下
ノエル・ベスティールはメイヴィス・アスティノーラが嫌いだった。
自分が出来ない事をさらっとやってのけ、自分の仕事のアドバイスまでしてくる。
ミヤコと婚姻を結んだ事に対しても何とも言って来ない。
自分が第二婦人になったからといって特に変わった事すらなかった。
隠居しているネロはメイヴィスの事を自分以上に可愛がり、自分にはメイヴィスを大切にしろよと話す。
周りのメイドや執事達もメイヴィス様は凄いと囃し立てる。
ノエルは嫉妬し、妬み、メイヴィスの事を気にくわなかった。
「ミヤコ。 一緒に庭園で紅茶を飲まないか?」
「いいよ。 ノエル。 行きましょう。」
ノエルは異世界から来た少女ミヤコと庭園へ行こうとする。
「お待ち下さい! 今日中に終わらせて頂きたい書類がまだ沢山残っております!」
執事長がノエルにそう提言する。
「ふん! 今日私がせねばならぬ仕事量はこなした。 メイヴィスごときが出来た事をお前達は出来ないのか。 無能め。」
「お待ち下さい!」
執事長はノエルを止めようとするもノエルはミヤコと一緒に庭園に向かったしまう。
メイヴィスが処刑された後、どんどんと王都の治安は悪くなっていっていた。 重過ぎる重税、国家機密の漏洩、住民からの苦情、失業率の増加、スラム街の発生、拡大などが起こっていた。
庭園に向かったノエルを後ろから非難するような視線を向ける執事長やメイド達。
ノエルに去り取り残された者達はしきりに話しだす。
「やはり、メイヴィス様を処刑するのは間違っていたのだろうか。」
「あの方が亡くなられてから仕事が一気に増えたぞ。」
「王都の治安も悪くなっていると聞く。 ノエル国王陛下は事の重大さが分かっていない。」
執事長や近衛兵がそう話す。
「当たり前です! 私はメイヴィス様のお付きでした。 メイヴィス様は国家機密と税金に関する事以外の仕事を全て一人で引き受けられていました! そんなお方が処刑されることが正しい訳がありません!」
メイド長は途中から涙を流しながらそういった。
その言葉を聞き、近衛兵や執事長は自分達は国の為に身を粉にしてくれていた少女になんと残酷な事をしてしまったのかと酷い罪悪感に蝕まれた。
ミヤコ、中本 京はある日気が付いたらこちらの世界にいた。
王族の名前や主な貴族の名前を聞き、ここは自分がプレイしていた乙女ゲームの中なのだと思った。
しかし、攻略対象を攻略したのはいいもののクリア表示が起きるわけもなく。
婚約破棄された公爵令嬢も家から勘当され平民まで落ちるという道筋を辿っていない。
それどころか周りのメイドや執事からは自分とその公爵令嬢を比べ、私の方が全てにおいて劣っていると陰口を叩いてる始末。
自分は何を間違えたのだろうかとミヤコは悩んでいた。
庭園でノエルとミヤコは紅茶を飲みながら楽しく話をしていた。
お互いメイヴィスがいなくなったことで比べられるというストレスが無くなり気が楽になっていた。
そこへ執事長が慌ててやってきた。
「ノエル国王陛下! 至急お伝えしたいことが!」
「仕事の話なら何度い「いえ! そうではありません。 ノエル国王陛下派閥の貴族様以外の全ての貴族様が寝返りこの王都に進軍中とのことです!」
自分はこの国の国王になったのだ、逆らう者などいないと思っていたノエルは執事長の言葉が信じられなかった。
「誰が主謀者だ!私に刃向かうなどという愚か者は!」
「アスティノーラ公爵様とノエル様のお父上様であらせられる前国王陛下でございます。」
「父上が… メイヴィス… 死んでもなお私の邪魔をするか!」
ノエルは机を叩き怒りを露わにする。
「どうされますか。」
「王都の門を閉ざせ! その間に私の派閥の貴族達に軍を出せと命令しろ。」
「はっ!」
執事長は慌ただしく去っていく。
