#6 タガタメ (2)
「…相変わらず嘘八百上手いな。」
KMミュージックプロダクツのビルを出て、最寄の地下鉄の駅まで歩き出した時、智史がポツリと呟くように言った。
「だってさぁ…ついクセで…。」
ぺろっと舌を出しておどけてみせるが、改めて言い直す。
「…じゃなくて。紫さんにあんま変な心配させたくないじゃん。智史のストーカーからの手紙の件でだってメーワクかけちゃってるし…。」
もうこれ以上誰かを巻き込みたくない。それが本音。
「そうだな。」
智史が頷く。やっぱ、即座にオレの気持ちをわかってくれている。さすがは十年以上の付き合いだ。律の次に長い付き合いだからなぁ。
「…でもますますわけわかんないよな…。この人、マジでゼロプロに存在してる人ってだけじゃなくて…鞘根虹香のお付きの人だなんてさ。」
大きな溜息をついてオレは空を見上げる。夏らしい、綺麗な青空。夕方とはいえ容赦ない太陽の光に照らされた入道雲が眩しすぎる。
「逸、まさか鞘根虹香と知り合い…?」
「んなわけねぇだろ。もしそうだったら自慢しまくってる。」
「…だよな。」
手にした糸口、切れないようにそおっと手繰り寄せてはみたものの、なんか別の謎をどんどん引き寄せている…。しかもその先で複雑に絡みあっているような…。
二人してお手上げ、と肩を落としてしばらく無言で歩いてた時だった。
ブブブブ、ブブブブ…と制服の胸ポケットが震え出す。お、携帯が鳴ってる。
「誰だろ。」
ポケットから携帯を取り出して表示を見る。
「…真咲?」
何だろう…と思ってふとこの前の様子がおかしかった真咲のことを思い出す。あの時の真咲の表情…なんか、嫌な胸騒ぎがする。
「もしもし?」
もちろん平静を保って電話に出る。嫌な胸騒ぎなんて気のせいかもしれないし…。
『逸さん? 今、お話しても大丈夫ですか?』
ちょっと慌てているような…興奮しているような…そんな真咲の声が耳に届く。まぁでも、別にとりたてていつもと違う感じはしない。
「あぁ、いいよ。どうかした?」
とりあえずオレはその場で立ち止まる。智史もオレの横で止まって、真咲とオレの会話を待つ。
『あの…今、一人ですか? 何処にいますか?』
「いや、智史と一緒だけど。地下鉄の…K駅の近く。」
オレがそう言うと受話器の向こうが少し静かになる。ほんの数秒黙ったあと、真咲が続ける。
『…智史さんには内緒で…今からS駅前のスタバまで来れますか?』
「え?」
聞き返す。智史には内緒で…って?
すると真咲はもう少し具体的に話し始める。
『先日…逸さんに僕、姉の話をしたじゃないですか。その…姉のことで、折り入って相談があるんですけど…。姉のことを知っているのは逸さんだけなので…。』
真咲のお姉さん…。もちろん覚えている。絶対美少女だもん。確か三年前に失踪したって言ってたっけ…。あ、もしかして見つかったのか?!
頭の中で真咲を女の子にしてみる…おおぉ! 間違いなく可愛い!!! 鞘根虹香似の、おめめパッチリ美少女!!! あ、もしオレより年上だったとしても、全然問題ないっしょ。美少女が美女に変わるだけだ。
…このオレが行かずにいられるわけがない。二つ返事で了解したいところだが、ここは智史の目もあるので普通に応対する。
「わかった。じゃ、今から向かうから。」
真咲のありがとうございますって声を聞いてから、オレは携帯を切る。さて問題はこれからだ。今からどうやって智史に内緒でS駅前のスタバまで行こうか。
「…真咲? なんかあったの?」
案の定智史がオレに問う。…そーだ。こういう時の嘘八百だ。
「んー、なんか財布落としたみたいでさ。迎えに行ってくるわ。」
「おれも行こうか?」
「あー、いいいい。けっこう遠いし。」
なんだかんだで誤魔化して、とりあえず地下鉄に乗る。智史とは途中まで一緒だったけど、乗り換えのため一人になることができた。
一人になって、また頭の中で真咲のお姉さんを想像して、にやついてしまう。…電車の中で一人でにやけてたらちょっとおかしー人だよな。いかんいかん。それに今から会えるとは限らないんだった。