縛りプレイなんてお茶の子さいさいよ
ナンバーズの能力が使えない?
基礎能力が普通の人間と変わらない?
そんなのは彼にとっては、ただの縛りプレイに過ぎなかった。
よく仲間とふざけて遊んでいた日々と、何ら変わりはなかった。
ゲームではもっと縛りの強い遊びもしてきた。
もっともっと難しく……それでも鏑木好にとっては物足りないものだったのだ。
果たして、ここのボスは彼を満たしてくれる強敵であろうか。
否。
それは到底、不可能である。
「グマァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
目の前に現れたのは、体長七メートルを超えるであろう金色に輝く毛皮を纏う熊型モンスターだった。
一見、常人であれば「死」を想起するほどの恐怖に見舞われるはずだ。
山で熊を見かければ、一目散に逃げるか、静かに大人しく危害を加えようとするな。一般的には、そう言われているだろう。
もちろんそれは正解であるが、普通の熊という動物であるならばという枕詞が付く。
しかし、今回目の前にいるのは初めから人を襲う習性を持つモンスター。
その中でもボスという格式高い群れのリーダーである、このボス『ゴールデン・グマァ』は一際縄張り意識が強い個体であり、踏み入った者みんな有無を言わせずに攻撃を加える習性を持っていた。
今回も同じ。
耳を塞ぎたくなるような太い雄叫びを上げながら、肉付きの良い巨体を揺らし、四足の丸太よりも太い脚で一直線に駆けだした。
実際に、こんな場面に出会えば誰だって腰を抜かすことだろう。
七メートル級の熊が、バーサーカーの如く向かってきたならば。
しかし、少なからず人間は適応する生き物だ。
慣れとは恐ろしいもので、恐怖すら和らげることができる。これこそが人間に与えられた、能力である。
「ふわぁ~」
祐奈は思わず、変な声が口から洩れていた。
それは「単調過ぎる」と思っていたから出た言葉だった。
要するに、すでにボス『ゴールデン・グマァ』はその突進という行動を選択した時点で、好の術中にはまっていたのだ。
祐奈はこの光景を何でも見てきた。
そして、これで死ななかったモンスターを見たことがなかったのだ。
「ふぅ」
好が深く深呼吸をし、体から余分な力を抜いて行く。
そして、黒き鞘から一本の剣を取り出した。
その剣は少し歪だった。
柄から刀身まで、全てが漆黒色に包まれており、その刃に這うように二匹の赤い蛇がグルグルと絡みついていたのだ。
まるで二匹の蛇が、剣を飲み込んでいるような……そんな禍々しい刀だった。
ボスがもの凄い勢いで距離を詰めていく。
衝突まであと数秒もないだろう。
それでも好はその場からは一歩も動こうとはしなかった。
余裕の表情で、ただジッとボスの目を見つめていたのだ。
そして、ゆっくりと構え始める。
いつも通り剣を重力に従うようにだらんと下げ、端から見れば脱力しているようにも見えるサン独特の姿勢。
好の瞳には、ゆらりと赤い炎が揺れていた。
その炎はナンバーズ能力ではない。
彼の「救いたい」と思う意志そのものである。
――衝突まであと五歩。
そこでようやく好が動いた。
「喰え、蛇絡刀…………ッッッ!!」
瞬時に、刀を肩の上まで振りかぶり、一直線にボスの頭部目掛けて投げつける。
ギリィャ、ギリィャ、ギリィャ、ギリィャ、ギリィャ、ギリィャ……。
蛇絡剣からは不気味な蛇の鳴く音が、空気と交わりこのボス部屋という空間に鳴り響く。
「グマァっ!!」
舐めるな、小僧!
単調過ぎる攻撃に怒りの声を出しながら、ボスはその投げられた剣を寸前で飛び越える。
そして、難なく回避したのだった。
ガンッ。
蛇絡刀がボスの遥か後方の壁に突き刺さった音が聞こえた。
投擲失敗。
そう、それは好が投擲に失敗したようにボスからは見えていた。
しかし、違った。
一切の動揺を見せない好が次の攻撃に差し掛かる姿がそこには合ったのだ。
いつの間にか取り出していた一本の青き剣を右手に構え、体勢を低くしながら前に一歩駆けだした。
まさかの行動にボスは少しばかりの動揺を見せる。
なぜそんな笑顔で迫ってくる。
なぜそんなに楽しそうなんだ。
なぜ……攻撃をミスしたのに、平然と次の手に講じているのだ。
ボスはそう問いたかった。
しかし、答えが返ってくるはずもなく……。
その時が訪れる。
「グマァっ!!」
「ハァッ!!」
二人の攻撃が交わる。
ボスはその大きな熊手を斜め上に振りかぶり、鋭い引っかき攻撃を。
好は……まだ動かない。
その手に持つ剣をただ構えるだけ、その攻撃を受けようとも思っていない様子。
――いける、ここだ!!
