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二人の距離感の変化

 


 第二階層。

 どうやらこのダンジョンは、四足歩行の獣型モンスターが主に出現するようだ。

 最初の階層ではイノシシ、そしてこの第二階層では鹿型モンスターが現れていた。


 体は白毛に覆われ、その頭には立派に枝分かれした薄青く光る角が生えている。中でも特筆すべきはその奇妙な目だった。

 ずっと見ていると感覚が狂うような、幾重にも重ねった円の刻まれた瞳。正直、背中がゾワッとするような感覚に襲われる。


 ただ、倒すのはそう難しいことではなかった。


「……うん、これは楽勝だ」


 祐奈を背後に置き、好が小さく呟いた。

 そして、その手に持つ刃の荒い大剣を軽々と構え、目の前のモンスターと対峙する。


「ヒヌ?」


「……やっぱりこのダンジョンの鳴き声は独特だ」


 そんなことを考えながらも、ゆっくりと好の感覚が研ぎ澄まされていく。

 ゆらり、と大剣の切先が揺れた。


 好の行動に反応した鹿型モンスターは前足で地面を何度も擦り、こちらも準備は万端だと訴え、威嚇を始めた。


 初めに動いたのは、


「ヒンヌッ!!」


 モンスターだった。

 その四足をフル稼働し、奇怪なステップで間合いを詰めていく。

 ただ、好にとってその突進は、些か直線過ぎる単調な攻撃に思えていた。


「ふッ!」


 大剣を振るう反動で口から空気と声が漏れる。

 振りかぶられた大剣の側面が、空気の抵抗を存分に受けながら、モンスターの角に迫っていく。


 このままでは両者の攻撃が衝突し、どちらかが敗れる形で決着がつく。


 そう思っていた。


 ガンッ。

 そんな鈍い音を鳴らし、鹿の両角が根元から折れていったのだ。

 そして、


「ヒヌ?」


 その鹿はまるで、今まで好に敵対心を向けていたとは思えない可愛らしい声を出し、背中を向け、ゆっくりと道の奥へと何事もなく歩いて行ったのだ。


 戦意喪失。

 とは、少し違う。まるで記憶を失ったような、そんなイメージを与える奇妙な行動だった。

 それに角を折られた鹿は一様に、好たちに以後敵意を向けることが無くなったのだ。


 その法則に気が付いた好は、途中から殺すのではなく、角を折る方向で作戦をシフトしていた。まあ、その方が楽だったからである。


 好は大剣を鞘に仕舞い込み、再び二人で先の道へと歩み始めた。




 ******************************




 ――時は少し進む。



「これは楽だな」


「本当に楽ちんだね。ね~、ホッスン!」


 祐奈は自分の乗っているモンスターに対して声を掛けながら、その大きな背中を優しく撫で、毛並みを整え始めた。


 そう。

 彼れらは、ついにモンスターを手懐けることに成功していたのだ。

 乗っているのは「ホッス、ホッス」と鳴く、白毛の大きな馬型モンスターである。大きな、というのは北海道にあるばんえい競馬に出るばん馬をさらに二回りほど大きくした程度だ。

