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死のブルーハワイ  作者: 虹峰 滲
1/2

<問題編>

髭宮 正午(ひげみや・しょうご)ーー刑事

小早川 悟(こばやかわ・さとる)ーー刑事

件田 止水(くだんだ・しすい)ーー髭宮の同僚

冴樹(さえき)ーー鑑識課の美人


茶雷 痺人(ちゃらい・しびと)ーー被害者

氷山 いちごーー容疑者1

氷山 甜瓜(ひやま・てんか)ーー容疑者2

氷山 蒼(ひやま・あおい)ーー容疑者3



死のブルーハワイ


 ――問題編――



「なんて暑さだ!!」

「そんな『なんて日だ!』みたいなテンションで叫ばないでくださいよ暑苦しい」


 髭宮は部下の小早川と、炎天下の街中を歩いていた。

 今受け持っている事件の捜査のためだ。


 暑い。

 毎日うだるような暑さだ。

 気温は34度を優に越え、体中から滝のような汗が噴き出てくる。

 テレビでは口をすっぱくして「熱中症に気を付けましょう」と伝えてくる。

 飲んだ水が秒で体表に現れる。瞬間移動みたいだ、とヨクワカラン感想が出てきた。半ば熱中症なのかもしれない。


「あ、先輩通り過ぎてますよ! ここっスよこっちっス」

 小早川が指さしたのは二人の次の目的地だった。

 かき氷専門店、【トド氷】だ。


挿絵(By みてみん)


 近年巷で人気の、どこどこの天然氷を使ったふわふわ氷などは一切なく、自家製(水道水)の氷を使った近年まれにみる一般的なごく普通のお店だ。

 必要最低限のサービスの行き届いた、昔ながらのかき氷が低価格で食べられる。

 そんなに並ばなくても食べられる。人気というほどではなく、閑古鳥が鳴くほどでもない。

 なぜそんなごく普通の飲食店に来たかと思えば、ただ涼みに来たわけではない。

『死のブルーハワイ殺人事件』で被害者が死ぬ前に来ていたお店がここ、『トド氷』なのだ。


 実は、ここで聞く話は特にない。ここでの聞き込みは既に終えている。事件の関係者に聞き込みに行った帰り道、暑いから寄ったのである。

 飲食店でただ居座るわけにもいかず、かき氷を注文する。タダで涼みに来たわけではない。


 髭宮はみぞれ味、小早川はブルーハワイを注文した。

「死のブルーハワイ殺人事件を捜査中に、よくブルーハワイを注文できるよな」

「この事件を『死のブルーハワイ殺人事件』って呼んでるの先輩だけですよ。正式名称覚えてます?」

 覚えていなかった。ついでに小早川に確認したが、彼も知らなかったみたいなのでスルーした。


 テーブルに届けられたかき氷をシャクシャクいただく。

 昔ながらの粒粒感が奥歯で噛みしめるとキーンとしみた。

 やはりかき氷はみぞれが一番だ、と思っていると、小早川が「先輩先輩」とこちらを呼ぶと、「ほら」と自分の舌を見せつけてきた。


挿絵(By みてみん)


 小早川の舌が青く染まっていた。

「だから、そんなものを他人(ヒト)に見せつけるんじゃない」

 それが、今回の殺人事件の被害者と同じ(さま)だと思うとなおさらだった。


 被害者は茶雷(ちゃらい) 痺人(しびと)、28歳。自宅のリビングで頭を殴られて、殺されているのを交際中の女性に発見された。

 被害者の舌は青く染まっており、他には特に証拠が残されていなかった。


 舌が青く染まる理由なんて、一つしか考えられない。

 かき氷である。被害者は、殺される直前、交際している女性とここ『トド氷』でかき氷を食べていたのだ。


 早い話、殺された被害者を発見したのも、殺される前に一緒にいたのも交際していた女性なんだから、もうその人を任意同行して事情聴取すればいいじゃないかと思うかもしれないが、話はそれほど単純ではない。

