皇居ランランラン
「よし、それじゃあ行こうか……『ナービ、青森県三沢市三沢空港まで自動運転頼む』」
『目的地を決定いたしました。これより自動運転を開始いたします』
車のナビ機能との会話のあと、キャンピングカーがゆっくりと発進を始める。好はそれを確認してから、すぐに後方の居住スペースへと戻り、再びパソコンの前へと座った。
ソファに足を組んでの転がっていた祐奈は、両足別の靴下をはいた好を目の端で捉えクスクスと笑った。
「ねえ、それはオシャレ?」
「何が?」
こいつ気が付いていないのか、と内心思っていた祐奈は「く~つ~し~た~!」と無邪気に笑いながら指摘したのだった。
間違いなく、いつも通りの好であれば多少の赤面はしていたことだろう。しかし、今の彼の頭には――みんなを救う――という一種の洗脳状態にあるため、顔色一つ変えずにいた。
好は数秒間、自分の靴下を凝視ながら長考したのち、すぐにパソコンへと向かい直す。
「こんな些細なことは気にするな、パンダとライオンだって仲はいいはずだ」
パンダとライオン、それは好の両足の甲に乗る布製の動物のことだ。
要するに動物柄の靴下を柄違いで履いているのだ。ただ単に寝ぼけて履いていただけなのだが、履き直すのも面倒臭かった。
「ま、いいけど……」
とは言いつつ、祐奈は「動物の靴下は素直に履いてくれるんだ」と内心考えていた。
そうして、再び二人の間には居心地の悪くない静寂が流れ始めたのだった。
その中、この車が目指す先は――。
もちろん『ダンジョン』以外、ありえなかった。
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車に揺られながら数時間後。
『目的地まで三十分を切りました。目的地の詳細な指定をお願いします』
ナービの声が運転席の方から聞こえてきた。
とは言っても、この時代の運転席は何の役割も持たないただの椅子と化している旧時代の名残なのだが……この席は大体、小さな子供のごっこ遊びの場となっている。まあ、今はここにそんな子供はいないため関係はない。
「今手が離せないんだ、あんたが代わりにやってくれ」
好がパソコンを操作しながら、祐奈に見向きもしないでそう言った。
祐奈はゆっくりと漫画から目を話し、そんな好に目を向けた。
「私、自動運転の免許講義受けてないもん」
「……マジかよ。そんなんで今までよく生きてこれたな」
好は宇宙人でもみるような目で、祐奈のことを見たのだった。
まあ、それもそのはずだ。
この時代、高校に入ってすぐ『自動運転の免許』というのを取得するカリキュラムがどんなに最低辺な高校でも組まれているのだ。ほとんど不登校だった鏑木好ですら、取得のためにその時だけは学校へと通っていた。
……しかし、彼女は紛れもない国民的なアイドルだった。
会社やマネージャーに角砂糖をコーヒーに大量投入するが如く甘えさせて育てた、その結果がこれだ。移動には常にマネージャーが最低でも一人付くため、免許は不要。
そんな状況下にいたせいか、彼女は自動運転を操作する資格、もとい権限がなかったのだ。
「はあ……俺がやるよ」
仕方なくといった雰囲気で、好が運転席へと座る。
それを興味深そうに後ろから見つめる祐奈。
「三沢市大字三沢下沢83-247」
AR端末で調べた住所を読み上げると、ナービがそれに反応した。
「ありがとうございます。残り26分で目的地へ到着します。ごゆっくりお寛ぎください」
それを確認した好は「早く作業へ戻ろう」と急いで腰を上げ、振り向く。
「……」
「……」
祐奈がいた。鼻と鼻が当たりそうなほどの距離に祐奈がいた。
お互いに突然のことで、動揺し、言葉を発せないでいた。
「…………近い」
「ご、ごめん」
好は少しだけ頬が赤くなった顔を隠すために、できるだけ冷静を装い再び運転席に座る。
祐奈は誰が見ても明らかなレベルで顔を真っ赤に染め、慌てるように後方へと体を向けた。
甘酸っぱい空気。
それは好にとっても、祐奈にとっても初めての感覚だった。
二人ともこの後に、どんな言葉を口から出せばいいのか分からなかったのだ。
両者無言で各々の定位置へと座り、再び静寂の時がこの空間を満たした。
ただし、今回は「少しむず痒い」空気が漂う中で。
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夜、青森県三沢空港の近くにある駐車場。