 要するに……見上げるほどにはかなりデカい。


 それでも多少の荷物ならば軽々と運べるし、競馬用の馬と比べると機動力は劣るが速さも申し分ない。

 それに、好の大剣で刃が立たなかったくらいには体は頑丈であり、乗り物としては最適以上の素質があった。


 手懐け方は簡単だった。


 ホッスンのおでこに生えていた青白く光る角を折るだけ。すると、瞬く間に戦意を喪失し、懐くようになるのだ。

 本当に犬のように勝手に懐いてくるくらいには、簡単に仲間にできる。


「で、そのホッスンってのは名前か?」


 もう一体のホッスに乗っていた好が、少し後方を歩く祐奈に声を掛けた。


「そうだよ、ホッスホッス鳴くから、ホッスン! 可愛いでしょ?」


「……まあ、感性は人それぞれだからな」


「何? 褒めてるんじゃないの? じゃあ、好のホッスの名前は何にしたの?」


「ユニコ一号、だ。ユニコーンに似ていたからユニコ、あとはとりあえず一号と名付けておいた。どうだ?」


「まあ、才能も人それぞれだよね」


「貶してるな」


「お互いにね」


「それもそうか、他人の感性はバカにしてはいけない。芸術も何が評価されるか分かった物じゃないからな」


「えっ、好は芸術とか詳しいの?」


「全く、これっぽっちも。ただ夜空はそういうのが好きだったってだけ」


「な~んだ、さすがショー様だね。趣味からカッコイイ」


「うん、夜空は育ちがあれだからな」


「育ちがあれって?」


 好は「しまった」と思っていた。

 緩い空気感だったからなのか、思わず話してはならないことを口にしてしまうところだった。


「いや、今のは忘れてくれ。誰にでも話せないことはあるだろ?」


「まあ、そうだね。祐奈はないけど」


「ふ~ん」


 好は祐奈の真似をしつつ、目線で牽制を仕掛けておいた。

 ギクッ、と反応し、目を逸らした祐奈は……嘘を付いたのだろう。


「さて、この第十五階層もそろそろ終わりのようだな」


 そう言った、好の視線の先には見覚えのある大きなアーチ型の青銅扉。そう、この階層のボス部屋だった。


「あっ、本当だ! やったね! でも、ここに来て一ヶ月くらいかぁ、人間の適応力って凄いね。もう数ヶ月なら耐えられそう、色々と」


「何だ、その含みのある言い方は。まあ、いいけど」


「気にしない、気にしない。包容力のある男の人は気にしない方がいいのだよ。ね? 包容力のある好さん?」


「俺をなだめようとするな、なんか癪に障る」


「ひっど~い」


 そう呟きながらも、二人はボス部屋の前でホッスを止め、ゆっくりと降り始めていた。

 ホッスは首輪や縄を付けなくとも逃げることはないので、そのまま放置して扉の彫刻がよく確認できる位置まで近づく。


 好は当たり前として。

 祐奈も慣れた様子で扉の彫刻を調べ始めた。


「えっと、えっと、どれどれ~……おやおや、これは何ですか?」


 祐奈にとっては、今まで見たことのない絵柄が増えていたのだ。不思議に思い、首を傾げながらも経験を思い出し、考察し始める。

 しかし、隣にはその絵に見覚えのある者が一人。


「エンド……そうか、このダンジョンはここで終わりか」


「えっ?」


 その言葉に思わず間抜けた驚きの声を上げた祐奈。

 そして、聞き返すように好へと迫り尋ねた。


「もう終わりなの? 動画だと、この倍の30階層はあったよね? それに期間だって、まだ一か月しか……三分の一しか経ってないんだよ!?」


 焦りを隠そうともしない祐奈を見やりながら、好は言った。


「俺だって最初の時よりは明らかに強くなっているんだ、そりゃ攻略時間は短縮されるだろう。それに全てのダンジョンが同じ階層だと誰が言った? このゲームの正解はまだ誰も知らないんだ、あの動画を全てだと勝手に思い込むなよ」


「そ、そっか……そうだよね。ごめん、少し取り乱してた」


「いや、気にするな。今のところ、お前は十分やってくれていると思ってるよ」


「……褒めてる?」


「それはもう盛大にな」


「そっか」


 祐奈はニヤニヤが止まらなくなっていた。

 でも、好にはこんな顔見られたくはなかったので、顔を背けて口をムニムニとさせていた。


「何ニヤニヤしてるんだ? 気持ち悪いぞ」


 と、そこに空気を読まない好が、顔を覗き込むように祐奈の顔を見つめてきたのだ。


「えっ!? えぇ~~! 何でこういう時に限って、覗き込んでくるのさ! あっ、声に出た」


「は? 何を言ってるんだ? 頭大丈夫か?」


「気にしないで、心の声が口に出ただけ」


 そう言いながら、祐奈は好の頬を力いっぱい押しのけ、自分の顔を見られないように努力していたのだった。


「まあ、いいや。それより、今日もうすでに十時間近く進んできたからな。ここで仮眠して、明日には最終ボス戦だ。分かったな?」


「分かった、分かったから、顔を覗き込もうと努力しないで!」


 好は諦めていなかったのだ、ちょっと面白くなっていた好は。

 たまにフェイントをかけ、ジャンプして前方に回り込もうとしたり……様々な方法で祐奈のにやけ顔を写真に収めようとしていたが、さすがは元アイドル。自己防衛能力だけは異常に高かったのだ。


 そんな猿とアイドルの攻防も一区切り終え。


「じゃあ、お先に~」


 一足先に無限水筒の水で体と髪を洗い、寝袋に籠った祐奈が上半身だけを上げてそう言った。


「おう、ちゃんと休めよ。今日は時間指定しないから、十分な休息を意識しろ」


「夢の中で意識なんてできません、私は好じゃありません。じゃ、おやすみ」


「おう、おやすみ」


 そして、祐奈はこのダンジョン最後の眠りについたのだった。


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