二人の計画と気持ち
第1章『1年契約――One-Year』開始
ダンジョンを攻略してから、三日が経った。
「好! これ見て!」
別荘のソファに腰をかけ、端末と睨めっこしていた祐奈が突然声を上げた。
それを聞いた好は、直感型マウスと投影型キーボードから手を放し、祐奈の指し示す端末を覗き込んだ。
「ほう……ついに『α部隊』の名前が公表されたか。こういう形で来るとはな」
祐奈が示した端末画面には、ダンジョン最奥にあった黒い大理石の縮小版のような遺跡に描かれた『Dungeon No.78 CLEAR Strategy Name:α部隊』の文字、その写真が載ったニュースサイトだった。
と、ちょうどその時だった。好のパソコンに動きがあった。
「おい、これ見てみろ」
そう言って好が指さしたのは、ずっとカタカタと操作していたパソコンに映る、一つの画面に九つの画面が割り振られた動画。
いや、リアルタイムの映像だった。
そこに映る場所は――。
「あっ、好の家だね。……って、え!? し、侵入者だよ! 侵入者! いいの?」
祐奈が目の前にしている映像には、日本の警察官が無断で家に立ち入る光景が映し出されていた。それも一人や二人なんて生易しい人数じゃない、二十人以上のスーツを纏った雰囲気のある人に、警察の制服を身に纏った十人以上の拳銃を所持した大人たち。
「な、言っただろ? 俺はすぐに追われる立場になるって、だから急いでここの別荘まで逃げてきたんだ」
好のその言葉に対し、祐奈は少し不機嫌そうに口を開いた。
「別荘ね……ここが『α部隊』の別荘なの? というか、私はここが別荘とは一切認めないつもりだけど?」
祐奈はパソコンを見つめる好に対し、迫るように問いただした。
しかし、好は「何を言っているんだ」とでも言いたげな顔で、すぐに反論した。
「私有地にキャンピングカーを置けば、それは立派な別荘だ。あっ、でも風呂とトイレはこの中ではするなよ、処理がダルい。ここから歩いて30分先のちゃんとした俺たちの別荘を使え」
「本物の別荘あるの!?」
突然の告白に、祐奈は驚きを表した。
「大丈夫だ、ちゃんと顔も知らない人の名前で買った家だ。すぐには見つからないさ」
ふぅ、と落ち着くように息を吐いたのも束の間。
「って、えっ!? 結局ダメじゃないの、それ。犯罪じゃないの?」
「今更……そんな心配するな」
「今更!? えっ他にも何かしたの??」
「正確に言うと、これから犯罪なんて気にするな。一々そんな小賢しいこと考えていたら計画が台無しになる」
当たり前のように突き付けられた、犯罪者の手伝いという肩書に祐奈は思わず、頭を抱えてふらふらとソファへと倒れ込んだ。
「ねぇ……」
「大丈夫だ、そこまで外道なことはしない。人様に迷惑かけることもしないつもりだ、あくまで俺たちが動きやすくなるように世の中を動かすだけだ。それに『α部隊』のサンの言葉だとしても、信じられないか?」
「いえ、そこまで言われたら……わっかりましたよ! やりますよ! もうここまで来たらドンとこいですよ!」
「そうか。じゃあ、早速だが……買い出し頼むよ」
「何を……って。好は知ってますか? ここから一番近いお店でも歩いて一時間半かかるんですよ?」
「そのためにあんたを雇ったんだ。後の4億を考えると安いものだろ」
「分かりましたよ、いいですよ! 好はこんなにも可愛くて華奢な体の女性に、一人で買い物に行かせるんですね…………サン様なら、絶対にこんな仕打ちはしないんだもん」
祐奈は最後の言葉だけを好に聞こえないようにボソッと呟き、机の上に置いてあった財布を片手に、わざとらしく鼻息を荒くしながらキャンピングカーを後にした。
ちょっとだけ怒ってたのだ。
憧れだったサンという人が、素っ気ない人間だったということに。
それにその「計画」とやらも、まだ詳しく話してくれない。
まあ、でもそれも当たり前の事ではあった。
好はお金で雇ったと言っても、たったの三日では浅良木祐奈という人間を完全には信じ切っていなかったから。
信用できると判断すれば話すつもりではあるのだ。
それにこの時点で、祐奈という人間が裏切らないとも限らない。
少しだけ、好は買い物に向かった祐奈の扱い方を考えながらも、引き続きパソコンの作業を開始したのだった。
好が三日前から急ピッチで行っていた作業とは――。
「よし、これで最後の日の編集完了だ。さすがに二徹はキツイな……少しだけ寝るか」
それは偽物のかずっちが毎日欠かさず撮影、編集をしていた、ダンジョンの動画。その未編集部分を急いで作成していたのだ。
そして、好はそのまま車の奥にあるベッドに体を埋め、瞬く間に泥のように眠ったのだった。
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浅良木祐奈は少し怒っていた。
彼女はキャンピングカーを出る際に、好に少しは私に気を使ってほしいというニュアンスの言葉を吐いた。というのも、彼女は少しだけ頭に血が上っていたため、あの時にどんな言葉を発したのか覚えていなかったのだ。
しかし、それが違った。
車を出ると、そこには張り紙と共に一台のスクーターが置かれていた。
『買い出しや別荘に行くときはこれを使え。乗り方は自分で調べろ』
好は彼女のことを少しは考えてくれていたのだ。
それなのに、あんな言葉を感情のまま吐いてしまった自分自身が無性に許せなくなっていたのだ。
ただ、祐奈も素直じゃなかった。
そのときはまだ頭に血が上っていたことも原因の一つだろうか。
