#1 タソガレ (5)
「…とりあえず、わたし、ご飯の仕度の続き、するね。」
由のそのひとことで、やっとオレと律はフリーズ状態から抜け出せた。
うん、とりあえずボーっとしててもしょうがない、か。
由が台所に戻ってく。律も引き続きゲームに戻る。そしてオレと少年が取り残される。…さぁて、どーしよーか。沈黙してるわけにはいかないよなぁ…。なんか、話題話題っと。
「何で、稜星に来たかったわけ?」
尋ねてオレはソファにどかっと身を委ねる。突っ立ってる少年にオレの隣勧めて、座らせる。少年は遠慮がちにちょこんと座って、これまた遠慮がちに答える。
「あの…実は、憧れてた、通ってみたかったっていうのも嘘ではないんですけど…、探してる人が、いるんです。」
「探してる人?」
聞き返したのはオレじゃない、律だ。
「何だよ、お前。ゲームしてんじゃねぇの?」
「だってこっちのほうが面白そうだから。で、探してる人って?」
律はゲームを終了させながらこっちに向きなおして座る。律に尋ねられて、少年は少し恥ずかしそうにする。…ははぁん。これは。
「初恋の人、とか?」
オレがニヤニヤしながら聞くと、少年はぶんぶんぶんっ、とまるでモーターで動いているみたいに頭を左右に振る。
「なぁんだ、違うんだ。」
オレと律はハモってしまう。律のつまんなそうな顔。多分オレの顔も、同じ。
「すみません…男の人なんですけど…、男の僕から見てもかっこいいなぁ、って思える人で…。僕もあんなふうになれたらなぁって…。」
「ふぅん。…稜星にオレ以外でかっこいい男なんていたっけ?」
「…名前とか、知らないの? オレたちの知ってる奴かもしれないし。」
律の奴め…オレの発言はてんで無視かよ!
律の質問に、少年は知ってます、と答えた。そして、少年はその名を言う。
「えと…大石、…確か智史さん…だったかな。」
「大石智史ィ?!」
驚いて声をあげる。その声にはオレたち双子だけじゃなく、台所からの由の声も混ざっていた。
「ご存知なんですか?」
少年が嬉しそうに尋ねる。…知ってるも何も大石智史は…。
「智史はオレたちの幼なじみだよ。ガキの頃から、三人でつるんでる…。」
「…智史そんなにかっこいいかなぁ…。オレのほうがモテるっちゅーの。」
「何で智史のこと知ってんの?」
またオレの発言は無視されてしまった…。ふん、まぁいいさ。そうだよな、律の言うように、何でこの少年が智史のこと知ってんだろ? 他校の生徒にはオレのほうが絶対有名のはず…特に女の子にはね。まぁ、コイツは男だけど。
少年は智史のことを思い出すように遠い目をして話しはじめる。
「前に…去年の秋だったかな、うちの近くの競技場で陸上の大会があったんです。たまたま僕、友達に誘われて見に行って…」
あぁ、そういえば去年の秋、陸上部遠征で大会に出てたっけ。確か智史、その大会で大会新出して優勝したって喜んでた気がする。智史は短距離のエースだからな。昔から足は誰よりも速かった。
「見かけはおっとりしてそうで線だって細いのに、他のいかにも鍛えてますって感じの人達をあっさり抜いちゃって…かっこいいなぁ…って思って…」
おっとりしてそう、か。してそう、じゃなくておっとりしてる、が正解だけど。…それはともかく。
「お前も陸上やってんの?」
オレは少年に尋ねてみる。すると少年は苦笑する。
「僕は運動苦手で…。大石さんは、陸上っていうよりどっちかっていうと文化系の顔してるっていうか…僕と似たようなタイプかなぁなんて勝手に思ってて…でもあんな足速くって、イメージじゃないのに、かっこいいなぁって…うらやましいなぁ…なんて。」
ほんっとに、憧れてんだなぁコイツ。見ててわかる。頬高潮させて、嬉しそうに話してる。ちょっと、うらやましい気もするな、智史の奴。
「確かに、智史は普段はしっかりしてるかと思えば大ボケかますいーいキャラだけど…。走らせたら人変わるよな。」
「うんうん、ギャップ激しいよな。昨日だってCD返してもらったけど中身入ってなかった。その前もさぁ…」
オレと律は幼なじみの失態を奴に憧れてる少年の前で暴露し始める。智史とオレたちはほんとにガキの頃から…それこそ幼稚園のお泊り保育の夜に怖くてトイレにいけなかったことを知ってるくらいの頃から一緒にいるから、話題は尽きない。
「…いっちゃんもりっちゃんも…いいかげんにしたら? 真咲くん、智史くんのこと幻滅しちゃうよ?」
二人で盛り上がってたら、由に溜息混じりに止められた。はた、と気がつけば少年は困惑顔。あ、ひいちゃった?
