始めての殺し
「……っ!」
……なんだ今の音は!? てかここは……? そうだ、確か俺は男に蹴られて……。
痛っ、頭が痛むな。頭をぶつけて気を失ってたのか。
あれからどれぐらい時間が経ったんだ? まだ馬車の中ってことは、まだあまり時間は経ってないはず。
俺はとりあえず周りを見渡し、しっかりと確認した。少し混乱していて今更ながらに気づいたのだ。
大きな岩石によって今俺が乗っている馬車が半壊してることに。
岩の周りには赤い血のようなものが流れている。血の量から、誰かが死んでいるのは明らかだった。
「……やば、鍵も潰れてるかも……」
俺はゾクリと背筋を凍らせながら、落ち着かない心を沈めるためにそう呟き、急いで周りを見渡してダイガスを探した。
周りは谷の間を通っている最中だった。どうやら運悪く落石に巻き込まれたらしい。
俺もあとちょっとで死ぬところだった。……体がガクガクと震えてきた。
震える足を無理やり立ち上がらせ、馬車を降りて周りを見渡す。
少し歩くと、上半身が潰れたダイガス。頭が潰れた運転していた男の2人の遺体を発見した。
そして、ダイガスの遺体をじっと見つめるハクニーのハクちゃんの姿があった。
「ウプッ……オエッ!」
その惨状を見て吐き気を催す。そのまま夕飯に食べた物を地面に吐き出す。
「はぁ、はぁ……。とりあえず鍵を探そう。……あと、ついでに剣も護身用に」
死体荒らしをしているようで気分が悪くなる。だが、不思議と罪悪感は湧かない。
俺を奴隷にしようとしたやつだからだろうか。むしろ「してやったり」みたいな感覚もある。
だが、吐き気は今も続いていた。
ダイガスのポケットから鍵を見つける。腰には剣も鞘に収められた状態で発見された。
鍵も剣も壊れていなかったのは良かった。まずは手に入れた鍵を、手錠の鍵穴に刺して回して外す。
両手が自由になった。手首を見渡し、肩をぐるぐると回す。
そして剣を鞘から抜いて構える。
「……重い」
少なくとも竹刀の倍以上ある。長さは竹刀ぐらいだが、おそらく片手剣であるそれは、この世界じゃどこにでもある普通の剣だろう。
それでも今の俺には、とても重く感じられる。
「そういえば、もう一人の男はどこだ?」
俺を蹴飛ばした、あの男の遺体は見ていない。運悪く、すべての体が潰れたのだろうか? あるいは……。
「ギャアァァァァァァァ!!!!」
突如聞こえてくる叫び声。その叫び声に驚き、少しビクリと体を震わせる。
「なんだ今の声は?」
俺はそう呟き、辺りを見渡す。
「ふーーふぅ……ふーーふぅ……」
真後ろから変な声が聞こえる。慌てて振り向くと、そこには右腕の第二関節から先がない、俺を蹴飛ばしたもう一人の男が立っていた。
その男の左手には短剣が握られており、地面には血痕ができていた。
……右腕を岩に潰れされ、脱出するために右腕の先をを切り落としたのだろうことが分かる。
俺は咄嗟にダイガスの剣を構える。片手剣だが、剣道をやっていた癖なのか両手で握って構えていた。
それでも竹刀の倍以上の重さなので、俺には重く感じた。その男はダイガスと運転していた男の遺体に視線を向ける。
仲間の遺体を見ても、男は無表情だった。
「……グァーーーーー!!!!!」
いきなり男が叫び、俺に向かって襲いかかってきた。腕を斬った痛みで頭がおかしくなったのだろうか? 相手は短剣、こちらは剣。間合いのリーチはこちらが有利だが、油断は当然しない。
むしろ肩全体に力が入ってしまった。
俺は剣を中段の構えにする。肩に入った無駄な力を脱力させる。
男は短剣を上に振り上げ、下に振り下ろす。上段から放たれる短剣を片手剣で受けて、そのまま短剣を上へと弾く。
男は俺がそんなことをできると思っていなかったのか、振り上げて下ろす、そんな単調な動きしかしてこなかった。
もしくは、いつもは数に任せてなので、一対一の戦闘は出来なかったのかもしれない。
俺は体全体が浮き上がるほどの隙が出来た男に向けて、左上段から右下段にかけて片手剣を両手で振り下ろす。
足は右前に出す。俺の振るった剣は、男の体を抉りながら斬りつけた。俺が放った技は、剣道で言えば胴打ちだ。
男のその姿に驚いたが、男にはまだ息があるようだった。その倒れた男の背後を取り、心臓を突き刺し、そして引き抜いた。
ビクッ、と男が痙攣を起こしたかと思うと、動かなくなった。死んだのだろう。
【称号 『人殺し』を手に入れました】
なんか声が聞こえたような気がするが、俺の耳には入ってこない。
人の死を今更ながらに理解して、そのまま崩れ落ちるように倒れた。
俺は自分の身を守るために奴隷商人を殺した。今更ながらに恐怖が俺を支配した。
震えが止まらない。すると、それまで動かなかったハクちゃんが俺の元に擦り寄りそってきた。
俺はそれだけで心が落ち着いた。
数分後。
「ハクちゃん、乗せてくれるかい?」
ブルル
俺が尋ねると、ハクちゃんはそう鳴いて俺の前で止まる。ハクちゃんの背中にまたがって乗せてもらう。そして馬車で運ばれた道をまた逆戻りだ。
しばらくすると川が見えた。その川で血を落とそうとしたが、髪の毛に固まったり、服に染み付いた血はうまく落とせなかった。
気づくと夜が明け、朝がきていた。辺りも暗闇から明るくなり始めている。
朝日がとても眩しかった。