事後
天気は晴天だった。
と思う。
その時は、空も晴れの意味も知らなかった。
誰かに手を引かれていた。
でも、浮かれていてその人の顔も覚えては居ない。
仕方がないだろう?
産まれて初めて外に出たのだからそれに、見上げた先は眩しくて輪郭も朧気だった。
引かれて辿り着いた其処は暗い穴の前、不気味な音がしていて何も知らないでも恐いと感じた。
怖じけずく自分に傍らに居た者が指を指して中を覗く様に示す。
不安げにそこをそろりと覗くと、肩を強く押されて転げ落ちた。
驚いて振り返る。
その時には、大きな音を立てて岩戸が閉まる所だった。
走りよりそして伸ばした指の先で重たい石の扉は永遠に閉ざされた。
何度も、何度も扉を叩いて叫んだ。
助けを求めて、泣き叫んだ。
その声を聞き、薄暗い闇の底からは恐ろしい何かが這い寄って来ていた。
ぼんやりと目を開けると、天井に小さな小さな穴が空いているのが見え。
その向こう側に煌めく星が瞬いていた。
それが高い高い場所に空いた空への穴で、それがこの部屋の垂直に延びた壁面の終わりであると気付くまで、セリスは暫くそれを見上げていた。
「うっ…」
身動ぎすると身体中が痛む。
眠るまでの記憶が中々引き出せない、セリスには寝入った記憶がなかった。
それではいったい自分は何をしていたのだろうか?
セリスは視線を巡らせギクリと凍りついた、自分が寝ている直ぐ傍の壁にあの魔王が居たのだ。
その瞬間に総て思い出していた、この魔王の出鱈目な強さと死闘を……
「つっ!」
喉から引き絞るような悲鳴を漏らすと、セリスはなんとか身体を動かそうとした。
動かそうとして、思うようには行かなかった。
震える指を握り込むと柔らかな毛皮が自分に掛けられている事に気が付く。
身体の下にも柔らかな毛皮とその下には藁でもひいてある様だった。
身体もあちこち包帯状にされた布が巻かれて、左腕には添え木のような金属の棒が括られている。
「……」
もう一度魔王に視線を戻す。
あの血の様に紅い瞳は閉じられて、壁に寄りかかって座り静かに胸が上下していた。
「…寝てる…?」
セリスは張り詰めていた息を少しだけ吐き出した。
だが、魔王がセリスを生かした意味を考えて、安心するのは間違いだと歯を食い縛る。
話の通りに、自分を慰みものにでもするつもりなのだろう。
「絶対に、絶対に殺してやる」
身動ぎさえ儘ならない、身体を芋虫のように動かして、魔王をセリスは睨み続けた。
彼女の身体が疲労でもう一度意識を手放すまで。