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ピリオド

 


 シカナラの背中は、三人で乗っても十分すぎるほどに広く、安定していた。

 その大人しい性格も相まってなのか、揺れも少なく、ホッスと比べると乗り心地は段違いであった。


 そして、何と言っても……。


 シカナラには、戦闘時にも使用していた「透明化する」という能力がある。その能力は彼らの物となった今でも使用することができ、好たちとって好都合な代物だった。


 好と祐奈そして風間唯の三人はボス部屋を後にして、ダンジョン最初にあるあの暗闇の一本道へと戻ってきていた。


 そして、少し先の道から声が聞こえてきていた。


正宗(まさむね)さん、本当にこんな巡回していて意味あるんすかね?」


 いつでも銃を発射できるように適度な緊張感を持ちながら、三人の自衛官が話ながら歩いていた。


「意味あるから巡回してるんだろう。それにわざわざ俺たちの部隊を駆り出しているんだ、上は彼に執着しているんだろう」


「そうなんすかねえ。彼って言っても高校生でしょ? なんか理不尽じゃないですかね。大の大人がこんな銃を持ち出して、一人の高校生を追うってのは、ちょっと気が引けるんすよね」


 その言葉に、正宗という自衛官は苦笑いを浮かべた。


「まあ、今のところ犯罪を犯しているわけじゃないしな。でも、やったことがやったことだ、仕方ないだろう」


「やった、って言ってもダンジョン攻略して、空港の滑走路に侵入したくらいですよね? あと、器物損壊ぐらい?」


「そうだが、武田(たけだ)。ちゃんと銃構えておけよ、あの化け物たちがいつ襲ってくるか分からないんだ」


「いやぁ、こんなちんけな武器じゃ時間稼ぎくらいしかできないですよ。だから、足の速いうちの部隊が呼ばれてるんじゃないですか」


 自衛官の会話は、そんなやる気のない内容であった。


 それも仕方ないことだろう。

 彼らがこのダンジョンでの警備強化および巡回を始めて約一か月、モンスターや人間、誰一人として遭遇していないのだから。

 とはいっても、それなりに訓練された自衛官。雇われ人とは違って、それなりのやる気は会話の合間に見受けられた。


 そして、好はその会話に一早く気が付き、先手を打つのだった。


「シカナラ、俺たちも隠してくれ」


「…………ッ」


 好がシカナラの背中を優しく撫でながら、そう指示を出した。

 すると、背中に乗っていた三人もシカナラ同様に姿が消え、完全に周りから見えなくなっていくのであった。


 これはシカナラの能力『カメレオン』。

 正確に言うと「透明化」ではなく、「完璧なる保護色」と言うべきだろう。

 シカナラというモンスターはこの能力に加え、『飛翔』という空を駆ける能力と、『存在希薄』という気配を限りなく遮断する能力を併用して、あれだけの完璧に近い透明化を可能にしていたのだ。


 その状態で進んで行くと、徐々にあの会話声が近づいていた。


「そうそう、あの動画見てから最近よく『α部隊の日常』で投稿している動画を見るようになったんですよね。あれ、超面白いです、ほど良く現実逃避できるんですよ」


「あの動画って、話題になったダンジョン攻略動画か?」


「そうです、そうです! いやー、あの一番最後のラスボスシーンとか鳥肌止まらなくなってましたよ。「あー、この人たち本当に倒したんだなぁ」って素直に感心しちゃいました」


