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ムシ、虫、無視、蒸し

 


『このビックウェーブに乗らないわけにはいかない』


 四人同時に全く同じ考えを導き出したとき、かずっち以外の四人の視線が自ずと交わった。その視線にはやる気、情熱、意欲どれもが欠けることのなく純粋に混ざり合っており、彼らはわざわざ言葉を交わさなくともお互いの考えを手に取るように汲み取った。


 そして、当り前のようにこの『α部隊』の指揮者である鏑木好が口を開いた。


「菜津は最速で情報を収集、モンスターの発生源を特定しろ。もちろんこの状況だ、法律はある程度無視して構わない」


「あいあいさー」


 本職の人から見るとまるで形になっていない、と言われそうなほど形にもなっていない見様見真似の敬礼をする菜津は、すぐにスタスタと軽快な足取りで二階のゲーミング部屋へと籠っていった。


「柚は武器になりそうなものの見繕ってくれ。理想は長物、短物を四セット、投擲物をできるだけ多くだ。あとの判断は任せる」


「……ん」


 柚も菜津を真似て敬礼しようとするが、途中で腕を上げるのが億劫になったのか、胸あたりまで上がっていた腕をすぐにだらんと重力に従って下げ、トトトッと小走りで一階にある物置へと向かって言った。


「最後に夜空……」


 好がそう言いかけたところで、夜空は好に背中を向け、後ろ向きのまま腕をパタパタと仰いだ。それはまるで言わなくても大丈夫と自信を思わせる行動だった。


「夜空くんはお外にレッツゴーしてきまーす。無理はしませーん」


「おう、任せた」


 状況を理解してから彼らが行動に移すまで、僅か十秒足らずの時間だった。

 人は想定外の場面に遭遇した時、一割は正しい行動を取り、二割は混乱し正しくない行動を取り……残り七割はその場で呆然と佇むと言われている。

 彼ら『α部隊』は、そのたった一割の行動を起こしたのだった。いや、これが正しいのかそれは正直明言できない。人によっては避難することが正しい行動として捉えるかもしれないが、彼らの未来を考えるとこれが最適の行動だったまでだ。


 そうしてその場に残った好とかずっちは――。


「かずっちはどうする? 初めに言っておくけど、俺たちに合わせる必要はない」


「えっと……まず、好たちは何をしようとしているのかな?」


「何とは愚問だな、この状況で俺たちに避難の二文字はない。あるのは……」


「うん、分かった、分かりたくないけど何となく分かった。それで僕は何をすればいいの?」


「それじゃあ大きなバックに水、完全食をありったけ詰めて置いてほしい。俺は小物を準備しておく。五分後にまたここで待ち合わせだ。質問は?」


「大丈夫、分かったよ!」


 かずっちは目を輝かせながらそう言い放った。

 そう、かずっちこと家田和近は世界中の誰よりも『α部隊』のファンなのだ。だから、彼らがやること為すこと全てを応援したいし、その結末を見てみたいと考えていた。そのためなら、どんな状況だろうと彼らを応援しようと心のうちに決めていたのだ。そう、そんな状況だろうと、だ。



 ――それから十分後。



 夜空以外の全員が準備を終えて、玄関先へと集まっていた。そこにいる好、菜津、柚の目はやる気に満ち溢れていた。

 そこでガチャリと家の扉が開かれ、表情の読み取りづらい夜空が現れた。そして、同じく夜空の目にもやる気が満ち溢れていたのだった。


「どうだった?」


 好が一人前に出て、夜空に聞いた。


「バッチグーよん。この辺りにはまだモンスターが出てきていないっぽいっちゃ、住人はゆっくり自衛隊に従って避難してたよん。それでね……見つけたよ」


 その夜空の言葉に三人の唾を飲み込む微かな音が続いた。


「見つけたって何を?」


 そこで一人何も分かっていないかずっちがすぐに疑問を投げかけた。

 それも仕方のないことだ、残念なことにかずっちはゲームは好きだがライトノベルはあまり読まない趣向だったからである。

 もしこの状況ですぐに実行できる者がいたとしたら、それは間違いなくライトノベルという趣味を持ち合わせた者だけだろう。そうでもしない限り、このお約束に気が付くはずもないのだから。


