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#7 エピローグ (1)


 その日あたしは、空港の国際線出国ロビーのソファに座っていた。


 ニューヨーク行きのチケットを手にし、手続きを終えてから、まだ出発まで少し時間があるので、こうして座ってぼんやりと行き交う人々を眺めている。


 夏の出国ラッシュもちょっと前に終わったし、平日だからか、そうたいして混雑はしていない。むしろ空いているほうなのだろう。


 ほとんど荷物は全部先に送っちゃったし…およそ渡米するには身軽すぎるあたしの格好。いつもとは全然違う、つけまつげバリバリの気合いの入ったメイクして、金髪ショートのウィッグつけて、さらにその髪の毛に蛍光ピンクのメッシュ入れて、白黒ボーダーのチューブトップにショッキングピンクのシャツ合わせて、超ミニのデニムスカートとウエスタンブーツ、ヴィトンのモノグラムマルチカラーのショルダーっていう、普段のあたしからは想像できないスタイル。


 本来の姿じゃないのに、これが一番落ち着く。こういう格好だと、あたしはあたしじゃなく、そこら中にいるただのちょっと派手な女の子の一人…その他大勢の中の一人に過ぎないから。


 こうしていれば、あたしだって絶対バレない。誰一人、気に止める人もいない。


 …はずなのに。


「あっ、いたいた! 香居ちゃ〜ん!!!」


 カオリちゃん…て、あたしの本名。カオリなんて名前、いくらでもいるから、あたしのことじゃないかもしれない…そもそも、今日この時間にあたしがここにいること、ごくごく限られた人しか知らないはず…。ていうか知られないように、今日にしたのに。


 普通なら無視していたはずなのに、顔を上げたのは、この声に聞き覚えがあったから。


 まさかと思ったけど、その声の持ち主は、あたしの想像通りだった。


 顔を上げたその真正面から、走ってくる…三人。あれ、四人?


「…逸さん、律さん、大石さん…? なんで…?」


 目の前には息を切らした三人と…初めて見る、綺麗な女の人…あたしより少し年上…逸さんたちと同い年くらい? その辺のアイドルなんかより全然可愛い…っていうか、清楚な感じ。何もかも謎に包まれていて陰のある鞘根虹香とは違う、正統派の、陽だまりのような可憐さ。


 事態が飲み込めなくてあたしはソファから立ち上がって疑問顔で逸さんと律さんの顔を見る。二人とも息を整えて、同じように笑う。やっぱりそっくりだ、この二人…。間違っちゃうのも、無理はない…よね?


「昨日いきなり真咲からメールがあってさ、香居ちゃんが今日のフライトで発つから、よかったら見送りに行ってやってくれって。」


「ビックリしたよ。ワイドショーなんかの報道では、先週あたりに渡米したって言ってたから、もうてっきり日本にはいないんだと思ってた…。」


「…ま、さき…が?」


 二人の話を聞いてさらに驚く。真咲が…あたしに彼らを会わせるために?


「だって…確かに真咲には今日のこと知られてると思うけど…。あたしこんな格好だし…今まで誰にもバレたことないのに…。どうして…?」


 いろんな疑問が頭の中でぐるぐる回る。何から聞いていいのか、何を聞いていいのか、それすらわからない。


「真咲からの添付ファイル。多分こんな感じで空港にいるから、って。」


 そう言って逸さん(? 律さんかも…)が携帯を見せてくれる。その画面には、ちょっと前のイケイケな格好をしたあたしの画像。


「…これ…、清水さんにしか送ってないのに…。」


 言ってから気付いた。そうだ、マネージャーの清水さんも、小林家の息のかかった人だったんだ。真咲がコレ持ってても、何の不思議もないんだ。


「コレ見て思い出した。電車でオレのこと見かけたって…覚えてるよ、この子なら。」


「…そんな電車でちょっと見かけただけの女の子のことよく覚えてるな…。さすが逸。」


「だって可愛かったから…まさか鞘根虹香だとは思いもしなかったけど。」


 大石さんの呆れ顔にちろっと舌を出して肩をすくめて笑う逸さん(こっちが逸さんで合ってた)。そんな表情がまたカッコいい。


「ま、それはともかく。これが真咲から香居ちゃんへの、ほんとの誕生日プレゼントなのかも。…真咲、やり方は問題あるけど…香居ちゃんに、何かしてやりたいって気持ちは、ほんとなんだろうね。」


 律さんがあたしに微笑んで言う。真咲が…あたしに?


