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海石榴

 


 悪夢とは、トラウマや心的障害を元に作成される。

 それか……悪魔が見せている映像なのかもしれない。


「菜津ッ!?」


 妹の名前を叫び、勢いよく起き上がった好は、自分が悪夢を見ていたのだと気が付く。

 目の前には心配そうに見ていた祐奈の姿が見え、安心感が心に芽生えた。


「大丈夫? 凄い汗だよ? とりあえずこれ飲んで」


 そう言って、祐奈はペットボトルを入れ物に作ったスポーツドリンクを手渡ししてきた。

 これは予備で持ってきていたスポドリの粉と無限水筒で作ったもの。


「あ、ああ……すまん、夢を見ていた」


 とりあえず渡されたそれを受け取り、一口飲み込んだ。

 少し味が濃い気がするが、嫌な汗を掻いていた体には染みわたっていた。


「妹さんの?」


「いや、よく覚えてない」


「そっか。はい、これ。コンソメスープね」


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 たぶんそのスープは祐奈が飲もうとしていた物だ。こんな短時間で作れるはずがない。

 これも祐奈の優しさなのだろう。

 それを分かりつつ、好はスープを受け取りちびちびと飲み始めた。


「ここにいたらいいね」


 突然、祐奈がそんなことを言い出した。


「確率はずっと低いだろうな。調べた限り世界には千以上もダンジョンがある。ひどい確率だよ」


「大丈夫だよ、好は頑張ってるもん。絶対に神様が見てくれてる」


 祐奈なりの、好を思う優しさ。

 そう分かってはいるのだが、そんな簡単にはその言葉を飲み込めないでいた。


「お前、神様なんて信じてるのか?」


「信じてないよ。だって、神様がいるなら私はこんな人生送ってないはずだもん。でも、好には神様が付いているような気がするよ」


 こんな人生。

 その言葉の意味は好にはよく分かっていた。彼女の人生を調べた好にはその重さも理解していたのだ。


「そうだといいな」


 別に信じたわけではないが、好は肯定しておいた。

 確かに神様を信じるくらいでなければ、みんなには出会えないような気がしていたからだ。


 その後、二人は寝起きの体を覚ますように食事、体を洗い、軽くストレッチをした。

 そして、各々の最適な準備を終え、ボス部屋の扉の前に立ち上がった。


「おい、要らない荷物は捨てていいぞ。最後のボスは強敵かもしれない、少しでも軽くしておいた方がいい」


「ん、分かった」


 祐奈の背負うバッグには最初の頃よりは物は減っていた、それでも重いことに変わりはなかった。

 彼女は消耗品の類で要らなそうな物を、次々とその場に置いて行く。

 そして、これでお別れになるであろうホッス二頭に最後の挨拶をする。


「ホッスン、今までありがと。元気にしてるんだよ?」


「ホッスッ!」


 祐奈のホッスンは、まるでその言葉の意味がわかっているかのように鼻息を鳴らし、祐奈の背中をグイグイと押したのだった。

 頑張ってね、そんな感情が彼女にも伝わっていた。


「あははっ、ありがとホッスン」


「ホッスッ!」


 祐奈も離れ際にホッスンのさらさらとした毛並みの額を撫で、ゆっくりとボス部屋へと向かっていく。


 それを隣で見ていた好も、無言でユニコ一号の額を優しく撫でボス部屋へと向かっていた。


 好と祐奈。

 主であり、友であった二人を見送る二頭の優しい気持ちがそこには確かにあった。

 たったの三週間。

 それでもお互いにどこか思いあう気持ちが深まっていたのだ。

 要するに、絆。


 確かに、モンスターと人間の間には絆と呼べる何かが世界で初めて生まれていた瞬間だった。


「よし、やるぞ」


「うん!」


 扉のすぐ目の前で足を止めた二人は、同時にゆっくりと扉に触れた。


 ギギギギギ……ドンッ。


