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足手まといは不要だ

 


 この青森三沢市にあるダンジョンで出会った最初のモンスターは――。


「イノシシ……かな? いや、でも、赤毛モヒカンだしなぁ……肌色は白いし……ちょっと可愛いのが解せない」


 まさに祐奈の言ったそれがモンスターを表す言葉だった。

 大きさはよくいる柴犬くらい、ただ非常に短足だ。可愛らしいレベルで短足だった。


 そこで好が黒い鞘から一本の剣を取り出し、右手に構えた。そして、その剣で祐奈に下がるように指示を出す。


「下がってろよ、ここからは俺の出番だ」


「うん、まあ、最初は様子見だよね」


 噛み合っているような、噛み合っていなような祐奈の返事に、少し疑問に思いながらも好は前へと歩み出る。

 剣はいつも通り重力に逆らわずダランと下げ、一歩また一歩と確実に距離を詰めていく。


 それを後ろから見ていた祐奈は、思わず見惚れていた。


 これは『α部隊』のサン様だ。

 私がいつも画面越しに見ていた、誰もが真似できない戦闘を当たり前のようにやってのけるサン様だ、と。

 やる気があるのか分からない剣の構え方に、決して結果を急がない足運び、そして何といっても、その近寄りがたいと思わせるような全身から溢れ出る自信に満ちたオーラ。


 最後に、サン様の代名詞。


 攻撃に転じる瞬間に生じる空間が歪んで見えるような切っ先の妙な揺れ。それは敵に切っ先との距離を悟らせないための、他の人には真似ができなかった超絶技術。


 それを間近で見ていた祐奈は、息をするのも忘れていた。


「モヒッ!!」


 その小さなモンスターが好の敵意に気が付き、短足を全力で回転させ、決死の突進攻撃を仕掛けてきた。

 好は敢えてその単調な攻撃に乗った。


 突進攻撃に合わせるように、剣の切っ先をモンスターへと向ける。

 ただそれだけ。

 剣を前へと突き出すこともなく、振ることもなく、ただ攻撃に合わせて剣をその場に添えた。


 ――衝突。


 その瞬間に、好は剣を手放し、自分の体を半身し横にフッと小さなステップを踏みイノシシの突進攻撃をギリギリのところで回避した。

 まさに神技的回避。


「モ……ヒ……ッ……」


 勢いよく剣に突っ込んだイノシシ型モンスターは、脳天を貫かれ、力なくその場に倒れ込んだのだった。そして、数秒の沈黙の後、モンスターは綿あめに水を掛けるように溶け、消えたのだった。


 特に言葉を発することなく、好は地面に落ちた自分の剣を拾い上げる。


「このダンジョンは前のよりも楽勝かもな……ほら、さっさと進むぞ」


 後ろで口をあんぐりと開け、攻撃を受けたわけでもないのに硬直状態になっていた祐奈に向かって言った。

 そして、再び剣を鞘に納め、一人で前へと進み始めたのだった。


「ちょっと、待ってってば!」


 硬直が解けた祐奈は慌てるように、好の後を追い始めた。


 動画と実際にこの目で見るサン様は、まるで違った。

 いつも見ていた動画内の方が三割増しで可愛く見える、祐奈はそう思っていた。

 迫力、判断能力、動きの速さ……これら全てが鏑木好という人間は、他の人間を圧倒していたのだ。

 そして、彼女には最も気になることが……。


「ね、ねえ、サン様の真相を教えてっ!!」


 突然、後ろから意味の分からないことを言われた好は首だけで振り向きつつ、歩く。


「真相って何だよ?」


 すると、祐奈は好の隣まで小走りし、並走する形になった。


「サン様の動きがなぜ誰も真似できないのかって、色々と考察されているんだけど……」


「……なんだそれ、しょうもない」


「で、どうなの??」


 顔を近づけ、好のパーソナルエリアを容赦なく侵入してくる祐奈の肩を思わず、押し返した。


「……たまに思うが、お前距離が近い」


「あっ、ごめん……握手会をやり始めた頃からかな? それから「近い」って言われることが多くなったんだよね」


「アイドルも大変だな。自分のパーソナルエリアを狭めないとやっていけないのか」


「まあ、祐奈だけかも? 色気の「い」の字もなかった当時の私は、色々必死だったから…………今、好が思ったこと当ててもいい?」


 ドキッ。

 好の胸が高鳴った。


 色気、という言葉に反応し、好は反射的に祐奈の胸あたりを見てしまったのだ。

 祐奈は元アイドル、そういう視線には人一倍敏感だったのだ。


「……それで、俺の真相だっけ?」


「話を逸らさないで」


「いや、別に当てなくとも……」


「『今もあんたは色気なんてないだろ』…………図星って顔してるね。いいもん、私はまだ育ちざかり、いつかは日本中の男の視線を釘付けにする色気モンモンな女性になるんだから」


「す、すまん……」


「謝るってことは、本当に思ってたんだ。ふん、だ」


 祐奈は怒った表情で、そっぽを向いた。

 それを見てしまった好は「しまったなぁ」と困った表情で、頭をポリポリと掻き始めた。


 ちなみに、これは彼女が芸能界という荒波で磨かれた少ない特技の一つ、誘導尋問、だった。

 それにまんまと引っかかった好も好である。


「本当に悪いと思ってる。質問でも何でも答えるから、機嫌を直してくれ。こんな密閉空間でギクシャクするとか、最悪な展開だ」


「じゃあ、真相を教えて。サン様の本当の強さってどこから湧いてきているの?」


 これを待っていました、と言わんばかりにすぐに機嫌を取り戻した祐奈。

 そして、ようやく祐奈の誘導尋問に気が付いた好。


 祐奈も祐奈なりに、好という人間の扱い方を覚えてきたのだろう。


「真相と言ってもな……俺はよくみんなに「入った」と言われる」


「入った?」


「ああ、俺自身はそこまで自覚がないんだが……かずっち曰く、一般的にはゾーンに入ったという現象らしい。どうやら俺はゾーンに入ったという状態になりやすい体質のようでな、たぶんそれの事じゃないか?」


