同棲
それからセリスは3日ほど高熱に魘されることになった。
その間、魔王にあれこれと世話してもらったのは勇者としての一生の不覚。
「畜生……」
地面を恨みを込めて叩くと、三角に尖った耳がピクリと反応する。
「お前口が悪いな、勇者としてどうかと思うぞ」
向かい側に座って本を読んでいた魔王が 胡乱げな視線を向けてくる。
「あんたこそ魔物として間違ってるわよ」
「うっせーな聖書は読み物として普通に面白いんだよ」
セリスが寄るな触るなと騒いだので律儀に部屋の端に足を組んで座る魔王は、件の僧侶が持っていたのだろう聖書を読み耽っていた。
その姿は勤勉にも見えて、聖職者が見たらアイデンティティーが崩壊しそうである。
他にも幾つか本や巻物が部屋の隅に積まれているのが見てとれた。
「盗んだのね……泥棒」
「そう言うなよ、迷宮では外から来た奴の落としたものを使う他ねぇんだから」
死人はもう本は読まないと言われればそれまでだ。
セリスは膝を抱える。
「お腹空いたわ……」
「……なんか食えば?」
「何にも無いわよ」
今まで騙し騙し遣り繰りしていたがついに保存食用の乾パンや干し肉は昨日無くなった。
もっと言えば飲み水などもとっくに無く、恥ずかしながら魔王に魔力で出してもらった物だ。
戦いが終わった後の事など何も考えていなかった、過去の自分が、セリスは憎い。
「何かよこしなさいよ」
「あ、えーっと……うーん」
魔王は悩むように腕組みをする。
それを否と受け取ったセリスはすかさず噛みついた。
「あんた、私が餓死するのを見て楽しむ気なの、そうなのねこの人でなし、冷酷魔王」
「え、いや違う違う……」
困った様に魔王は頭を掻くと歯切れ悪く言い出した。
「何かと言われても俺も何も持ってねぇんだ」
「はぁ!?」
魔王の答えにセリスは思わず声を荒げていた、今セリス達が居る部屋は、色々な物が集められていて迷宮内で在るにも関わらず居住空間としてそれなりに調えられて居る。
それなのに食べ物が全くない訳がないだろうと思っていた。
「あんた普段なに食べて生きてるのよ?」
「なんだろなー」
「まぁ良いわ、じゃあ何か獲ってきなさいよ」
所詮は魔物だ備蓄するという考えや方法が魔王のなかに無いのかもしれないとセリスは思った。
肉食獣の様に腹が減ったら狩る。
肉が有るときに食べる。
魔物の生態は判明していない事が多いが、そんな感じなのかもしれない。
またこの魔物は強い個体である、獲物が豊富に湧いている迷宮に在って次の獲物の心配をする必要も無いのだろう。
「解ったよ」
魔王は数秒考えた様だがすぐそう答えると、本を閉じて立ち上がった。
「なんだよ、変な顔して?」
「いえ、本当に行ってくれるとは思わなかったから……」
セリスが思わず本音を言うと、魔王は一瞬ジト目でセリスを見詰めたが、それ以上は何にも言わずに出口に向かって歩いて行った。
この数日でセリスとの会話に馴れたのか、突っ込みを入れるとまた長くなると解って居るのだろう。
「おっとそうだ」
出口で何かに気付いた様に魔王が振り返ると、此方に向かって手を翳す。
それは何度も見た魔方陣の展開前の動作で、セリスはビクリと身構えた。
光輝く魔方陣が地面に浮かび上がり部屋全体に行き渡ると、一瞬強く光り跡形もなく消え去る。
セリスに何の害も与えずに。
「結界だ簡単なヤツだが、外に出なければ安全だぞ」
それは所謂魔力結界と言われるモノだ、いろいろな魔物がセリスの攻撃を防ぐために使っている所は、見てきたが中に囚われるのは初めてである。
「…………」
余計な世話をとも思ったが、現状起きて話せるくらいに回復したとは言え、魔物との戦闘が出来る様にはとても思えない。
左腕の骨は勿論繋がってはいないし、身体中に残る傷も癒えてはいない。傷のせいかそれとも毒気に当てられたものか発熱もまだ治まってはいなかった。
なにより治癒能力を高めるために常に消費しているので、聖気の回復が芳しくない。
こんな状態で少しでも手強い魔物と遭遇してしまったら、一貫の終わりだ。
目の前に居る魔物が一番手強いのだと言う事は今は考えないことにして。
仇である魔王が創った結界がどの程度自分を護ってくれるかは不明だが何も無いよりは良いと諦めた。
セリスからの反論が無いのを見て、魔王は一つ頷くと壁の一角から外に出て行った。
「きっと傷が治ったら何かする気なんだわ、きっとそうなのよ………………………………絶対負けないんだから…………」