反骨心で、スクーターには乗らずに一人で歩いて山を下り始めたのだ。
そして、その選択が間違いだった。
「痛い……痛いよ」
祐奈は道路の脇で、膝を丸くして一人屈んでいた。
白い靴下には血が滲んだような、赤い染みがじわり、またじわりと広がっていく。
そう、彼女は慣れない山道に、新調したばかりの靴のせいで靴擦れを起こしていたのだ。
最初は我慢して歩いていた。
しかし、アドレナリンが途切れた頃から次第に痛みに耐えられなくなっていたのだった。
彼女は仕方ないと思い、誰かが車で通るまで待とうと判断したのだ。
――だが、これも間違いだった。
タイミングの悪いことに、好たちが逃げてきたこの辺りの住人は未だに自衛隊の駐屯地で避難生活を続けていたのだ。
要するに、この地域にはまだ人がいない。
そんなことは知らずに、祐奈は電波の立たない端末を眺め続けていた。
――日が暮れ始め、辺りがオレンジから紫へと色を変えていく。
「もう……最悪」
その呟きは虚しく響き渡る。
靴を脱ぎ捨てて、裸足で歩こうかと迷い始めた。
その時だった。
ブーン、ドドドドド……ブルンッ。
祐奈の傍を通り過ぎる一台の乗り物が現れたのだ。
そして、道の脇に座り込む彼女を見つけたその人はすぐに停止した。
「おい、こんなところで何やってるんだ」
「……好」
それは祐奈が乗らなかったスクーターに乗った、鏑木好の姿だったのだ。頭だけのヘルメットを被り、寝起きだと言わんばかりの顔で彼女の下へとゆっくり歩み寄る。
祐奈は思わず、その綺麗な瞳にうるうると涙をため込んだ。
「泣くなよ、遭難したわけもあるまいし」
「うん。…………ん、やっぱ無理、泣く」
最初は我慢しようとしたが、すぐに無理だと告げた。
それは好の顔がはっきりと見えた瞬間だった。
「うー……怖かったよぉ」
涙腺が崩壊し、好の胸に飛び込んだ。
彼女はまだ17の幼い女性。一人、山の中で取り残されるかもと考えたとき、すごく怖かったのだ。このまま本当の本当にこの世から消えてしまいそうな気がして。
でも、そこに好が来てくれた。これで二度目。
出会ってからはまだ三日しか経っていない、それでも祐奈にとっては大好きな、画面内のヒーロー。
急に抱き着かれた好は、驚くような顔をしたが、すぐに受け入れた。
「おい、自業自得もいいところじゃないか。さっさと買い物して帰るぞ」
「……うん、この甲斐性なし」
ボソッと祐奈が小さな声で呟く。
一応、聞き取れはしたものの、好はその言葉を無視して、さっさとスクーターに跨った。
「ほら、さっさと乗れ。このあとはやることが沢山あるんだ」
「……分かった」
そして、祐奈は少し恥ずかしがりながらも、後部座席に跨った。
「……あんた貧乳だな」
「うっさい!」
パチンッ、と誰もいないこの山道に何かを叩く音が鳴り響いた。
好は空気を温めようと冗談で言ったつもりだった、しかし彼女の何かを刺激してしまったのだ。バカな男である。
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買い物の後、好と祐奈は一度本物の別荘に寄り、風呂で汗を流した。ついでにそこにあった薬箱で靴擦れを治療した祐奈は、そこでカメラを弄っていた。
「カメラはこの位置でいいの?」
「ああ、そこで大丈夫だ」
「はーい、じゃあ撮りまーす」
祐奈は大きな声でそう言うと、録画ボタンを押した。
そのカメラの先に映るのは、仮面で素顔を隠した好だった。
「やあ、『α部隊』リーダーのサンだ、みんな久しぶりだな。と、前置きは省こうか。みんなはもう知っていると思うが、俺たちは世界最速でダンジョンを攻略した。そして……その全てを動画に収めることに成功している。今日の日付が変わる時間より、30分おきにダンジョンの動画を投稿していくので是非見て欲しい。構成は一本10分程度、そして一本につき一日分の攻略動画になっている。全部で105本の大作物になっているので、是非楽しんでくれ」
そこまで言った好は、椅子から立ち上がり、カメラへと近づく。
そして――。
「では、また会おう」
その言葉と同時に、素顔を隠していた仮面を外し、カメラに向かってニヤリと笑いかけた。
「止めていいぞ」
「うん……でも、いいの? 素顔晒しちゃって」
急いで録画の停止ボタンを押した祐奈が、心配そうに聞いた。
が、好は特に顔を変えることはなかった。
「問題ない、すぐにバレるさ」
「ま、サン様が言うなら、私は何でもいいんだけどね」
と、そこで好は疑問に思うように、祐奈に質問を投げかけた。
「なあ、その『サン様』と『好』で呼び方を分けているのは何か意味があるのか?」
ふと、投げかけられた疑問に最初は意表を突かれた祐奈であったが、すぐに気が付くように笑った。
「ひ・み・つ♪」
ウィンクと同時に、祐奈はアイドルモード全開で好に答えを返した。
「まあ、いいや。とりあえず、その髪乾かしたら、すぐに別荘に戻るぞ」
「……ここが別荘では?」
「違う、あっちの別荘だ」
「え~」
祐奈の不満だらだらな言葉には気にも留めずに、好はそそくさとカメラの片づけを始めたのだった。
その後、すぐに別荘に戻った二人はパソコン画面の目の前で、同時に息を飲み込んだ。
「さあ、始めるぞ。ここから世の中が変わる」
そして、好のソーシャルネットワーキングに――撮れたてホヤホヤの動画――が投稿されたのだった。
言うまでもないだろう。
世界中のマスメディア、政界、軍、自衛隊、研究者、ネット民……あらゆる人たちが震撼した事実は。