…話題を変えなければ。
「そーだ!」
思いついた! 話題の転換。
「智史、呼んじゃえばいいんだよ。そろそろ部活も終わる頃だろ。」
「逸にしてはいいアイデアじゃんっ…っていいたいトコだけど、智史今日、なんか急いで帰ってたぞ。珍しく部活サボって。用事あんじゃねーの?」
「用事ィ? 聞いてねーぞオレは。…ま、とりあえずケータイ、ケータイっと。」
オレは制服の胸のポケットから携帯を取り出し、智史に電話してみる。
とぅるるる…とぅるるる…。呼び出し音がしばらく続く。…うーん、律の言う通り、用事あんのかな…。
『はい。』
コール9回目にしてようやく繋がった。出れるんならさっさと出ろっつーの。
「あ、智史。今どこ? 暇?」
当然名乗らずに話し掛ける。と、智史が返す。
『あー…今ダメ。これからDiana To Moonのライブなんだ。ごめん。』
はぁ?! だいあなとぅむーんだぁ?!!
…Diana To Moonっていうのはギター、シンセ、ドラムの男性三人に女性ヴォーカル二人の今けっこう人気のユニットで、今シーズンはドラマの主題歌なんかも歌ってる。ヴォーカルの二人がまた両方ともカワイイんだこれが。オレはSHIYAちゃんのほうが好みだなぁ…なんて言ってる場合じゃなくて!
「なんでオレも誘ってくれなかったんだよう!!! ずるい智史っ! オレに黙ってライブなんて! いっちゃん泣いちゃうからっ!」
『ごめんって。叔母さ…紫さんからチケット1枚だけもらっちゃってさ。』
これは内緒なんだけど、智史の叔母さん、大石紫さんはDiana To Moonのマネージャーをしている。でもだからってぇ…悔しい。
「…わかった。今日は許す。楽しんでこい。…そのかわり、」
『なに? サインとかはもらえないよ。楽屋には入れないから。』
「…ハーゲンダッツのアイス、十個おごってくれ。」
『なにそれ? 五個でいいだろ!』
「八個!」
『…六!』
「…仕方ないなぁ。六個で手を打ってやるよ。忘れんなよ。」
ぴっ。電話を切る。
「…なにケチくさい取り引きしてんだよ。」
律が呆れてる。ふふーん、だ。
「誰もシングルカップなんて言ってねーよ。オレはパイントサイズの個数で話をしてたんだもーん。この夏はハーゲンダッツ三昧だな。」
「…ばかばかしい。」
「…大石さん、お忙しいんですね。」
オレたちのせこい会話を無視して、少年が少し残念そうに言った。あんまりがっかりして見えたので、オレは少年の肩をポンと軽くたたく。
「別に急ぐこたねーよ。明日にでも会えるって。」
「そうそう、智史は逃げないよ。ハーゲンダッツ付きで会えると思うぞ。」
律も笑ってそう言う。
「お待たせしましたぁー、ご飯ですよぉー。」
ちょうどいいタイミングで、キッチンの由がオレたちに声を掛けた。