ赤に染める。地面も真っ赤に染まった。


 その光景を見て、好は駆け出していた。


「な、何を!」


 好は力なく倒れ込もうとした和近の体を支え、力の限り叫んだ。


「……言ったでしょ? 僕は死ぬためにここに来たんだ、君たちのために。じゃあね」


「意味わからない事を言うな!」


 好は必死に和近の首から溢れ出る血液を塞ごうと手を当てるが、血が止まることはなかった。


「お、おい……かずっちこれどうしたら血が止まるんだよ」


「もう無理だよ、好ちゃん。またどこかで会えるといいね」


「祐奈! これどうしたら止まるんだ!」


 必死な形相で祐奈へと振り返った好の頬には、気づかぬ間に涙が伝っていた。

 祐奈は後ろから好に抱き着き、小さな声で言った。


「……好…………もう和近さんは」


「嘘だ!」


 好は理解したくなくて叫んだ。

 時すでに和近の腕からは力が抜け、だらりと下がっていたとしても、和近はまだ生きていると信じたかったのだ。

 瞳からはすでに生気が抜けきり、声を掛けようとも届いてはいなかった。


 必死に和近に声を掛け続ける好。

 そんな好を止めたくても止められない祐奈。

 冷え切った体の和近。


 すでに答えは出ていた。


『鏑木好が《誘致人》を倒しました。これより睡眠人の全解放を実行します』

『Congratulation、ゲームクリアを確認しました』

『ダンジョンが解放され、元の世界へと還ります』


 そんな時、頭に響き渡るようにそんな無機質な声が聞こえてきた。


 それは無情にも、家田和近が死んだことを意味していた。


 好はその日、涙が枯れるまでかずっちを抱きかかえながら泣き続けた。





『そろそろ赤井夜空が起きますよ』


「ああ、わかった」


 タイミングを見計らったように、ツバキの声が聞こえてきた。

 その言葉に好はすぐに反応し、乾ききった顔を上げた。

 かずっちの返り血はすでに祐奈が綺麗にふき取り、遺体は光の粒子となってぽつりぽつりと空へと上っていった。


 好は上の世界に帰っていったのだと知り、それを見届けたばかりだ。


 そして――。


「チャチャっす、好ちゃん」


「おう、夜空。ずっと待ってたよ」


「おろ? なんで泣いてたの? 顔赤いっちゃ」


「あとで話すよ。それよりも……みんなを迎えに行こう」


「よくわからないけど、行くっちゃ」


 こうして好は、ようやくα部隊の一人である赤井夜空を取り戻すことに成功したのであった。


 その後、ツバキから聞いた奈津と柚の起床場所を目指すために、地上へと帰還を果たした。

 場所はそんなに遠くなく、車ですぐの場所の茂みに二人は眠ったままで見つけることができた。


 好は一人で奮闘し続けた。

 約1年の頑張りもあり、無事にα部隊を救出したのであった。


 しかし、かずっちだけは帰らぬ人となってしまう。


 そんな中、全員にかずっちの最後を話し、これまでの経緯も全てを話した。


 その結果、一度家に帰ることになった……のだったが。


「うわぁ……」


「凄い人の数だね。マスメディアおそるべし」


 彼らが無事に家へと帰還すると、家の入り口はマスメディアの人で溢れかえっていたのだ。


「どうしよっか?」


 奈津が聞いてきた質問に対し、好は答えた。


「2nd世界に行こう。かずっちの最後の言葉だ、俺は上に何かがある気がする」


「そうだね、かずっちの遺言だもんね」

「いいだっちゃ」

「ん」


「じゃあ、行こうか」


『α部隊』の四人はチケットを破り捨て、多くのマスメディアがカメラのシャッターを切る中で、上の世界へと転移した。

 一体、2nd世界で彼らを待つものは何だろうか。


 そんな期待を胸に、鏑木好、鏑木奈津、赤井夜空、七季柚の四人は未知の世界を見るのであった。


「祐奈、いつか迎えに来る」


「うん、待ってるね、好」


 好は祐奈を置いていく決断をした。

 彼女を巻き込みたくなかったから、上の世界では何が起こるか分からなったから。

 2nd世界の住人が、1st世界に行くことはそんなに難しいことじゃないと判断したのだ。


 だから好は、祐奈と別れる決断をしたのだ。


「本当に良かったの? お兄ちゃん」


「うん、いいんだ」


 そうして巨大な光の柱が四人を包み込み始めた。

 転移の合図だろう。マスメディアの人たちは驚きながらも、この瞬間を逃すまいとシャッターを切っている。


 そんな時であった。


「やっぱ私も行く!」


 黒いパーカーのフードを被って姿を隠していた祐奈が、フードを殴り捨て、好の元へと抱き着いてきたのだ。


「おい」


「行くったら、行くんだもん!」


「……わかったよ、後悔すんじゃねぇぞ」


「うん!」


 こうして、『α部隊』の五人が上の世界へと向かうことになった。




 世界が『α部隊』に救われたことはネットを中心に、すぐに世界中を駆け巡っていく。

 こうして、彼らは英雄となった。


これにて完結になります。

お付き合い頂きありがとうございました。

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