食物
高い空、流れる雲、暖かな大地。
ざざぁと寄せては還す海のように稲穂が風に揺れている。
夕陽がその日の終わりを告げて、全てが金色に染まる。
東の空に蒼白い月が顔を出すと直ぐに安らぎの夜が訪れるだろう。
一番星を待たず、少女の父が遠くで呼んでいた。
白いワンピースを翻し彼女は駆ける。
特筆する事など特にない村。
小さなあの家。
父が作った暖かいスープにパン。
何がなくても幸せだった。
決して戻れない子供のとき。
「急に騒いだり、暴れたり……お前情緒どうなってんだ?」
セリスに再度ひっぱたかれた顔を腫らして、魔王は涙目で睨んでいた。
「黙りなさいよ! 迷宮に魔王と二人っきりなら情緒も不安定になるわ!」
セリスは恨めしそうなその瞳を睨み返す。
帰ってくるのが速すぎると内心では焦っていた、出来ればもっとこの居住空間を物色したり、出口がどう見ても見当たらないこの部屋からどうやって出入りしているか探りたかった。
魔王の隙を突く糸口が欲しかったのに。
「イライラすると腹が減るぞ」
「逆よ!お腹が空くからイライラするのよ」
なら早く食べろと言わんばかりに魔王は片手に持った魔物を示す。
「魔物は、配下じゃないの?」
「?」
魔王は首を捻った、どうもそうではないらしい。
「ああ、こいつらは勝手に湧いてくる会話もできないし、野生……動物? ってのと変わらねぇから」
「ふ、ふーん」
そう言って、子猫でも持つみたいに魔王は首根っこを摘まんでいるが、魔物は魔物なのである。
足が生理的に気持ち悪いとかもあるが、ハイと手渡されて今のセリスがどうにかするのは大仕事だ。
「…っ」
魔王に頼めばやってくれるだろう、彼にとってそれは造作もない事だ。
むしろ何故生きたまま連れて来たのか、わざとやっているのでは無いかと疑ってしまう。
セリスには少々躊躇われるのだ。
直接魔王に生き物を殺してくれ等と頼む事は、例えそれが理性もない魔物だったとしても。
「好き嫌いするなよ、人間は食わないと死ぬんだろ?」
魔物は掴み上げられて元気良く足をばたつかせている。
魔王はただセリスが捕まえて来いと言ったから捕まえて来ただけ。
セリスが生きるため、食欲を満たすために魔物を殺す事を魔王はなんとも思わないらしい。
殺される魔物でさえ迷宮は弱肉強食、強者に屠られる事は運命と悟るのだから、気を揉むのは人間ばかりだ。
「な、……生で食べられるわけ無いでしょ!」
そう言うのが、セリスには精一杯だった。
「ああ、ま、そうか」
魔王は納得すると、親指の爪を深々と魔物の毛皮に差し入れ、セリスの目の前で一気にその首を引き裂いた。
直ぐに魔物の毛皮が血に染まり、そのとんぼ玉のような赤い目を見開いて痙攣する。その様をセリスは眉根をよせて、見ていた。