そこには準備を整え終えた二人が今か今かと、その時を待ち構えていた。
祐奈は皇居ランニングをしていそうな長袖の黒インナーを上下に纏い、青のハーフパンツにスポーツウェアの上を着て、その小さな背中にはひときわ大きなバッグを背負っていた。
好はダンジョンで得た装備を纏い、その腰には武器の収納されていない黒い鞘が備え付けられていた。
二人ともことあるごとに時間を確認しながら、最後の確認作業を行っていた。
「改めて確認するぞ」
「もう……これで何度目?」
祐奈が呆れるように言った。
「あんたの頭でどれだけの行動パターンが理解できているのか、俺には分からないからな」
「それは……人の頭の中を簡単に覗けないからね。まあ、いいけど」
いとも簡単に好の言葉に折れつつ、祐奈はその可愛らしい口にエナドリを注ぎ込んでいく。
「本日、日付変わる24時ちょうど、警備の交代時間を狙ってのダンジョン侵入。そして、すぐさまダンジョン攻略に入る。その理由は、頭に入っているか?」
そこで祐奈は喉に押し込むために傾けていたエナドリの缶を、目の間のテーブルに置いた。
「えっと……組織がまだ上手く機能していない、変革後の今の方が意表を突きやすい、だったよね?」
「まあ、及第点だ……案外、分かってるんだな。高校に通っていなかったとは、思えない」
「サン様だって通ってなかったよね? だって、平日の真昼間からよく配信してたもんね、私知ってるもん、見てたもん」
「……俺は行く必要がなかったから、行ってなかっただけだ」
「ふーん、まあ、いいけど」
そこで好はAR拡張端末の時間を確認し、その場に立ち上がった。
「よし、無駄話も終わりだ。そろそろ向かうぞ」
「はいは~い」
すぐに二人で同じ黒のパーカーのフードを深く被り、車を降りる。
大きな駐車場ということ、そこには車内泊で未だに避難生活を送る人たちもいるため、好たちの車は上手くその場に馴染んでいた。
二人は小走りで車の間をスルスルと抜けていき、駐車場すぐ隣にある緑の多い公園へと足を踏み入れた。
できるだけ人の目につかないように、二人は意識しつつ、公園をひたすら適度な速さで駆けていく。
ふと後ろを振り返った好は、感心した。
祐奈は国民的アイドルとは思えないほどに、運動ができる人間だったからだ。好のイメージでは、アイドル=運動できない、という固定概念が存在していたために驚いていた。
ふっと、好は笑い「いい拾い物をしたかもな」と思っていた。
十分ほど走ったところで、目の前には空港の滑走路が見えてきた。
「見つけた」
好がそう呟くと、少しだけ息を乱し始めていた祐奈がその隣で両膝に手を付く。
「ハァ……ハァ……、ここ?」
「ああ、そのはずだ。とりあえず水でも飲んで息を整えろ」
好は祐奈に腰に携えていたペットボトルを手渡しし、少しだけ笑って言った。
祐奈は笑顔を出す余裕すらなく、ハァハァと言いながらそれを受け取り、口を付けた。
「ぷはぁ。……ふぅ、久しぶりにこんな走ったなぁ」
「ま、及第点だな」
「もう……こんな時くらい褒めてくれてもいいのに」
「あんたがそれなりの働きをしたらな」
プクッと頬を膨らませて、祐奈は怒り顔をした。
が、すぐに好は顔を逸らし、フェンスに囲まれた空港の滑走路へと目線を向ける。
ちなみに本来であればこの辺りにも警備員が巡回しているのだが、好は事前の情報収集で、この時間15分ほどはここが死角になることを知っていた。
だから、ここまでゆっくりと息を整えられていたのだった。
「あれか」
「たぶん、あれっぽいね。……ダンジョン」
滑走路の中に、一際厳重にフェンスで覆われ、自衛官が多く巡回している箇所があった。
フェンス越しのここからはよく見えないが、それは間違いなく好が選定し、侵入が容易だと判断した一つ目のダンジョンだった。
すると。
「って、え!? な、何!?」
祐奈が素っ頓狂な声を上げた。
「何って……こんなところで時間を費やす必要はない。目、瞑っとけよ」
そう言った好は、祐奈をお姫様を抱えるように抱き上げていたのだった。
祐奈の心臓はゆっくりと、だが確実に心拍数を上げていく。
そこで好は跳躍した。
「うわわわわぁ!?」
それは人間のジャンプ力を遥かに超えた、跳躍だった。
祐奈の瞳には、軽々とフェンスを越えてのける好と月が重なって見えていた。