 被害者は三股していたのだ。

 しかもその三人は、三姉妹なのだ。

 三姉妹は殺された当日、三人とも、被害者とかき氷を食べている。


 殺された当日の午後1時には、三女、氷山(ひやま) いちご。

 殺された当日の午後2時には、次女、氷山 甜瓜(てんか)

 殺された当日の午後3時には、長女、氷山 (あおい)

 1時間ごとに一人ずつ、同じお店で逢引きとは。

 同じ名前の女性と付き合えば、間違って名前を呼んでもばれづらいとか、そう言った理由で付き合ったのかどうなのか、被害者無き今、その答えを知っている人はいなかった。

 少なくとも、三股をしていることがばれたとき、三者とも動機にはなりえる。

 殺人の動機で愛憎は断トツで多いのだ。


 その後、午後4時から予約していた歯科医院には姿を見せず、そのまま翌朝、遺体が発見されるまで、被害者の足取りはつかめていない。死亡推定時刻は、鑑識課の冴樹嬢の見立てでは午後6時だそうだ。


「ただ、足取りは掴めていないですけど、被害者の舌は青く染まっていましたからね、論理の筋道(ロジックスレッド)を辿っていけば、犯人は氷山 蒼で決まりじゃないですか? 彼女たちは、名前と同じ味を食べていたらしいですからね」


 三女、氷山 いちごは、イチゴ味を。

 次女、氷山 甜瓜は、メロン味を。

 長女、氷山 蒼は、ブルーハワイ味を被害者と食べたとのことだ。

 ちなみに、メロンを漢字で書くと、甜瓜と書くらしい。


 被害者も、彼女たちと同じものをそれぞれの時間食べている。

 1時間おきに違うかき氷を食べるなんて、腹を壊してしまいそうだ。

 まぁ、だからこそ、そのあとに歯科医院を予約していたのだと思った。虫歯も心配になる甘さだ。


 論理の筋道(ロジックスレッド)という言葉は初めて聞いたが、小早川が言う通り、被害者の舌が青く染まっていたということは、被害者はブルーハワイのかき氷を食べた後、殺された可能性が高い。ということで、捜査一課の予想は長女、氷山 蒼に集中している。


 もちろん、三姉妹ともに、犯行を否認しているが。


「これはあくまで個人的な見解だが……」

「なんスか?」

「犯人がそんな目に見えて分かりやすい証拠を残すだろうか」


 現場には凶器もなく、物的証拠は皆無だった。指紋や髪の毛は、三股している分、そこかしこに散らばっていたが、それは三股しているなら仕方のないことだ。だからこそ現場に選んだのかもしれない。


「目に見えて分かりやすいって言ったって、被害者の舌ですよ? そんなところまで気が回りますかね」


「以前の『犯人は国木田』事件でも、事件の関係者が色々現場に手を加えていただろう。たとえばだな、三女のいちごが被害者を殺害して、舌を見たときに舌が赤く染まっているのが見えた。これはやばいと思って舌をメロン色に染めて部屋を去った」


「その後現場に行って死体を見つけた次女の甜瓜が舌を見て、今度は青く染め直したってことですか? それ前作の『犯人は国木田』読んでない人にはちょっとピンとこない話っスよ」


 前作の『犯人は国木田』を読んでない人は、ここを読み飛ばすか、ここで引き返して一度前作の『犯人は国木田』を読んできてもいいかもしれない。俺は読まなくてもいいと思うが。


「いやでもその場合おかしいことになりませんか? 被害者は三姉妹とかき氷を食べているんですよ? もし三女のいちごが被害者を殺していたら、次女と長女は被害者とかき氷を食べていないじゃありませんか」