「あれ以来真咲からメールなんか来たことなかったのに、昨日いきなりだもん、ビックリしたよ。鞘根虹香の渡米の話題は先週ワイドショーで見たばっかだったし、週刊誌でも見たしね。…またなんか罠かとも思ったけど、今更もうなんか仕掛けてくるわけないかなぁなんて。で、騙されたと思って来てみた。よかった、ちゃんと会えて。」


 騙されたと思って…って。夏休みって八月三十一日まで、ですよね…?


「…平日のこんな時間…学校、授業中…じゃないんですか?」


 いきなりあたしが現実的なことを口にしたから、三人…彼女を含めて四人、顔を見合わせて苦笑い。言ってから気付くあたしもあたしだけど、四人とも、私服だ。稜星って…私服オッケーの学校じゃ…ないよね確か。


「気にしない気にしない。香居ちゃんのためなら、一日くらいどってことないよ。」


「でももしあたしがいなかったら…?」


「レストラン街でご飯でも食べて帰ったかなぁ?」


「それにさっき律が言ったけど、真咲の香居ちゃんに対する思いは、まぁやり方はどうであれ、ホンモノなんじゃないかなぁって思って。真咲にとって香居ちゃんは、この世で唯一の肉親だからね。おれたちに意味なくガセ掴ませるほど、真咲悪いヤツじゃないと思うし。」


 大石さんがそう言って笑う。なんて柔らかい表情…。真咲にあんなことされたのに、怒ってないの? 逸さんも律さんも…どうして怒らないの?


 あんまり全員穏やかに笑っているので、あたしはいたたまれなくなってきた。あの時も全身全霊で謝ったけど、またさらに深く深く、頭を下げていた。


「…本当に…ごめんなさい!!! あの子の…真咲のしたことを思うとごめんなさいなんかですむわけはないんですけど…っ、ごめんなさい!」


 もうこれ以上頭は下げれない。でも、こんなんじゃ足りない。


「…もういいんだってば、香居ちゃん。」


 優しい、逸さんの声。


「頭、上げようよ、ね?」


 これは律さんの声。と、ゆっくりとあたしの体を起こす、優しい腕。


 促されて顔を上げると、やっぱり皆さんは穏やかな表情。


「真咲はさ、そういうトコでそういう風に育てられたんだから…これからもそういうトコで生きていかなきゃなんだろうから…、こんな言葉で片付けたくはないけど、仕方ない、よね。」


「真咲のしたことは確かに許せない。でも、いつまでも怒ってても、ねぇ。何も生み出さないし。」


「それよりさ、真咲のおかげでこうして香居ちゃんと出会えた。そっちのほうが大きいよ。」


「たとえ演技だったとしても、真咲くんの表情って、優しかったよ。それって、ほんとに全く優しさのない人にできる表情じゃないと思うんだ。」


 大石さん、律さん、逸さん、そして綺麗な顔の彼女が、続けてあたしに言ってくれる。彼女、真咲のこと知ってるんだ。っていうか、全部知ってるのね。


 彼女のことをじいっと見ていると、あぁ、と彼女が肩をすくめた。


「ごめんなさい、自己紹介してなかった。沢見栄子といいます。この三人とは友達で…。虹香ちゃんとじゃなく、香居ちゃんと友達になりたくて、ついて来ちゃいました。」


「ごめん、来なくていいって言ったんだけど。」


「なによぅ律! あたしだって香居ちゃんと仲良くなりたいんだもん!」


「ただのミーハーだろ?」


「違うわよ! 虹香ちゃんとじゃなくって言ったでしょ!!!」


 律さんと言い合う栄子さん。なんか、漫才の掛け合いのように息ピッタリ。


 …あぁ、そうか。そういうこと、なんだ。


 納得したその時、あたしの乗るニューヨーク行きの便の搭乗を促すアナウンスが流れる。…でもまだもう少し、この人たちと一緒にいたい。


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