「ゾーン説だったのかぁ…………IQが高すぎる説を押していた私的には、少し意外かな」


 なぜか、少し残念がるように祐奈が言った。


「IQというか、直感的な思考がずば抜けているのは夜空……つまり、ショーだな。あいつの結果を見る能力は『α部隊』の中でも、圧倒的だ。実質的な司令塔も夜空だしな」


「それはネット界隈でもほぼその結果が出てるから知ってるよ。FPSで未来予測じみた手榴弾無双をしたときに、祐奈も何となく分かった」


「なんだ、夜空は人気者だな」


「ね! 夜空さんってどんな人なの!? やっぱり噂通りのイケメンなの!?」


 急に顔を近づけて聞いてきた祐奈に、好は驚いていた。

 そして、夜空がイケメン説なんて噂が流れているなんて……。


「まあ、夜空はイケメンだな。というか、夜空に「さん」は付けて俺に「さん」を付けないのは、それはそれで何か癪に障る」


「じゃあ、好さんって呼ぶ?」


「いや、やっぱり好でいいや。その方がしっくりくる」


「はいはい、分かりましたよ、好」


「うん、やっぱりそれで」


 そうして、祐奈が『α部隊』についての話に花を咲かせていた時だった。


「モヒッ?」

「モヒモヒッヒ」


 二人の行く先を塞ぐように、二体のモンスターが現れたのだった。


 好はいつも通り、鞘から一本の剣を取り出し構えた。


 そして――。


「よし、今ならできそうな気がする」


 なぜか隣でバッグを地面に降ろし、妙に息を巻いて剣を構える祐奈の姿があった。

 突然の出来事に、好は思わず「は?」と小さな声で言ってしまった。


「いやいや、何してるんだよ」


「何って、祐奈の初戦闘」


「いやいや、あんたパリィと武器破壊できるのか?」


 何言ってるの?

 と、聞き返すような顔で。


「そんな超絶テクニックできるわけないじゃん」


 当たり前のことを当たり前のように言ってのける祐奈に、思わず好はため息を吐いた。


「あんたに怪我されるのが一番困るんだ。せめてそれぐらいできないとダンジョンでは話にならないぞ」


「そんなケチケチ言わなくてもいいじゃん! 祐奈だって戦ってみたいんだもん!」


 祐奈のその目は、完全に駄々を捏ねる好の妹「菜津」と同じものだった。

 それを悟ってしまった好は、止む無く次の言葉を飲み込んだ。


「怪我しても文句言うなよ?」


「もちろん!」


「それじゃあ、俺は右のを。あんたは左のをやってくれ……まあ、期待しないでおくよ」


「分かりましたよ! サン様!」


 そうして、この場は好が折れる形で話を進めたのだった。

 すぐに好が動き出した。


 ゆっくりと小走りに、距離を詰める。


 すると。


「モヒッ!」

「モヒモヒッ!」


 二匹同時に釣れた。

 好は近づいてきた一匹の攻撃を剣ではじき返し、もう一匹が飛びかかってきたところを祐奈の方へと腹下蹴りした。


「さ、おいで~」


 気の抜けるような祐奈の声が後方から聞こえ、好は少し笑った。

 それでもゾーンには入ったまま。


 圧倒的剣速で、一閃。


 それで好の担当するイノシシモンスターはすぐに息絶えた。

 すぐに後方へと振り返り、祐奈の戦闘状況を確認。


「くッ、やるねイノちゃん! 私もまだまだぁッ!!」


「モヒモヒッ」


 祐奈の剣とイノシシの小さな角が衝突しており、つばぜり合い状態にあったのだった。

 どちらも最後の一押しがないと言った感じ。お互いに、引かず目と目で闘志をぶつけている状況。まあ、好にとっては可愛らしい闘志に見えていたのだろうが。


 スタスタと歩いて行き、好は刀を無造作に振り下ろした。


「モヒッ……」


「あー!! イノちゃん!」


 なぜかモンスターの死を悔しがるように、その場で溶けていく死体を見つめ始めた祐奈。

 意味不明な行動に理解の追い付かない好。


 そこは完全に混沌した空気になっていた。


「ねえ、何で祐奈とイノちゃんの死闘に割って入るの!? 『α部隊』は横取りNGなんじゃなかったの!?」


 そして、急にプンプンと怒り始めた祐奈は、好に迫るように近づき、壁ドンを食らわせた。怒りの。


「何が死闘だよ……チャンバラごっこは学校でヤレ」


「チャ、チャンバラ!?!? これでも一生懸命やってたんですけど?」


「そんなレベルだと、ボスなんて到底無理だな。以降の戦闘は諦めろ」


「いや、それは……」


「俺の足手まといにはなるな。そんなやつは例え臨時でも『α部隊』にはいらない」


 好は少しきつい言葉だとは思ったが、素直に言うことにした。

 しかし、やはり鏑木好という人間は女心というものが何も分かっていなかった。


 祐奈からの反論はなかった。


 不思議に思った好が、祐奈の目を見てみると。


 うるうると瞳に溜まっていく大粒の涙。

 その可愛らしい口が「一」の文字になり、ジッと何かを訴える目で好を睨んだ。


 そして――。


「うわぁー…………好のバカぁ!!」


 鏑木好は、元国民的アイドルの浅良木祐奈を泣かせたのだった。


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