「いやいやいやいや、違う。被害者は三姉妹と三つのかき氷を食べて、その後三女のいちごに殺されたんだ」


「だとしたら被害者の舌は青く染まったままだから、いちごさんは特に手を加える必要がないですよね」


「そうだよ、だから、舌が青く染まっているからってイコール長女の蒼が犯人だって考えは早計だろって、そう言っているんだ俺は」


「むむむむ、たしかに……一理ありますね」


 物的証拠はそれしかない。

 だからこそ、犯人の特定は難しい。

 これが三文小説のただの『問題編』なら、話は簡単だろう。

 物的証拠なんて必要ないし、動機も必要ない。それっぽい解答があればいいだけだ。


 なーんて、俺たちの推理も、たいした話ではないけどな。

 これは迷宮入りの予感がしてきた。

 迷宮入りは簡単だ。

 俺たちが諦めてしまえばいい。


 ただし残念ながら、俺たちは病的なまでに、諦めが悪いのだ。

 それは俺が冴樹嬢を諦めていないのを見ていれば分かりやすいだろう。

 今回は冴樹嬢との絡みがないから戦利品もない。

 ……毎回特に絡みがないような気もするが。それは今後の展開次第だ。


「諦めて次にいけとも思いますが、先輩にその次を期待するのも難しいっスよねぇ……」

「小早川、何か言ったか……?」


 俺は愛憎を理由に人を殺めてしまうことを悔いた。

 俺の殺意の波動を感じてか感じない天然さなのか分からないが、小早川はかき氷をひとつ平らげてから、


「糖分と水分が足りなくて頭が働きませんね。すみませーん、レインボートド氷1つ追加でお願いしまーす!」

 小早川がなんと、かき氷を追加で頼んだ。一つ頼めば体中が冷えきって申し分ないと思うが、今の若い奴はヨクワカラン奴が多いな。


 今小早川が頼んだ「レインボートド氷」という商品は、トド氷の店看板にも描かれている、三色のかき氷だった。三色のくせに「レインボー」と名乗っていいのかと言いたくなるが、「青信号のくせに緑」だとか、「東京ドイツ村って何県?」とか、他にも言い出せばきりがないので目をつぶることにする。


 それに、いくら色を増やしたところでシロップの味は皆一緒で、色が違うだけなのだ。

 それならば目に優しいみぞれ味を髭宮は推すのだった。


 小早川の元に運ばれてきたそのかき氷は、綺麗に三色で塗り分けされていた。インスタ映えからは程遠いたった三色のかき氷だが、お子様たちには人気なようで、お店のランキングでは1位になっていると店内の張り紙に書かれていた。


「それ食べ終わったら、被害者宅周辺に聞き込みに行くぞ」

「ふぁい。先輩先輩」

 そう言って、小早川はまた自分の舌を見せつけてきた。


「お前、さっき注意したのに……」

 先ほどとは違った色に染まった舌を見た。


 それを見た瞬間、髭宮の頭の中に目まぐるしい光が突き抜けた。

 論理の終着(ロジックターミナル)というやつか。

 いや、論理の特急列車(ロジックエクスプレス)とも言えるかもしれない。

 いや、論理の(ロジック)直滑降(ダイレクトアタック)……まぁ、何でもいいが。


 今までの論理の筋道だとかは無意味に消えた。

 なぜならば、今までの推理はすべて意味のないものになるからだ。

 前提から覆された。となると、犯人の可能性があるのは、たった一人に限られる。


「でかした小早川。そのかき氷代は俺がおごってやる」

「え! 今日は雪が降るんじゃ……」

「気温34度で雪が降ったら温度差でえらいことになるぞ」

 理科的な話はわからんが、おそらくえらいことになる。


「まだこの事実に気づいているのは俺だけかもしれん。件田(くだんだ)の野郎を久しぶりに出し抜けるかもしれない。小早川、行くぞ!」


 自分の分のかき氷代の支払いもそこそこに、髭宮は店を後にした。




「解決編」につづく――――――――――――――。





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