#5 クワダテ (5)
気が気じゃなかった。犯人、絶対許さないと思った。絶対逃がさない!
誰より早く律の元に飛んでいくと、階段の下に、律が、…律と、もう一人女の子が、倒れていた。
「律!」
オレが叫んで降りていくと、律は苦笑いでオレに応える。…よかった。無事だった。
智史と栄子ちゃんもすぐオレのあと駆けつける。
「…犯人、捕まえた。」
律がそう言って手を上げると、一緒に倒れていた女の子の腕も一緒についてきた。律が、その子の腕を、しっかりと掴んでいた。
「逸が叫んだから、振り返って、オレを押そうとしていたこの子の腕を咄嗟に掴んだんだ。絶対離すもんか、ってね。」
にやり、と笑う律。階段を落ちた衝撃でカツラ取れちゃってるよ…。女の子らしいキャミワンピのその格好にその不敵な笑みは不似合いだけど…律らしいというか、化粧してはいるけれど、いつもの、自然な律。やっぱりこっちのほうがいい。
「…大丈夫? 犯人さん。」
栄子ちゃんが彼女に問い掛ける。逃げようとする彼女の腕を、律はぐぐいとひっぱって、離さない。
「諦めて話聞かせてくれないかなぁ?」
智史が言っても、彼女はうつむいたまま。…ここはオレの出番か。
「今までの犯行も、全部キミの仕業?」
オレが問うと、やっと顔を上げてくれた。やっぱり腐っても(失礼だな)オレのファンだもんなぁ。オレの声には反応するよなぁ…。
って、その子は見たこともない女の子だった。あれ?
「…オレのファン…?」
オレの顔を見てもきょとん、としている彼女。この子…オレのファン…じゃない?
一瞬わけわかんなくって混乱したけど、オレのファンじゃないにしろ、律を階段から突き飛ばそうとしたのは事実だ。
「…なんで、こんなことすんの?」
オレが尋ねてじいいっと彼女の目を見つめると、彼女はふい、と目を逸らして短く溜息をついた。…観念したかのように。
「…とりあえず、ここじゃなんだから、場所、移動しよう。」
栄子ちゃんが提案してくれる。確かに、この人通りの多い駅の構内で、わぁわぁやってるのは他の人たちに迷惑だ。
「確かここ、駅前にガストあったよね。」
智史のこのひとことで、ガストに移動することに決定。
律が彼女の腕を掴んだまま立ち上がる。と、彼女がやっと声を出す。
「…逃げないから、離してくんない?」
「あ、ゴメン。」
律も素直に手を離す。
彼女を含めて五人でガストに到着。店内はオレたちと同じくらいの学生で賑わっている。窓際の大きなテーブルが空いていたのでよかった。そこに座ると同時に、栄子ちゃんと律がメニューを見始める。
「あたしベルギーショコラ生クリーム添えとドリンクバーね。」
「えぇっとじゃあオレはチーズケーキストロベリーソース掛けとドリンクバー。」
「あ、律それ半分こしない? チーズケーキも気になってたんだ。」
「しゃぁねぇな…。いいよ、半分ずつ。」
今までの流れを無視したかのように二人はそんなことを言っている。…捕まえた彼女も唖然としてるんですけど…。
「…あ、あなたも好きなもの頼んじゃいなさいよ。逸くんのおごりなんだから。」
栄子ちゃんが彼女にそう言う。…えぇ? いつからオレのおごりになってんの?
「あ、逸のおごりなんだ。じゃあおれもチョコバナナパフェとか頼んじゃおうかなぁ…。」
智史まで?!