「この任に就く前に俺も見たが……確かに凄かったな」


「そうなんすよ! だから、俺、サンを見つけてもあまり手荒な行動はしたくないんすよね。分かります? この気持ち」


 その武田隊員の私情だだ洩れな言葉に、「いつも通り過ぎるな」と正宗隊員は思い少し気が緩んでいた。

 その彼とは真逆に、もう一人の巡回組の斎藤(さいとう)隊員は、任務に真面目過ぎて最低限の言葉しか発さない。

 このなんとも言えないチームワークに、正宗隊員は内心で可笑しく思っていた。


「まあ、分からなくはないが、任務に私情をあまり持ち込むなよ」


「はいはい、分かってますって」


 そこで正宗隊員が腕にある時計で時間を確認し始める。


「んー、そうだな……そろそろ引き返すぞ。ゆっくり戻れば、ちょうど交代の時間になるだろう」


「了解です! 今日の夕食は確かカレーでしたよね?」


「ああ、そうだったな」


「やったぁ、ここのカレー好きなんですよね俺」


 そうして武田隊員と正宗隊員の二人が引き返そうと踵を返した。


 ――その時だった。


「ちょっと待ってください」


 今まで一言も言葉を発していなかった斎藤隊員がそんなことを言ったのだ。

 驚き、すぐに足を止た両隊員はゆっくりと振り返る。


「どうした? 斎藤隊員」


 正宗隊員がそう聞き返す。


「いえ、間違いならいいのですが……今、一瞬空間が揺れたような気がするんです」


「空間が揺れた?」


「はい。あっいえ、私の勘違いならそれに越したことはないのですが、少し気になって」


「よし、斎藤隊員、武田隊員、銃を構えろ。安全装置は外しておけ」


「「了解!!」」


 そうして、暗視スコープ越しにダンジョンを見ていた、彼ら三人の目が変わった。

 ただただ仕事をこなすという姿勢から、危機を回避するための真剣な目へと。


 銃を前面へと構え、お互いがそれぞれ死角を補えるように少しづつ構える角度を変える。そして、それぞれ神経を研ぎ澄ますのだった。


「ハァ……ハァ……」

「フーッ…………」

「…………ッ」


 緊張した息遣いだけが、この狭く暗闇な空間に木霊する。

 そうして、その状態を保ち続けること……。


 わずか二十秒のことだった。


「な、何か来ますっ!!」


 静寂だった空間に、武田隊員の声が響いた。

 カチャリという銃独特の音が三つ鳴り、正宗隊員と斎藤隊員がその方向へと銃口を急いで向ける。


 武田隊員は、ただ一人だけ独特な威圧感をモンモンと放つ()()に気が付いていたのだ。


 そして――。


「は?」


「今、何か……」


「な、なんだ!?」


 彼らはその目には、何も見えてはいなかった。

 そのはず。

 そのはずなのに、なぜか彼らの肌を小さくない風が撫で、ピリピリと奇妙な圧が突き刺さってきたのだ。


 彼らは「何かがすぐ側を通り過ぎた」という認識しかできなかった。


 予想外なこと。

 突拍子もないこと。

 今まで経験のないこと。


 そのせいで威嚇射撃すらできなかった。

 正体も見破れなかった。


 そして、何と言っても……。


「誰だ?」


 彼らの背後には、未だにその「何か」がいたのだ。

 いや、正確には彼らにとっては「いる気がする」という方が正しいだろう。


 三人の自衛官は背後の「何か」から放たれる存在感の強さゆえに、完全に視線と体を釘付けにされ、振り向くことすらできなくなていた。

 彼らにとって初めての感覚。

 雄大な自然の中で虎に睨まれているような。


「…………」


 正宗隊員の問いには、反応がなかった。

 でも、確かに「何か」は背後にいる。

 そう確信していた正宗隊員は、自分で自分の頬を張り倒し、勢い任せに振り返ってみる。


