#6 タガタメ (4)
突然鳴り響く携帯の呼び出しのメロディ…鞘根虹香の“つきのかがみ”。律は、アイスの棒をくわえたまま、テーブルに置いてあった自分の携帯に手を伸ばす。
「はいはい…栄子?」
受話器を耳にして、ごろんとソファに横になる。テーブルを挟んだ向こうでは、由がピアノの練習をしている。
「…なに? 早口すぎてわかんね。もちょっとゆっくり…」
『逸くん今何処にいるかって聞いてるの!』
怒ったような栄子の声が、律の耳に突き刺さる。へ? 当然律はまだ状況を把握できていない。
「さぁ…、ウチにはまだ帰ってないみたいだけど?」
『逸くん、何者かにさらわれたかもしれない! S駅前のスタバで、男二人組に車に乗せられてた! 多分逸くんだと思うんだけど…携帯に電話しても、全然出ないし!』
「ハァ? なにそれ。」
『意識ないみたいな感じだった!』
矢継ぎ早にまくし立てる栄子の声に、律もさすがにこれはなんかあったに違いない…と思った。
「ちょっと待って…由、逸って、どこに行ってるか知ってる?」
律はとりあえず由にそう聞いてみる。と、由はピアノを弾く手を止めて、しばらく首を傾げてから言う。
「帰る時に、靴箱のところで智史くんと一緒にいたのは見たよ。そのあとは知らないけど…。」
律はさんきゅ、と短く由に言って、栄子との電話に戻る。
「とりあえず、智史に聞いてみるよ。なんかわかったら連絡する。」
通話を終え、アイスの棒をゴミ箱に投げ入れて、すぐさま律は智史に電話をする。
「もしもし、智史? お前、今逸と一緒にいる?」
『逸? …ううん、今は一緒じゃないけど?』
「今は? いつまで一緒だった?」
律が問い掛けると智史は考えて、素直に答える。
『一時間半くらい前まで? 逸、真咲から電話があって、なんか財布落としたみたいだから迎えに行ってくるって、地下鉄のT駅で別れたよ。…なに? なんかあったの?』
真咲からの電話で…? 律は首をかしげる。さっきの栄子の電話では、真咲のことは全く話に出ていない。逸は、真咲に会ったのか? それとも…?
「智史、今何処にいる?」
『家。』
「わかった。今からそっち行くから。行ってから、詳しく話す。」
律は手短に電話を切る。由が、そんな律の様子を不安げに見ていた。
「…いっちゃん、なにか、あったの?」
わけもわからずおろおろしている妹の頭を優しく撫でて、律は笑って見せる。
「…なんもないと思うけど? とりあえず智史のとこ行ってくるから、もし逸から連絡あったら電話して。あ、真咲から連絡あったりとか、帰ってきたりでも。」
そう言い残して、律は智史の家に走る。
「なんだかわかんないけど、とりあえず逸と真咲の携帯に掛けてみた。二人とも出なかったけど…。」
律が智史の家に着くと、智史がそう言いながら出迎えてくれた。やっぱり、なにかあったんだ。律は確信する。
徒歩で五分の道程をダッシュで三分でやってきた律は、苦しそうな息を整えてから、そのまま玄関先でようやく智史に事情を告げる。
「実はさ、…さっき栄子から電話があって…」
律の話を最後まで聞いて、智史は即座に思ったことを口にする。
「ゼロプロ…?」
「…って、あの名刺のヤツ?」
「うん、逸と別れる前、二人で紫さんに会いに行ってたんだ。ひょっとしてあの名刺の人知ってたりしないかなって…確率はゼロに近いと思ってたんだけど。」
智史は逸とKMミュージックプロダクツに行って掴んだ情報を律に聞かせる。
「…嘘…マジで? あの名刺のヤツ…鞘根虹香の…?」
「なんで逸に目をつけてんのかはわからないけど…女の子たち使ってあんなバイトさせて…逸の周りに女の子たちがいなくなったら、最後は逸に接触するのは間違いない。」
「でも…じゃあ真咲は? 真咲から電話があって、逸は行ったんだろ?」
うーん、と智史が渋い顔をする。律はまさか、とさらに眉をしかめる。
「…真咲は真咲で、遺産の関係で危ない目にあってたり…?」
律が最悪な想像をしたその瞬間、律の持っている携帯が鳴り響く。場違いか、そうでないのかわからないが、鞘根虹香の“つきのかがみ”。逸か? それとも真咲? 淡い期待を抱いて律は電話に出る。
「はい…あ、志信ちゃん?」
予想外の相手だった。
『律先輩、逸先輩って、今一緒ですか?!』
血相を変えていそうな電話の向こうの声…栄子の時と一緒だ。
「逸を、どっかで目撃したの?!」
なるべく冷静にとは思ったものの、語尾は荒々しくなってしまった。
『見たのはあたしじゃないんですけど…S駅前のスタバで、倒れたの運ばれてるの見たとか、S区のビルに、担ぎ込まれるの見たとか、そういう情報がいっぱいきてて…。例の、ストーカーの事件と絡んでるんじゃないかと思って…!』
「S区のビル?! …詳しくビルの名前とか位置とか、わかる?」
律が尋ねると、受話器の向こうで志信はすぐに答える。
『S区の…環状線沿いの、喜多岡ビルっていう所らしいです!』
「ありがと! またなんかわかったら連絡して! あ、志信ちゃん、真咲は? 真咲はどっかで見なかった?」
『…小林くん? 小林くんは…わかんないです。小林くんも、なんかあったんですか?!』
「いや、いい。ありがとね!」
律は電話を切って智史と顔を見あわせる。S区、環状線沿い、喜多岡ビル。
「とにかく急げ!!!」
二人同時に、家を飛び出す。