「んーとね……ダンジョンだっちゃ。それも都合が良いことに、面白い場所で見つけちゃった」


「「「面白い場所!?」」」


 その言葉に例の如く三人だけが目を輝かせた。

 そして、こちらも例の如く――。


「ダ、ダ、ダ、ダンジョン!?!?」


 一人置いてけぼりなかずっちがまるで天使が全裸で露出プレイを楽しんでいるところに出くわしてしまったみたいな声を上げたのだった。

 要するに驚いているのだ。


「そうだっちゃ。なんとなんとー?」


 敢えて焦らすように言葉の語尾を伸ばす夜空に全員が再びごくりと唾を飲み込んだ。


「この家のガレージで発見したっちゃね」




 ******************************




 そこ――『α部隊』のシェアハウスのガレージ――にダンジョンが発現したのはたまたま座標が一致したから。

 誰の意図でもなく、ただの偶然だったのだ。


「ほう、これがダンジョンか」


 好が思考を巡らすように顎を触る仕草をしながら、ガレージの中で言った。

 ちなみにだが好は髭が薄いタイプの人間のため、貫禄はない。


「そうだっちゃ。昨日まではここに車があったはずなのに、さっき見に来たら車が無くなっていて、地下に繋がる階段を見つけたんだよん」


「ガレージの約半分を占める巨大な地下洞窟か……約七メートル四方ってところか、この入り口の大きさは」


「お兄ちゃん! 早く行こうよ! ダンジョンだよ、ダンジョン!!」


「おう、そうだな。でもその前に一つ、みんなそのラグ調整しておけよ?」


 好の言うラグとは、現実とゲーム世界での身体能力差のことである。

 基本、ゲームでは自分の身体能力よりもはるかに優れているものだ。それに慣れた者は必ず現実世界とのラグが生まれる、そこを今のうちに修正しておけと言っていたのだ。


 そして、彼ら四人と一人はダンジョンの階段へと足を踏み入れたのだった。


「なあ、かずっち。そのカメラは何だ?」


「ん? もちろん記録用だよ?」




 ******************************




 ――世界中に謎の生命体が突如、出現した。


 最初にそう呟いたのは誰だっただろうか。

 アメリカのハンスさん? ロシアのカリーヌさん? スペイン人のリオ?

 正直、どうでもいい。


 この情報はぽつぽつとSNSで拡散されていき、次第に報道番組に取り上げられ、各国上層部へと情報が伝わっていった。

 もちろん各国はすぐに動き出した、軍を動かし、各組織と連携を図り、


 ――地上に現れた謎の生命体は瞬く間に、人類の積み重ねてきた知恵である近代武器によって殲滅させられたのだった。


 しかし、近代兵器では倒せない生命体も存在した。

 それは――。


「洞窟の中にいる生命体だけが死なない?」


「はい、その通りでございます。現在、アメリカ、中国、ロシア、韓国、台湾とも情報共有しておりますが、どの国も同じく謎の洞窟に生きる生命体だけが殺傷不可能とのことです」


 そんな会話をする緑の迷彩柄を着た二人の男性と女性が、日本の東京都の会議室にいた。

 その男――朽世(くちせ)優斗(ゆうと)は、陸上自衛隊、その陸将の席に座る重鎮である。


「分かった。では、至急その洞窟の特定を急げ、以上だ」


「了解です」


 その女性はそう言って、その部屋を立ち去った。

 残った朽世陸将は、溜息を吐き椅子の背待たれに体重をかけた。


「はぁ、どうなっているんだ…………情報を整理するか」


 そう虚しく一人で呟いたのだった。

 そうして、部下たちがまとめて持ってきた資料を眺め、頭の中で整理していく。


「まずはこれか」


 ――同時多発的に各国で未知の生命体が目撃された。我が国での最初の目撃情報は、三重県松阪と想定できる。


 その資料にはそこからズラッと目撃情報が時系列順にまとめられていた。

 ただ一つ言えるのは――。


「規則性は皆無、発生源は不明……か。一体、どこから湧いてきたんだ」


 朽世陸将は、その資料と未知の洞窟が発見された地図式資料を見比べながらそう呟いていた。

 この生命体の発見報告は、時系列のみならず、この謎の洞窟との関連性も低いと断定できるのだ。

 UMA説、なんて突拍子もないことを言った自衛官もいたが、それはすぐにアメリカの大統領直々に否定文書が送られてきたばかりだ。


 と、そこで朽世陸将は一枚の資料に目が留まった。


「洞窟内外での物理法則変化の可能性?」


 ――洞窟に踏み入った自衛官が洞窟内で遭遇した生命体に発砲、結果は効果なし。その後、洞窟外へと走るとその生命体は追ってきた。そして、洞窟から出てきたところを狙い、待ち伏せしていた自衛官で一斉射撃、結果その生命体の死亡を確認した。以上より、洞窟内外での物理法則が変化しているのではないかと推測できる。


 そんな突拍子もない資料だった。

 まず、この地球上で物理法則を超越する現象自体があり得ない。ここでは物理法則が全てであり、例外はないのだ。

 ジャンプすれば地球という超巨大質量による重力で下へと引っ張られる。

 銃を放てば、人間を軽々と貫通する。


 それが物理法則、絶対の法則なのだ。


 だが、この資料は――。


「ふむ、報告してみるか」


 朽世陸将はそう言って、席から立ち上がった。






 それから日本の国民は三ヶ月間もの長い間、避難生活を強いられた。

 だが、日本の素晴らしい国民性もあって、自衛隊はすぐに地上に現れた謎生命体の駆逐を完了、再び国民は自分の家へと帰っていったのだった。


 それと同時に、日本という孤島には計49個もの謎洞窟が発見されていた。

 それらはすぐに自衛隊の資材部隊により包囲され、詳しい調査が開始された。


 と、そんな時だった。


 再び世界中が震撼する報道が出回った。

 ロシアで発見された謎の遺跡、そこの用途も分からない巨大な黒い石に文字が刻まれていったのだ。それも多くの考古学者たちが見守るその最中、まるで神が描いたかのように文字が浮かび上がった。




『Dungeon No.78 CLEAR Strategy Name:α部隊』





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