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契約と海石榴

 


 私有地の中でも一際木々が少なく、山肌が見え、空が大きく見える場所に一台のキャンピングカーが止まっていた。

 その上には、各々のスタイルで空をジッと眺める二人の少年少女の姿があった。


 少年は屋根に寝転びながら星空の綺麗な空を見つめ、足だけがだらんと屋根からはみ出していた。

 少女は屋根の端っこに座り込み、後ろに両手をつきながらボーっと空を眺めていた。


「晴れたね」


「ああ、びっくりするほどにな」


「ほんと、雲一つないね」


「そうだな」


 二人の間で会話が弾むことはなかった。

 いつも通りと言えば、いつも通りではある。

 しかし、これほどまでに二人して会話がないのも、どこか違和感を覚える。


 少なくとも祐奈は積極的に話しかけるタイプの女子である。

 そんな祐奈でさえ、今は流星群を待ちながら何かを考えていた。


 ただ、その静寂は少なくとも心地の良い静寂であった。

 お互いに頑張って会話を探すような空気ではなく、もっとずっと素でいられるような自然な空間。


「次で何個目だっけ?」


 ふと、祐奈がそんなことを好に聞き出した。


「十八個目だな」


「日本にあるダンジョンの三分の一以上は私たちで攻略しちゃったね、たったの一年で」


 ドキリ、と好の胸が高鳴った。

 それはときめいたとか、恋をしたとかそういうのではない。


 祐奈は契約期限に気が付いていた。


 彼女がその事実に気が付いていた、ということだ。

 思わず、空を見つめる祐奈の横顔を見てしまう好。


「あっ、流れ星」


 そんな好の様子には全く気が付いていな様子の祐奈が、小さく呟いた。

 祐奈がすぐに両手を合わせ、祈る。


「α部隊のメンバーができるだけ早く復活しますように」


 流れ星に祈ったところで、それはあくまで迷信だ。

 誰が何のために作ったかもわからない作り話に、好は頼りたくはないと考えている。


 それでも祐奈は普通の女子であり、誰よりも『α部隊』のファンである。

 それを知っている好は、別にツッコんだりはしない。


 ただ、一つ。

 そんな祐奈横顔を見て、好の胸がざわりとなった。


 ――あれ? こいつってこんな可愛かったっけ?