 しかし、そこには目で見える「何か」はいなかった。


「い、いるよな? この目で見えなくとも、存在感だけは伝わってきているから分かるぞ」


 敢えての強気。

 そうじゃないと、自分の気を保てるか不安だったからこその言葉。


 すると――。


 ヒラヒラと、一枚の紙きれが正宗隊員の足元に落ちてきたのだ。

 その「何か」から視線を離さず、ゆっくりと膝を曲げそれを拾い上げてみる。


『武器を全て地面に置き、五歩以上離れて欲しい。そうすれば、正体を現す』


 紙切れには、そう書かれていたのだった。

 その懇願に、正宗隊員は隊長としてすぐに決断を下した。


「二人とも武器を全て地面に置くんだ」


「いいんですか?」


 すぐに斎藤隊員の懐疑的な声が聞こえてきた


「大丈夫だ、これを見ろ」


 そう言って、正宗隊員は否定し、後ろに振り返らずに紙切れを渡した。

 彼にはその紙を見て確信したことがあったのだ。


「日本語で書かれている。それに命令ではなく、懇願だ。敵対意思がない可能性が高い。大丈夫だ、全責任は俺が持つ、従ってくれないか?」


「「了解です!」」


 意外にも素直に答えてくれた後輩に、正宗隊員はこの時頼もしく思っていたのだった。

 すぐに彼らは武器を全て地面へと置き、前方へと数メートルほど進みだした。


 そして、ついにその時が訪れる。


 突然、何もない空間から白い霧が現れたのだ。

 それは視界が通らなくなるほどに濃くなり、突如大きな黒い影が落ちる。


 獣。

 いや、鹿やトナカイ、馬。

 四足歩行の巨大な動物だった。


 徐々に霧が薄くなっていき、ようやくその輪郭がはっきりとしてくる。


 そこにはいたのは、


「どうも」


 巨大な鹿に跨る三人の人の姿。

 一人は、彼らがこのダンジョンを頻繁に巡回している理由でもあった「鏑木好」という青年、その人だったのだ。

 彼の後ろには、深くフードを被っているため顔は確認できないが、シルエットから女性と思われる風貌をしていた人物が一人。


 そして、もう一人。

 その女性は特に顔を隠すことなく、寝ているかのようにその動物の上でぐったりと横たわっていたのだった。

 自衛官三人の中でも、テレビや動画を見るのが趣味な武田隊員だけはその顔に見覚えがあった。しかし、この時はとりあえず黙っておくことにしていた。


「こ、これは……いえ、失礼しました。私は陸上自衛隊、特殊部隊所属の正宗二尉でございます。鏑木好様と見受けられますが、少しお話しするお時間はいただけますでしょうか?」


 意外にも正宗隊員は、好に対し下手に発言をしたのだ。

 それを聞き、驚いた好は少し目を見開きながらも、すぐに応えた。


「いえ、すいませんが、それには答えられません。今は一分でも、一秒でも時間が惜しい」


「それは仲間を救うためですか? 動画見ました」


「そうです。だから、こちらの用件だけを説明します。飲んでいただけないのでしたら、こちらも強行突破するまでです」


 好の真剣な眼を見て、大人としてここは一度折れることにした正宗隊員は先を促すことにした。


「……とりえず話は聞きましょう」


「ありがとうございます。では、早速ですが、この寝ている女性はこのダンジョンの睡眠人です。動画を見たということは、意味は分かりますよね?」


 好はそう言って、未だに後ろで眠っている風間唯を指さす。


「分かります、その女性の名前は?」


「風間唯、アイドルらしいですよ、一応。それで、彼女の保護をお願いします。予想ですが、四月五日頃から記憶がないはずです。必ずメンタルケアをしてあげてください。俺の用件は以上です、それでは」


