これからの方針
「坊主助かったぜ。実は最近腰をやっちまって、まだ完全には治りきってねーんだよ」
おっちゃんは笑ってそう言いながら、俺の背中をポンポンと叩く。
「いえ、こちらこそお金ももらえましたしどうもありがとうございます」
俺はそう言って頭を下げてお礼を言う。そういえば確か高い部分になっている実は俺に取らせていたな。
このおっちゃん……あっ、この人の名前聞いてない。いつまでもおっちゃんじゃ悪いしな。
そう言えば俺も名前を言ってなかったし、いい機会だから教えておこう。
「あ、自己紹介が遅れました。俺の名前は内山時也と言います。おっちゃんは?」
「ヘェ〜、坊主変わった名前だな。あと記憶喪失なんじゃ?」
おっちゃんにそう言われ、俺は焦る。
「あっ、はい、名前は覚えています。多分それぐらいだと思います」
急いで取り繕う。やっベー! そういう設定忘れてた。
「俺の名前はダイガス。ダイガス・ナラードだ」
「はい、わかりました。ダイガスさん、でいいですか?」
ダイガスさんに俺は尋ねる。
「ああ、俺は坊主でいいか?」
「ど、どうぞ」
なんのための名前共有だよ、と思いはしたが、本人がそう呼びやすいのなら仕方がないか。
俺も別に嫌な気はしないし。
「それで、ここって一体どこなんですか?」
俺はお互いの名前を出し合ったことを糸口に、ダイガスさんに質問をした。
「そんなことも忘れちまってるのか。本当に記憶喪失なんだな。この国の名前は『バロン王国』と言って人間至上主義の国さ」
ダイガスさんは俺に呆れられつつも、優しく答えてくれた。
「人間至上主義……ってことは、亜人や、魔物もいるんですか?」
「あぁ。この国じゃ亜人基本は奴隷だ。それか他国の冒険者だな。魔物は全世界共通の敵。だが、例外もある。その1つが、あの『ハクニー』って言う、馬型の魔物だ。この種は、気性が大人しく、小さい頃から育てれば、人に懐きやすくなる。ちなみに俺はハクと呼んでる。性別はメスな。普通は魔物に名前なんてつけないが」
ダイガスさんが指を刺す方向を見ると、ハクと言う名のハクニーが、ダイガスや俺と少し離れた所からこちらを見ていた。
俺と目があった。そう思った途端にこちらに近づいて来る。
そのままブルルル、とハクは鳴きながらこちらに近寄り、すりすりと顔をすり寄せる。
「うはっ、じゃあハクちゃんと呼びますね!」
ハクちゃんは白色の毛、それでいて雪みたいな半透明状の毛をした綺麗な馬だった。
普通の馬とは違いがよく分からん。
「そんで、坊主はこれからどうすんだ? 所持金はさっきの銅貨三枚だけだろ? そんな身なりじゃ、家なし失業者って思われる。剣もなしじゃ、奴隷商に捕らえられるぞ」
ダイガスさんはそんな驚きの発言をした。
「えっ!人間も奴隷にされるんですか⁉︎」
俺はたまらずそう聞き返していた。
「あぁ、バロン王国じゃないが、隣の『ルーラシア帝国』は、亜人至上主義だからな。バロンとは犬猿の中だ。いつ戦争になるかわからねー。まっ、当分ないとは思うがな。他は盗賊だが、金目の持ってないやつを見つけると、奴隷として売られるぞ。基本襲うのは、商人だがな」
人間至上主義があるなら亜人至上主義も当然あるか。それにしても、やはり日本よりも治安が悪いな。
奴隷商人に盗賊なんかに、本当に色々ある。……なら、多分衛兵団とかもありそうだな。
「それは気をつけないと。それにしてもハクニーってすごくでかくて良いですね。もしかしてこの毛が商品になったりとかしてます? あ、ならハクニーを価格も高そう……」
「確か一部の人間が重宝してたな。価格は高いぞ。ハクニーは商人の命だからな。物資を大量に運べるし、種類にもよるが大体金貨百枚だな!」
俺、銅貨3枚……。
「……それってどのくらい高いんですか?」
相場を知るチャンス!
「お前に渡した銅貨があるだろ。あれが百万枚だ」
「……たっか……」
俺はそう漏らした。
「当たり前だ。商人の命も同然だぞ」
……確かにそうだな。魔物なんだから馬よりも強靭な肉体を持っているとかで、使い潰してしまうことも少ないだろう。
……ひょっとしてこの人、金持ちの部類じゃ?