庭園には怒りを露わにしているノエルとこんな事ゲームではなかったとつぶやくミヤコだけが取り残された。
王都の門の前、そこにはアスティノーラ公爵派閥の軍が揃っていた。
元々、ノエル国王陛下派閥の貴族は三割、アスティノーラ公爵派閥が五割、中立・その他の派閥が二割であった。
しかし今回に限っては中立はいない。
元々中立やその他の者は全てアスティノーラ公爵派閥へとなった。
軍の者は王都の周りに基地を形成し、中央後方には巨大なテントを張った。
テントの中ではレオン、ネロ、貴族領主が集まっていた。
「ツヴァイク男爵も来てくれたか。 感謝する。」
レオンがツヴァイク男爵に頭を下げる。
「やめて下さい。 レオン公爵。 私の領が飢饉に陥った時にいち早く助けをくれたのがメイヴィス嬢なんです。 その恩を忘れる事は私の信念を曲げる事に同義ですので。」
そう言ってツヴァイク
男爵は自軍の元に戻る。
「レオン公爵よ。 ここにいる者はそなたか、メイヴィス嬢に恩義のある者ばかりだ。 私の連れている軍の者もメイヴィス嬢を処刑したノエル国王陛下を許せないと思っている者達ばかりだ。」
ゼルネ公爵がそう言うとともにテントの中にいた貴族達が皆、レオンの方を向き頷く。
「ありがとう。 ではこれより明日の朝王都に攻め込む。 私は東門、ゼルネ公爵が西門、先程自軍に戻ったツヴァイク男爵が南門、ネロ前国王陛下が北門という流れでいく。 では解散してくれ。」
レオンがそう言うとテントから貴族達が続々と出て行く。
残ったのはレオン、ネロ、ゼルネ。
「久しいな二人とも。」
「ああ、ゼル。 中立のお前が来てくれるとは思わなかったぞ。」
「レオ。 さっきも言っただろ? メイヴィスは俺の愛娘だぞ。 そんな愛娘が処刑されたなんて聞いて中立で居られるほど俺は人が出来てねぇよ。」
「ゼル。 そんな事を言って良いのか? 本当の娘が聞いたら嫉妬するぞ?」
ネロがゼルネをからかう様にそう言う。
「嫉妬? あいつがそんな玉に見えるか? 俺の領の騎士団長だぜ。 今回だって俺が止めなきゃ一人で敵討ちしに行っていたぜ? あれはそこらの男より男らしいぞ。 ネロ。」
「そうじゃったな。 ゼルのとこの騎士は王都の近衛兵かそれ以上の実力を持っとるのにお主の娘は実力で騎士団長までなったからな。 」
「そうだぜ。 女らしさなんて皆無だぞ、あいつは。」
三人はお互いが領主や国王になる前の時の様に楽しく話をしていた。
「失礼しまぁーーす!」
そう言ってテントの入り口から元気な明るい声が聞こえたかと思うとゼルネが飛んでいく。
「失礼します。 前国王陛下、レオン公爵様。 うちの馬鹿領主が私を馬鹿にした様に感じましたので飛んで参りました。」
「相変わらずニーナ嬢は元気だな。」
「はい! レオン公爵。 私はメイヴィス嬢に言われた通り明るいままの私でいる様に心がけております!」
ニーナ嬢と呼ばれた女性はゼルネの娘でゼルネ公爵領の騎士団長を務めている。
「てめぇ。 ニーナ。 父親でもあり領主でもある俺を蹴飛ばすとは何事だぁ!」
「あれ? 何故父親はそんなところで寝転んでいるのですか? 前国王陛下とレオン公爵様の前ではしたないですよ。」
「どの口が言うか。 テントの入口で俺を見つけた瞬間にドロップキックをくらわしといて!」
「はぁ… そんな私のせいにされましても、元はと言えば私を馬鹿にするのがいけないのです。 さぁ自軍に戻りますよ。」
「ちょ ちょっと待て…」
「では前国王陛下、レオン公爵様、これにて失礼します。」
「自分で歩く! だからちょっと待て!」
ニーナはゼルネの服の襟を持ちゼルネを引きずりながら自軍へ戻っていく。
「相変わらず、あそこの親子は仲が良いな。」
「あれは良いと言えるのか?」
残されたレオンとネロは明日の最終確認をした後、各自の持ち場に戻った。