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#6 タガタメ (5)


 …頭が、ガンガンする。


 朦朧とした意識の中で、痛みの感覚がまず襲ってきた。


 えっと…、オレ、何してたんだっけ…。


 意識を手繰り寄せようとすると、余計頭が痛い。


 感覚があまりハッキリしないけど…う…ん、オレ、今…寝てる? 何処かに…横たわってる…硬いところじゃない…ベッドかソファか…そんな感覚。


 目を開けようとする。ここ…暗闇なのか…? ううん、多分…違う。…ただ、ひどい頭痛が伴って、目を開くことができない。


 五感が完全には戻らない、そんな状態で、扉か何かが開く音と、女の人…女の子なのかも…の声が聞こえた。


「…加藤さん? …!」


 どこかで聞いたことのあるような…でも頭が痛くて思い出せない…。とにかく、名前を呼んだ後に、驚いて息を飲む、そんなかすかな音がした。


 なんだろう。思った矢先、今度は男の人…というかこれはどっちかというと男の子っぽい声がする。


「久しぶり…やっと会えたね、香居。」


 この声も聞いたことがある…っていうか、これ…この冷たい氷のように刺さる声…いつも聞いてる声とは真逆だけど…この声、まさか…。


「…真、咲…」


 オレがまさかと思った声の主の名前を、さっきの女性の声がかすれた息のように呟いた。


 少しずつではあるけれど、頭痛が治まってくる。と同時に、だんだん思い出してきた。オレ…S駅前のスタバで、湯浅さんと会って…。その前に、何でスタバに? …あぁ、そうだ、真咲。…ってことは…この女性の声は、真咲のお姉さん…?


「ハッピーバースデイ。約束どおり、プレゼントを持ってきたよ。」


 真咲の声。ほんとに…真咲の声か? そう思うほど、いつもの穏やかで人懐っこい声とは正反対の、冷淡な声。


「…もう…やめてって…言ったじゃない…。」


 力ないお姉さんらしき女性の声。震えている…綺麗な声。この声…何処で聞いたんだっけ…。


 その声を無視するようにまた真咲の声。


「香居、ここ久しぶりなんじゃない? 懐かしいでしょ、かつての居場所。…もうここも僕のモノだけどね。…知ってた? 香居はまだ、“小林”の庭から、抜け出せてはいないんだよ。」


 くすくす…冷酷な笑い。


「どう…いう、こ、と?」


 震えたままの声。聞き取れるかどうかの、小さな声。


「…香居がここから今の所に移ったのも、今いる香居のポジションも、みぃんな“小林”の力によるものだってこと。」


 笑ったまま真咲が答える。


 …一体…どういう状況なんだ…? わけが、わからない。考えようとすると、治まってきた頭痛がぶり返すけど…好奇心のほうが勝ってくる。


 オレは再び目を開けようとする。が、やはり頭痛に襲われる。…だいぶ視覚以外の感覚は戻ってきた。…でもどおんと尋常じゃないだるさ…なんだ、これ。体を動かそうとしても、力が入らない。ていうか、コントロールできてない?


 やっとの思いで口を開いてみる。息ができた。なんとか、動く、か?


「あー…」


 声が出せた。ちょっとかすれて出にくい。喉が、カラカラすぎてイガイガする。


「真咲様、逸様がお目覚めのようです。」


 この声は…湯浅さんだな。オレの声に気づいたようだ。…近くにいるのか? 人の気配を感じる。


「ちょうどよかった。でもまだ具合悪いよね、きっと。」


 次になんとか目を薄く開くことができた。…うわ、眩しい…。蛍光灯の光? チカチカしてまた頭痛が…。


「手荒な真似をして申し訳ございません。もうしばらくすると頭痛もなくなりますから。急に動いたりせずに、しばらく横になっていたほうが…。今、お水をお持ちいたしますので。」


 湯浅さんの声がそう言って、オレから離れていく気配。なんなんだろ…一体…どういう状況に、オレはいるんだろう…。わけがわからない。混乱。


 ゆっくりと、目が慣れてくる。頭痛もましになってくる。最初に目に入ったのは天井。そして目を下ろすと、がらんとした事務所のような部屋…今は使われていないみたいで、家具っぽいものはない。かろうじてあるのは、オレが横たわっている三人がけの古ぼけたソファと、真咲が座っているこれまた古ぼけた肘掛つきのソファだけ。テーブルはない。床は今の時代には珍しく、板張りだ。あちこち磨り減っていて、廃校の教室のよう。窓の外はもう薄暗く、周りには林立するビル群。街のネオンがきらめきはじめている。ここだけ、何十年も前にタイムスリップしたみたいな部屋だ。


 まだボーっとする頭であれ、と疑問に思う。真咲はそこにいるんだけど…あの女性…お姉さんは? どこかで聞いたことのある綺麗な声の持ち主が、視界に入っていない。


 あぁ、首を動かせばいいんだ。オレは少し体を起こしてゆっくりと振り返る。


 …声の主は、真後ろにいた。


 息が、止まるかと思った。


 声、聞いたことがあるはずだ…。


 そこにいたのは…テレビでしか見たことがないけど、間違いない。見間違えるわけなんかない。


 …鞘根、虹香。ホンモノだ…。




 同じ頃、律と智史は志信から聞いた場所、喜多岡ビルの前にいた。


「…なんかすっごいレトロなビルだな…。」


「うん。昭和三十年代っぽいよな…。ほんとにここに、逸がいるのか?」


 周囲のビルとは明らかに違う、レトロと言えば聞こえは良いが、ビル…と言うには貧相なビル。両隣のビルに挟まれて、今にもつぶされそうだ。


 律は建物を見上げる。四階建ての、三階に灯りがついている。それ以外は暗い。もう使われていないのだろうか…。


「いるとしたら、三階だよな。」


 律が言うと、智史も頷く。建物の入口を覗き込み、ポストがあるのに気づく。


「三階…何だろう、何か書いてあって、後から消した跡がある。…読めないな…。」


「とにかく行くしかないだろ。」


 律はそう言って、建物へと入っていく。智史も後を追いかける。


 古い階段を登っていく。電気はついていない。ミシミシと嫌な音がする。まだそれほど真っ暗ってわけではないが、肝試しのようだ。


 三階にたどり着いた二人は、電気のついた部屋があるのに気づく。いるとしたらそこだ。律と智史は目配せをする。


「…でも、どうやって入るんだよ…。」


 智史が困惑しているのをよそに、律は躊躇することなく行動に出る。


 ドアの前まですたすたと歩いていって、大声を出した。


「こんにちはぁ〜! 宅配ピザでぇす!!!」





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