 青銅独特の金属音が鳴り響き、扉がゆっくりと押し開かれていく。

 そして、同時に青く光り輝く光玉が両脇にずらっと浮き並び、進むべき道を指し示した。


 その中央を二人は堂々と歩いて行く。


 ボス部屋の中央。

 そこには今回のボス「シカナラ」が四つの大きな足で佇んでいた。


 二人がある一定のラインを超える。


「…………ッ!!」


 いつも通り、ボスが起動するように瞳に光が灯ったのだ。

 そのボスには鳴き声がなかった、それでも二人には確かに強き戦意があれにはあるように感じていた。


 その姿を形容するならば、ホッスの完全上位互換と言うべき姿だった。

 いや、ホッスは馬なので少し違うが、姿はそれにそっくりな鹿型モンスターであった。


 白い毛並み、それは見る角度から見れば淡く銀に輝き、神々しさを纏っている。

 大きさはホッスよりもさらに一回りも大きく、その額からは四本の螺旋する青白い角が突き出していた。

 そして、最も存在感を出しているのがその瞳だった。白とはかけ離れている「赤」、それが一際目立っていたのだ。


「…………ッ」


「は?」

「え?」


 突然、ボスの姿がその場から消えた。


 それに驚きを隠せないでいた二人は素っ頓狂な声をあげていた。

 一切のモーションも鳴き声もなく、スッと掻き消えたボス。


 祐奈は一人慌てるように周りをキョロキョロと見渡し、ゆっくりと好から離れていく。


 好はすぐに周囲を警戒し、意識を周辺へと分散させた。そして、同時に意識がゆっくりとあの領域へと踏み込んでいく。


 足音は聞こえない。


 鼻息も聞こえない。


 肌に触れるような敵意も感じられない。


 大気の歪みもない。


 地面に新しく作られる足跡一つない。


 ただし……。


「見つけた」


 好という才能に対し、その存在感だけは隠しきることができなかった。


 突然、何もない方向へと剣をだらんと下げながら、走っていく。


 端から見ていた祐奈にはそんな状況に見えていた。


「ここだろッ!!」


 好がそう叫びながら、何もない空間を一閃した。


「ッ!?」


 それと同時に、角が一本折れたボスがその空間から姿を現したのだった。

 いきなり見破られた自分の能力に驚きを隠せなかったボスは、慌てて前足を振りかぶり攻撃を仕掛ける。


「甘すぎ」


 好は振り切っていた剣をすぐに手放した。

 そして、そのままボスの真下に滑り込んだのだった。同時に鞘から一本の短剣を取り出す。

 好はその短剣をボスの腹に突き刺そうと刃を向ける。


 しかし、好はその手を止めたのだった。

 剣の刃先の向きをボスから地面へと変え、力いっぱい突き刺した。


 ボスの下から滑り出てきた好が攻撃をためらったのを見て、祐奈は開いた口が塞がらなかった。


 あの好が攻撃をしなかった。

 なぜこんなチャンスを見逃したのか。


 祐奈には分からなかったのだ。


「好ッ!?」


 祐奈はいつの間にか叫んでいた。

 自分でも何で叫んだのかは分からない、それでも「なぜ」という思いが口から先行して叫んでいたのだ。


「うるせぇ! 今は黙ってろ!」


 その言葉を押し返すように、好が叫び返した。


 初めて好に突き付けられた「罵声」とも捉えられる返しに、祐奈は口を閉ざした。


 ――何か考えがあるのかも。


 こう考えていたのだ。

 思い返せば、好が無駄な行動をとったことはなかった。

 最速、最短、それでいて必ず結果を残してきた好を祐奈は信じることにしたのだ。


「黙ってるっ!!」


 信じる、という気持ちをそのまま返した。


「うるせぇって言ってんだろ……バカかよ、全く」


 好は彼女に聞こえないように小さく笑いながら呟き、再びボスの対峙する形で剣を構えた。


「…………」


 ボスはその赤い眼でジッと好の動きを監視していた。

 次はそっちから動け、そう言わんばかりの余裕の眼差し。


「……だったら、先制はもらうぞ」