「……でどうすんだ。俺はこれからバロンで商売をする目的でここに来たんだ。坊主が良けりゃ金もちょっとぐらい立て替えてやろうか? 装備ぐらい揃えてやるぞ」
ダイガスさんはめちゃくちゃ親切なご好意を提案してくる。
「えっ、マジですか! ありがとうございます。必ず働いて返します」
今はそのご好意に預からせてもらおう。
「一応言っとくが、俺は雇わねーぞ。冒険者にでもなったら魔物を狩って素材を売って、それで生活に余裕が出て来たら、返してもらうからな」
「ま、魔物ですか?」
魔物か−、こわいな。生きるためには仕方ないかもしれないんだけど。
でもハクちゃんを見てたらそんな気が薄れてくる。……ハクちゃんが例外らしいから、油断しないようにしないと。
「バロンの近くに、初心者冒険者用の森がある。バロンの騎士団が管理してて、魔物のレベルが強くても20以下だから、今の坊主にゃおすすめだな。今日は遅いから明日の午前で装備整えて、午後に森に入ればいい」
なるほど、治安は騎士団が管理していると。……レベル? ……練度との話か?
「わかりました。何から何までも世話になります」
「いいってことよ。俺も元冒険者だからな」
……驚いた。この人元冒険者なのか。通りで体つきががっしりしているわけだ。
「そうだ。自分のステータスも見てみろ。なんか書いてあるかもな」
……ステータス? ……さっきのレベルといい、もしかしてこの世界にはゲームのステータス画面みたいなものがあるのか?
「どうやってみるんですか?」
「左端にマークがあるからそれを意識して見れば、自分のステータスが見れる。大きく広がって視界が悪くなるから暇な時とかに見ればいいさ。当然他の人には見えないぞ。レベルやスキルやいろいろだ」
俺はそれを聞き安心する。そして言われた通りにしていく。するとステータス画面が出てきたので、それらを確認していく。
「なになにー」
そこにはこう書かれていた。
『名前 内山時也 性別 男 年齢 15歳
装備 パジャマ
レベル5
スキル 『育成上手 』 『料理人』
称号 転移者 』
と書かれていた。……スキル? これは何かの能力? ……いや、それにしてはスキル名があまりにも……。
「スキルの発動条件ってなんですか?」
「条件を満たしたりすると現れるのがスキルだ。物にもよるが、自動発動から、自分で発動するまでいろいろある。どんなスキルだ?」
俺かスキルについて尋ねると、ダイガスさんはスキルについての基本的な情報を教えてくれた。
ダイガスさんは俺の反応から、何かしらのスキルがあるのだと確信したのだろう。
少しばかり怖いぐらいの勢いで尋ねられた。
「りょ、『料理人』……です」
スキルとして言うには、俺にとっては恥ずかしすぎた。無論、この世界では普通なのかもしれないんだが、やっぱりスキル名がなぁ。
「あぁ。それは料理を作るとき、いろいろ補正がかかるもんだ。職として料理人をやってる中でも三割しかいないレアスキルだな。戦闘にはなんの役にもたたねーが」
そんなやりとりがあった。つまり、冒険者向きではないと言うことらしい。
だがまぁ、とりあえずのこれからの方針が決まったので、バロンに向けて出発を開始した。
そして馬車に揺られて一時間後、俺たちは王都に着いた。
ついて最初にした事は、安物の服を買ってもらった事だった。とりあえずこの世界の服を手に入れることができたのはありがたい。
これも貸しだそうでいいそうだ。
その後、ご飯を奢ってもらった。小麦? を使ったロールパン。鶏肉を使ったシチュー。レタスに似た野菜を使ったサラダを食べた。
この世界にも日本の食べ物はあるのか? ……馬がいるんだし、あるかもしれない。
うん、そう思った方が良さそうだ。
食後、俺たちが泊まる宿を取った。ダイガスさんも気を利かせてくれたのか、俺と同じ宿に泊まってくれた。
この世界の宿は鍵などが無く。安全なのかと尋ねたところ「安いから鍵なんてない。我慢しろ」と、言われた。
しょうがない。文句を言える立場じゃないしな。……ただ、やっぱり鍵が掛かってないとなると落ち着かないな。
***
その日の夜、時也が疲れて寝静まった夜の2時。トキヤの泊まる部屋に、こそこそと誰かが入って来た。
「バカなやつだ。騙されてることも知らねーで」
ニヤリと笑いながらそう言って立っていたのは、ダイガスさんだった。