 もしこの言葉を口にしていたならば、盲目にもほどがあると言われていただろう。


 浅良木祐奈は元アイドルだ。

 それも地下アイドルや二流アイドルなどではなく、知名度も高く、最も人気のあるアイドルグループのフロントメンバー。

 どんなに疎い男だって、彼女たちを間近で見ていれば多少なりとも心がざわつく。


 しかし、好は「仲間を取り戻す」という目的のために、周囲に対して盲目になり過ぎていた。

 この一年、隣にはずっと祐奈がいたのだ。

 その事実に、好はたった今気が付いたのである。


 近くには誰もいない、二人きりでペルセウス流星群を観る空間。

 留まることなく、刹那の時間に夜空を駆け抜ける数多の流れ星。


 そして、俺の願いを切実に空に願う祐奈。


 これだけの条件が揃って、ようやく彼は気が付いたのだ。


「綺麗だね、好」


「あ、ああ……そうだな」


 すぐ近くにいる祐奈に思わず見とれていた好は、歯切れの悪い言葉を返していた。

 そんな好は、祐奈からは珍しく映っていた。


 クスッ、と祐奈が笑う。


「ねえ、どれか一つくらいは私の願い事、叶えてくれるよね? こんなにたくさん星が流れてるんだもん」


 二人の視線が自然と交わった。

 再び胸がざわついた好は、視線を夜空へと移す。


「そうだといいな」


 珍しく他力な願い事を肯定した好に、祐奈は再びクスッと笑った。


 二人の静寂の時間が進んで行くと同時に、流星群の終わりが近づいてくる。


 それはお互いに気が付いている。

 しかし、二人して言葉を喉に詰まらせていた。


 今、話さなければならない。

 だけど、どうしても踏ん切りがつかなくなっていた。


 普段の好ならば、言葉を喉に詰まらせることもなく、スッと本題に入っていただろう。

 ただ、今は少し動揺していた。


 これもペルセウス座流星群の魔力なのだろうか。


 そう思っていた。


「ねえ、好」


「ん?」


 先に一歩踏み出したのは、祐奈の方だった。


「たった今、日付が変わり、8月2日になりました」


 その言葉に、好はAR端末で日付と時刻を確認した。

 そこには確かに、


「本当だな、よく気が付い――」


「鏑木好」


 言葉を被せるように、祐奈が彼の名前を呼んだ。


「ん?」


「私と一年契約を結びませんか?」


 そのセリフには覚えがあった。

 α部隊が初めて攻略したダンジョンから解放された睡眠人――浅良木祐奈――。

 彼女を利用しようと、力を借りようと、好が彼女に言った言葉である。


「は?」


 その返しも、またデジャブ。

 あの時の祐奈と全く同じ反応。


「私には『α部隊』を救いたいという目的があります」


「……ああ」


「もう一つ。鏑木好は今日から一年間、私を「仮のメンバー」としてではなく「一人の女性」として見てください」


 祐奈はそこまで言い、ポケットから一枚の紙を取り出した。

 それは契約時に好が渡した小切手だった。


「報酬は4億。そして、私を彼女にする権利です。破格の待遇ですよ?」


 祐奈は勇気を振り絞って、最後まで言い切ったのだ。

 数日前から何度も何度も好がいない場所で反復練習した、人生最初で最後にするつもりの告白を。


 さらに祐奈は、そこからできるだけの笑顔を振り絞る。


 そして――。


「これはもう、いらないよね?」


 手に持っていた小切手を破り、風に乗せて森の中へと飛ばしたのだった。


 彼女は決して、好に背を向けなかった。

 例えどれだけ恥ずかしくとも、どれだけ足が震えていようとも、ここだけは好の顔を正面から見ると決めていたのだ。

 数万人の前に立って歌うよりも、踊るよりも何倍も何千倍も緊張していた。


「お前……」


 好は動揺していた。


 こちらから切り出すはずだった、契約終了の宣言。

 その機会を祐奈に奪われるだけでなく、新たな契約として上書きされたのだから。


 それに気が付いてしまったのだ。


 ――そっか、俺はお前をちゃんと見ていなかったのか。


 例え仲間を救おうともがいていても、自分を支えてくれる人を見ていないというのは、彼女の優しさをないがしろにしているのと同じ。

 優しさを受け取れない奴に、望みを叶えるなんて資格はなかったんだ。


 ――俺はバカだ。大バカ野郎だ。


「好、気づいてた? 好が私の名前を呼んだのって一年前の契約の時、たった一回きりだったんだよ?」


「そ、そうだったか?」


 確かに……言われてみれば、好には思い当たる節があった。

 呼ぶときは大体「お前」か「あんた」だった。

 それは別に意図しているわけではなかった。それでも祐奈をないがしろにしていたことの表れであったのかもしれない。


「そうだよ、本当に好のバカ。私にはちゃんと祐奈って名前があるの! 知ってた?」


「さすがにそれは知ってるよ。だけど……本当にすまない」


 そう言うと、祐奈の頬が膨れ、明らかに怒っているような表情を浮かべた。


「今、聞きたいのはその言葉じゃないよ。私が聞きたいのは、もっと違う……こうさ……あるでしょ?」


「ああ、そうだな。祐奈、その契約を受けよう」


「えっ……本当?」


「俺は仲間に嘘を付かない」


「ふ~ん、そっか……」


 むにむにと口を動かし、嬉しそうに笑みを浮かべる祐奈。

 もの凄くわかりやすい表情だった。


 そして、ここにも同じく。

 なぜか恥ずかしく思えてきた好は、一足先にキャンピングカーを飛び降りた。


「あっ、待ってよ!」


 慌てて、祐奈も車の上から飛び降り、好のあとをついて行く。

 二人の間に絆が初めて絆が結び始めた瞬間だった。


 しかし、そのいい雰囲気もすぐに終わることになる。

 二人しかいないはずのこの私有地に、もう一人の声が響く。


「はいはーい、みんな大好きツバキちゃんだよ!!」


 暗い木陰の中から、すらっとしたシルエットの人が現れたのだ。

 まだ顔ははっきりとは確認できない。


 それでも、その声に好と祐奈は二人で顔を見合わせ、驚いていた。

 なにせその声は何かを通したような音ではなく、生の声。

 そう、謎のアナウンスとして位置づけていたあのツバキの声が、この場で響いたのだった。


 確かに聞き覚えはある。

 何度も何度もダンジョンの最奥で聞いた、あの陽気な声。


「なぜここに?」


 祐奈とツバキの間に入るように、好は自然と立つ位置を変えた。

 そして、すぐに無手の状態から一本の剣を取り出し、構える。


「いやんっ、好ちゃんったら。ツバキちゃんの服をズタズタに切り裂こうなんてっ!!」


「目的は?」


 お前の口車には乗らない。

 そんな意志を込めた脅迫じみた声が、好の口から出てきた。


「もう、本当にせっかちなんだからぁ。でも、そういう自分の意思を貫こうとするところも好きだぞっ!!」


 それでも口調を変えないツバキに、好はこめかみを寄せ、再び力強く発言する。


「さっさと話せ」


「はいはーい、分かりましたよー」


 木陰の中からその声が聞こえると同時に、彼女の姿が露になっていった。


 体のラインに沿ったスーツ……いや、忍者?