 ゆらり、と剣先が揺れる。

 それに合わせて、ボスの視点も剣先に気を取られていた。


 思わずニヤリと口角を上げた好。

 こんな単調な誘いに乗るラスボスがいるのか、と思っていた。


「起動っ!!」


 突然、好がその言葉を叫んだ。

 そして――。


「ッ!?」


 先ほど地面に刺した短剣から電撃が解放され、ボスの体を硬直させたのだった。

 そう、ボスは好の剣に気を取られ、地面に刺さった短剣に気が付いていなかったのだ。そんな無防備なボスを見て、好は思わず笑っていたのだった。


 すぐにボスに向かって真正面から向かっていく。


「おらぁっ!!」


 片手に持つ剣を一閃。

 同時にもう片方の手にある剣も一閃。


 それでボスの角は残り一本となっていた。


 しかし、未だにボスは短剣から解放されている電撃に体を上手く動かせないでいた。

 意識はある、思考もまだ生きている。

 だけど、体だけは言うことを聞かなかったのだ。


 ボスにとって、初めての感覚だった。


 自分は最強の一角だと思い込んでいた。

 しかし、まさに今。

 ボスは目の前に一人のひ弱な人間に一方的に攻撃されている。


 そこで悟ったのだ。


 ――そうか、これが私の最後なんだ、と。


 そして、最後の一本の角。

 それが今、目の前の人間の拳によって叩き折られたのだった。


 ……そこで、ボスの記憶は全てリセットされた。


 新しく生まれ変わるボスの記憶。

 そして、青角付きのモンスターは一様に「刷り込み」を行う習性がある。


 刷り込み。

 それはとある短期間に覚えたものを、以降ずっと常識として捉えてしまう学習の一つ。しばしば、とある鳥では生まれた瞬間に見た生き物を「親」として懐く傾向がある。


 先ほどまで好を敵対視していた瞳が、まるで主を見るかのような瞳に変わっていくのが好には分かっていた。


「よしっ、成功だ」


 好は小さくガッツポーズをした。

 それは自分の考えていた結果が的中していたため、自然と出たポーズだった。


 ――ラスボスも今までのモンスターと同じく、角を倒せば戦意を失うのでは?


 そう考えた好は、相手がラスボスにも関わらずそれを実践し、手懐けてしまったのだ。


「……ッ」


 特に鳴くこともなく、その元ボスがゆっくりと歩み寄り、好の頬に頬擦りした。


「うっそ!?」


 祐奈の驚きが聞こえてきた。

 そして、遠くに避難していた祐奈は走って、好の下へ向かう。


「ねえ、ねえ! それ分かってたの!? ラスボスをテイムするとか、どんな思考してるんですか!? さすが『α部隊』のリーダー様ですね!?」


 問いただしたいのか、驚いているのか、褒めているのか。

 上手く言葉を掴めなかった好はただただ苦笑した。


「可能性はあった……それに賭けてみただけだ。結果オーライだな」


「やっぱりサン様は常人とは思考が違いますね、ぜんっぜん違います」


 好の下に辿り着いた祐奈はそう言って、拳を前へと突き出した。


「ま、いいか」


 好はそう言いつつも、祐奈の拳に合わせるように自分の拳を突き合せた。

 ガチン、と好の汗だけが美しく飛び散った。


「大勝利っ!! 完全攻略っ!!」


「おう、やったな」


 そして、ハイタッチ。


 次には――。


「ハグしとく?」


「ん?」


 答えなど聞くまでもないと。

 祐奈は好に勢いよく抱き着いていたのだった。


 バクン、と心臓が高鳴る。


『ちょっと~、好ちゃんは私のですよ。今すぐ離れてください、たかがアイドルが好ちゃんに抱き着かないでくださいよ』


 そして、あの声が再び聞こえてきた。


 あの声。

 そう、シェアハウスにあったダンジョンの最下層で自らを『ツバキ』と名乗っていた雇われ人物。

 その声だったのだ。


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