 好はそっけなくそれだけ言い放つと、風間唯を抱きかかえ始める。

 一度シカナラの背中から降り、その場に優しく置いたのだった。


 その時だった。

 カチャリと銃を構えた音が響いた。


「あまり一方的過ぎます。少しでいいです、話を聞いてくれませんか?」


 突然、足元に隠し持っていた拳銃を取り出し、好へと向けた斎藤隊員がそう言ったのだ。

 しかし、慌てて正宗隊員が腕を横に伸ばし、その危険行為を制止した。


「正宗さん……」


「違うぞ、俺も仕事はしなくてはならない。だが……」


「だが、何ですか?」


「彼には歯向かうなと、ずっと俺の勘が言っているんだ。ここは見逃そう」


「でも……」


 そんな会話を聞きながらシカナラへと再び跨った好は、先に進むように背中を撫でたのだった。


 そして、好は首だけでゆっくりと振り返り、


「正宗さん、賢明な判断です。ダンジョンをクリアした人は平等に人間を辞めています。これからも丁重に扱うように、上にでも言っておくことをオススメしますよ」


「分かった、検討しよう。だが、一つだけ答えて欲しい! なぜ君は我らの力を借りようとしないんだ!?」


 その問いにすぐに返事は返ってこなかった。

 ただずっと両組の間には、シカナラのカツカツという足音だけが響き渡る。


「未だにダンジョン一つすら攻略できていない、あなたたちが一番理解しているはずだ」


「ど、どういう……」


「それと一つ伝え忘れてました」


 彼がそう言った、その瞬間だった。


「えっ!?」


 突然、彼の姿が消えたのだ。

 そして、斎藤隊員から聞いたことのない、間抜けな驚き声が発せられた。


 慌てて振り返った正宗隊員は、思わず「嘘だろ……」という声を漏らす。


 彼らの背後。

 つまり先ほどまで何もいなかった場所。


 そこに斎藤隊員の拳銃を悪戯っぽく持ち、くるくると後方へと投げる鏑木好という青年の姿があったのだ。

 突然の光景に恐怖の感情が溢れてくる自衛官たち。


 遅れて拳銃が地面へと落ちる音が響くと、その青年が口を開いた。


「俺は常に見ています。これを忘れないでください」


 口角を上げ、ニヤリと笑った青年がそう言った。


 何をしたのかも全く分からず、不気味に感じた彼らは一様に背筋をぞわりと凍らせた。

 そして、次の瞬間には再びその青年の姿は消えていたのだった。


 慌てて巨大な動物がいた方向へと向き直すも、そちらにもすでにあの動物の姿は無くなっていた。

 そこに残るのは、毛布にくるまれた可愛らしい女性の寝姿だけ。


 そこで隊長の正宗隊員だけが動き出す。

 ゆっくりと前へ進み、その女性を抱きかかえたのだ。


「戻って、報告するぞ」


 その言葉は冷静だった。

 そう、斎藤隊員と武田隊員には聞こえていたのだ。


「報告って……」


 武田隊員が少し動揺するように呟く。


「驚くのも分かるし、理解が追い付かない現象だったことも分かる。だけど、今の俺たちには報告することしかできないんだ。ありのままを報告しよう」


 正宗隊員のその言葉に、二人は無言で頷き、すぐに来た道を戻ることにしたのだった。

 地面に置いた銃を回収し、早足で一本道を小走りで進んで行く。。


 そうして、地上へと繋がる階段まで戻り、暗視ゴーグルを外した。


 すると、彼らの耳に聞き覚えのある同僚の声が聞こえてくる。


「何だ、何だ、今のは!? 報告を急げ!」


「壁がいきなり壊れただと!?」


「どうなってるんだよ……」


 ダンジョンの出入り口付近で、そんな口論が繰り広げられていたのだった。


 すぐに状況を確認する三人。

 そこにはダンジョンを囲っていた建物の壁を重機で壊したような大きな穴が開いていたのだった。


 正宗隊員は彼の仕業であるとすぐに気が付く。


「報告を急ごう」


「「はい」」


 あの場に出くわした二人と共に、急いで無線機に手を掛けたのだった。


『こちら青森県三沢市ダンジョン巡回をしていた、正宗二尉です。例の青年、鏑木好と出くわしました――』




 鏑木好、浅良木祐奈の二人はシカナラの能力を使って、このNo.98 Dungeonの脱出に無事成功していた。

 その後、出会った自衛官の報告が上手く上層部に伝わったのか、「鏑木好」という人間に対しての捜索態勢はじんわりと時間と共に緩んでいくことになったのである。

 結果、良ければ全て良し。

 そんなことを思った好であった。




 *****************************




 そうして――。

 時はゆっくりと、だが確実に過ぎて行き……。


 現在、2090年7月25日。

 二人の契約から約一年が過ぎようとしていた。


 今までに攻略されたダンジョンは、世界で合計21個。

 その内、鏑木好と浅良木祐奈が二人で攻略したダンジョンは17個と、圧倒的に数を増やしていた。


 しかし、未だに「鏑木菜津」「七季柚」「赤井夜空」「家田和近」の四名は発見されていない。


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