 くノ一を思わせるような服をピチッと身に纏い、スラッとした体のラインの中にはっきりと浮かぶ大きな胸。

 黒い髪を後ろで一つに結び、前髪はパッツンと二本の触角で揃えられていた。

 くノ一と言っても、顔は特に隠してはいない。


「忍者じゃん」


 ふと出た言葉に、ツバキがすぐに反論した。


「ツバキちゃんは忍者じゃないもん!!」


「いや、誰がどう見たって……」


 なぜ否定したのか、理由がこれっぽちも分からない二人。

 だが、その恰好は日本人ならば誰がどう見たって、忍者であり、くノ一にしか見えないだろう。

 それを口頭一番に否定するということは、だいぶ内面がこじれている様子だ。


「まあ、そこは掘り下げないでください。さて、今日ここに来たのには理由があります」


「だから、さっさと話せって言ってるだろ」


 すると、プクッと頬をリスみたいに膨らませるツバキ。

 後からは「胸が大きくたって、私の方が可愛いもん」と、祐奈が小さく呟いていた。


 ――いや、だいぶカオスな状況だな。なんだ、これ。


 そんなことを考えていた、好であった。

 ツバキは自分で膨らませた頬を、自分の指で突き、縮こませた。


「理由……話していい?」


「いいぞ」


 少しの静寂。

 スイッチを切り替えたように、ツバキが口を開いた。


「2nd世界……と言っても、伝わらないですね。まあ、要するにここよりも上の世界では……」


「ちょっと待て、話が飛躍しすぎだ」


 当たり前のように続きを離そうとしたツバキの言葉を、好は慌てて止めに入る。

 一度、自分の中で今の言葉を噛み砕き、整理した。


 以前にも似たような単語を発していたことがある。

 というか、ツバキが口を滑らせたという表現の方が正しい。

 その時、ツバキは俺のいるこの世界を『1st世界』と呼称していた。


 そして、今。

 ここよりも上の世界のことを『2nd世界』と、呼称した。


 つまりだ。

 世界の定義がどうにしろ、世界は二つあるという結論に至る。

 さらに言うとだ、ツバキがこの世界ではなく2nd世界の住人である可能性が、最も好の中ではしっくり来ていた。


 好は続きを促すように、ツバキとの対話を続けた。


「だいぶ前だが、ここを1st世界と言っていたな。そして、2nd世界があり、2ndの方が上の世界と言ってるんだな?」


「さっすが好ちゃん、今日も頭キレッキレッ!!」


「その違いは何だ?」


「ヒ・ミ・ツ」


 やはり、秘密の部分もあるようだ。

 しかし、先ほどの話から何かしらを伝えに来たようだ。


「まあ、それはいい。それで2nd世界がどうした?」


「簡単に言うとぉ……2nd世界の住人がたいそう好ちゃんを気に入っておりましてぇ。ツバキちゃん的にはぁ、好ちゃんはツバキちゃんのものなので他の人にとられたくないんですけどぉ……。まあ、要するにこういうことです」


 ツバキが谷間の中からごそごそと何かを取り出した。

 と、同時に後方の祐奈の歯ぎしりが音を鳴らす。あれだ「乳を強調するんじゃねぇ」と食いしばっているのだ。女子には女子同士の冷戦がある。


 好はというと、「どこから取り出してるんだよ」というツッコミを押さえ、ただジッとその何かを凝視していた。


「それは何の紙だ?」


「上層部からのプレゼント、永久招待チケットです」


 好にとってはその言葉だけで十分だった。


 上層部、要するにツバキを雇っている側からの招待状。

 そして、2nd世界という上界の存在。


 そこから導き出されるのは、ごく簡単なこと。


「言いたいことは十分分かった。それを受け取れば、みんなは無事に解放されるのか?」


「残念ながら、そんな都合の良いものではありません。あくまで世界が違えば、全てが違うのですよ。ではでは、ツバキちゃんはこれにてドロンさせていただきますねぇ」


 胸の手前で印を結び、ツバキは再び木陰の中へと紛れ消えていったのであった。


 と、その三秒後にはピョコッと再びを顔を出すツバキ。


「危ないっ!! 忘れてましたよ!! どうせ好ちゃんは受け取らないでしょ? これ」


「ああ」


「その場合、このツバキちゃんとゲームするように言われてたような気がします! ということで、早速やりましょう!!」


「ゲーム?」


「まあ、まあ、一旦聞いてくださいな。このゲームに勝てば、好ちゃんには豪華な報酬があります!! なんと!? な、な、なんとぉ!?」


「……」


「四人の誰かの居場所を教えてあげましょう」


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