決戦
セリスは聖剣を構えると息を調え、真っ直ぐに魔王を見据えた。
対する魔王は左手を腰にやり、楽な姿勢をとっている。
ただ、隙だらけに見えて油断無く、気力や魔力が充実しているのがセリスには解った。
高めた魔力は、間合いに存在せぬ境界線を幻視させる程だ。
一方、セリスの状態は決して良いとは言えない。
この迷宮に潜って数週間、相次ぐ魔物との戦闘や迷宮自体の罠、閉鎖空間に閉じ込められているストレスに、心身ともにすり減らされている。
身体があちこち痛み満足には動かない。
しかし、これで最期だ。
この闘いのために剣を取り何年も苦労を重ねて旅をしてきたのだと、少女は心を奮い立たせる。
刹那、先程の魔王のしょんぼりとした表情が頭に過り、セリスの復讐に燃える心と交差した。
「はぁあ!!」
迷いを振り払うように、気勢をあげ魔王に斬りかかる。
遠距離攻撃を警戒し、左右に小刻み動きながら距離を詰めた。
フェイントをかける為に大きく右に回り込み、直ぐ様沈み混むように膝を折ると床を蹴って切り返す。
興味深げに目で追っていた魔王も、鋭いセリスの動きに一瞬彼女を見失った。
その隙を逃さず、セリスは間髪を入れずに左下から斬り上げた。
ギャリン
「くっ」
耳障りな音が響く。
袈裟懸けに切り裂こうとした刀は、セリスの目の前に現れた魔力の結界に弾かれて、火花を散らす。
「なかなか鋭い斬撃だな、当たったら痛そうだ」
魔王は余裕綽々といった感じで頷くと顎を揉んだ。
「馬鹿にしてっ」
力任せに結界を押し返しその反動でセリスは距離をとる。
仕切り直し、いいや今のままでは勝てないと、覚悟を決め残り少ない聖気を身体に巡らせる。
するとセリスの身体が眩い光に包まれた。
「おお、勇者っぽいな!」
セリスの姿が変わった事に魔王は目を見開いたが、余程結界に自信があるのか、尚も棒立ちで少女を楽しそうに見詰めていた。
馬鹿にされているのは癪に触るが、それでこの魔物の油断が誘えるのならば易いもの、セリスはニヤリと笑って湿った迷宮の床を蹴った。
セリスが踏み出すと硬い床の岩盤がビシリと音を立てて割れ、今までの数倍の速さで魔王に肉薄した。
置き去りにした風が後から彼女らの髪を巻き上げる。
「神速斬撃!!」
セリスが聖剣を振るう、魔王は変わらず魔力結界で防ごうとし―――
「!!」
閃光が走り薄暗い迷宮内が白く漂白される。魔物の結界が硝子が割れるように弾け飛んだ。
どちゃっ
セリスはすれ違うまま、ごろごろと転がり、顔を上げた。
数メートル先の魔王の足下に太い腕が落ちているのが見える。
それはセリスを先ほど抱き寄せた黒い爪の付いた右腕だった。
「とったわ」
致命傷だ。
バタバタと水音がして赤が広がっていく。
「……」
魔王がゆっくりとセリスに振り替える。
無感情に此方を見下ろしている魔王の端正な顔に自身の血飛沫が不気味な模様を描いていた。
赤い舌がぬらりと現れ唇に散ったそれを拭うと、口角が上がりニタリと牙を見せて不気味に魔王が嗤った。
セリスは全身の毛が逆立つ様な、不吉な予感に駆られて素早く立ち上がる。
「その剣すげぇな、いやお前の能力か?」
魔王は結界を張り直すでもなく、自分の腕を拾い上げた。
そんな事をしても普通は無駄である、人の心情として戦場で切り離された腕や足を拾ってしまう事はあると言う。しかしこの魔物の場合は違うだろう。
セリスの嫌な予感を肯定するように、魔王は二の腕の切り口に拾い上げた腕をくっつける。
そういえば、いつの間にか溢れていた血が全く出ていなかった。
「怪我をするのは久しぶりだ」
そう言いながら魔王は押さえていた腕を離す、それは落ちずに傷など無かった様な顔をして元通りに治っていた。
「化け物」
「おい、これでも傷つくんだぞ?」
何処までも不遜な態度を魔王は崩さないが、今度は腰を落とし両手を開いて身構えた。
赤い魔方陣が複数展開すると、魔王の周囲に光弾が出現し回転しながらセリスに狙いを着ける。
魔王の赤い瞳は此処からが本番と燐光を放つ、やっとセリスを敵と認めたのだ。