「…わぁったよ。いいよ。全部おごっちゃる!!!」
ヤケクソで叫んでやる。犯人確保に協力してもらったっていえばその通りだし、お礼にということなら、まぁよかろう。
わぁい、と一同拍手して喜ぶ。…こいつら…最初からそのつもりだったなっ。
「…じゃあ晩御飯とかも喰っちゃう?」
律が調子に乗って言い放つ。
「そこまでは面倒見切れん!!! デザートまでっっ!!!」
…ちゅーわけで五人分のデザートとドリンクバーを注文し、わぁわぁバカ言ってても先に進まないので、早速本題に入る。
「…で、なんで律の背中押したの? 今までの女の子たちへの嫌がらせも、全部関与してるの?」
できるだけ優しく尋ねる。彼女のやったことは許せないけど…逆上しても真実にはたどりつけない。非難するんじゃなくて、止めてもらうのが本意だし。
すると彼女はゆっくりと口を開く。
「…最近流行りの、いいバイトなんだよね…。」
「バイト?」
意外な答えに驚きつつ、うつむいてる彼女の顔を覗き込む。何度見てもその辺にいるフツーの女子高生。
彼女は続ける。
「…バイトってか…ゲーム? ケータイにメールで画像送られてきて、そのターゲット捜して見つけて“指令”に従えば、一回成功につき一万円。」
「…なにそれ。」
想像すらしていなかった答えにオレたちは全員絶句。
「けっこうここ二・三日は“指令”メール来てなかったんで、そんなオイシイ話もう終わったんかなって思ってたんだけど…今日久しぶりに来て、見てたらそこにターゲットがいたから…。」
ターゲット。そう言って彼女は律を見る。
「…それって…誰からメールが来るの?」
智史が彼女に尋ねる。と、彼女は一枚の名刺をポーチから取り出した。
「ちょっと前に友達とゲーセンふらふらしてたらこの人が寄ってきて、いいバイトあるからやんない?って。最初はなんかヤバそうって思ったんだけど、“ウリ”ってわけじゃないし、まぁヤバくなったらやめりゃいいしって…。」
名刺はいたって普通の会社の名刺っぽい。
…ZEROPROJECT 加藤達弘。
そう書かれていて、右下には顔写真。何処にでもあるような、シンプルなものだ。写真の顔はちょっと軽薄そうな感じの、二十代後半くらいの男。
「ZEROPROJECTって…聞いたことある…。どこで、聞いたんだっけ…。」
智史が呟く。必死に、記憶の糸を手繰り寄せているようだ。
「これって、ちゃんとお金もらえんの? そういう信用はあんの?」
律が彼女に問うと、彼女は頷く。
「アタシは一回もターゲット見つけられてなかった…今回が初めてだったからお金はもらったことないけど、友達は二・三万稼いだって言ってた。メールで銀行の口座番号聞かれて送ったら、けっこうすぐに振込みあったらしいよ。」
「思い出した。」
彼女が言い終わるか終わらないかのタイミングで智史が声を上げる。
「ZEROPROJECT…ゼロプロっていったら、鞘根虹香の所属事務所だ。」
「鞘根虹香? じゃあ、音楽事務所?」
「…いや、芸能全般…だったと思う。かなり大きい組織だよ。」
…なんでそんな芸能の大きい会社が、オレの周りの女の子を狙ってんだ…? ますますわけがわからない。はっ、まさかオレをスカウトするために、周りの女の子退けてから…ってまわりくど過ぎるよなぁ…。それだったら直でオレに声掛けりゃいいんだし。
…わけはわからないけど、でも、ひとつだけわかることは。
「…なんにしても、関わらないほうがいいよ。充分犯罪になるわけだし。」
オレは彼女にそう言う。と、栄子ちゃんもたった今運ばれてきたベルギーショコラにフォークを刺しながら、言った。
「今は“ウリ”と関係なくても、そのうちなんかさせられるよ。芸能会社でしょ? 素人とか、好きそうじゃない。」
「あぁ、そーいうビデオとか?」
律がつけ足す。なるほど、ありがち。
「…この名刺、もらっていい? ほんとにゼロプロにこの人が存在するかどうかも気になるし…君にはもう必要ないわけだし。」
智史が名刺をひらつかせて彼女に問う。彼女はさっきの栄子ちゃんと律の台詞を気にしたのか、大急ぎで頷いてみせる。よかった、この子、根が素直な子で。
…本当の解決にはまだほど遠いけど、とりあえず糸口が見つかったような気もする。…全員のオーダーも全て運ばれてきたことだし…。
「じゃ、まぁとりあえず解決ってことで、あとはデザート楽しみますかっ。」
オレはいち早くドリンクバーへと駆け寄っていく。