ボスは勝ったと思っていた。
慢心、傲慢、余裕。
しかし、それは間違っていた。
「キシャァッ!!」
「キヤァッ!!」
突然、ボスの両脇すぐ近くの地面から二匹の赤い蛇が気配もなく出現してきたのだ。
ボスはその目にしっかりとその蛇を捉えていた。
しかし、その動きに……全く対応することができなかった。
否、できなかったのではない。
できないと、直感したのだ。
――これは躱せない、と。
熊型モンスターは等しく、モーションが大きいのだ。
その巨体だからこそ、細かな動作が苦手であり、全てが大味になってしまう。
その代りに、防御力も高く、攻撃力も高い。
だから、動けない。
奇襲攻撃には対応できないのだ。
それを知っていた好は、すぐにこの戦法を思いついた。
どこのボスも等しく、人間を侮っている。
それが彼らにとっては誇りであり、力の誇示なのだろう。
しかし、それが「負け」に直結することを好はその身で良く知っている。
初めて赤い夜空とゲームで戦った時、このボスと同じように……負けを知ったのだから。
無敗は『α部隊』の称号であって、鏑木好一人の称号ではない。
それを一番知っているのが、彼自身なのだ。
「終わりだな」
ニヤリ、と好の口元が笑みを浮かべた。
その途端。
「グマァァァァァァァァァァァァァァァァァッァァァァァァッ!?!?!?!」
二匹の巨大な赤い蛇がボスの両手両足を一瞬で巻き取り、ボスの巨体を十字架張りのように空中に浮かせたのだった。
まるで今までの勢いを無視するかのように……。
慣性など知らないというように……。
無慈悲に、圧倒的な力で……蛇絡剣はボスを捕獲したのだった。
好の目の前には、無防備になったボスの姿。
勢い止めずに、そのまま跳躍する。
そして――。
「はッ!!」
剣が振りかぶられた。
何の抵抗もなく振りかぶられた鉄の剣は、熊の頭部を両断していく。
ゆっくりと視界がずれていく現実に対し、ボスはようやく理解した。
――ああ、負けたんだ。
と。
ゴトッ。
ボスの首が虚しい音を立てながら、地面に落ちた。
視界に映るのは、上から見下ろす彼の姿。
苦戦している様子も、楽しげな様子も、息を切らしている様子もなく、彼はボスの頭部を見透かすような瞳で見つめていたのだ。
最初は何ということもない人間だと思っていた。
しかし、終わって見れば……彼の方が何倍も、何十倍も先を歩いていた強者だっただけ。
自分が負けるのも当然の結果だと、この時初めて理解したのだ。
悔しいと同時に、凄いと思ってしまうボスがそこにはいた。
野生の本能に近かったのかもしれない。
それでも目の前の男に、伝えたかった。
――最終階層にいるあの化け物を侮るな、と。
しかし、次の瞬間にはボスの感覚は現実世界から閉ざされていたのだった。
それを見届けた好は、ゆっくりとした動作で黒い鞘に二本の愛剣を仕舞っていく。
そう、これは今までに好が手に入れた『魔剣』又は『魔刀』と呼ばれる物。
その威力は言うまでもないだろう。
能力、切れ味、どれをとっても一級品。ボスを一撃で屠れるほどの圧倒的代物なのである。
一応、最後にボスの残骸の中にドロップ品がないかを確認しておいた好は、すぐに立ち上がった。
「祐奈、尻餅ついていないでさっさと行くぞ」
そんなことなど知らない好は、ボスの体が消えていくのを確認し、すぐに後ろにいる祐奈に声を掛けたのだった。
というか、なぜ尻餅をついているのか不思議でならなかった好であった。
実は、祐奈はこの部屋に入った瞬間の脱力感――レベルダウンの影響――に見舞われ、上手く体を動かせないでいたのだ。
そこに地面に落ちていた石ころが、彼女のつま先にクリーンヒットした。
前にだけは転ぶまいと踏ん張り、尻餅をついていたのだ。
「あ、うん!」
慌てて立ち上がった祐奈は、お尻に着いた土埃を払いながら、駆け足で好の下へと駆け寄っていく。
そうして、二人は何ということもなく第一階層のボスを倒したのだった。
好ははやる心を抑えながらも、前へと進んで行く。
しかし、祐奈から見ればその進みは……いつもより少しだけ早く感じていた。




