#5 クワダテ (2)
「あ〜、早く明日の放課後にならないかなぁ。」
その日の夜、オレはワクワクしながら明日を待つ。志信ちゃんと比呂美ちゃん、うまく噂を流してくれたかなぁ…。あぁ楽しみだっ。
いつも楽しみに見ているテレビの歌番組も、今日はあまり見てる気がしない。今日は鞘根虹香もDiana To Moonも出るってのに。
…昨日とはあまりにテンションが違いすぎるので、律も由も、半ばあきれ返っている。真咲は…あれ、そういえばいない。また、湯浅さんと電話かなぁ。
「なぁ律、明日のおとり役の女の子って、どんな子か知ってる? 可愛いかなぁ? 可愛いといいなぁ…ってか女の子はみんな可愛いけどねっ。」
はぁう、と律は大きなため息で返してくれる。
「…多分、オレの知らない栄子の友達なんだろうなぁ…。オレには見当もつかないから。…てかなんかいやーな感じがするのは気のせいだろか…。」
オレと違ってなんか律のテンションは低め。何でだろ。まぁいいけど。
「あ。次、虹香ちゃん出るよ。真咲くん呼んできてあげよっか。」
テレビを見ながら由が言う。CM挟んで次は真咲の好きな鞘根虹香。オレも好きだけど。
「よーし、オレ呼んできてやるよ。」
オレは立ち上がって居間を出る。るんたった、階段を昇る足も軽い。
“つきのかがみ”を鼻歌で歌いながら、真咲の部屋に近づく。…話し声が聞こえる。あ、やっぱり湯浅さんと電話中かな…?
そう思って開いているドアを覗こうとしたその瞬間。
「…今更なに言ってんの? 駄目だよ。駄目に決まってるじゃない。」
え?
耳を、疑った。…真咲の声、だよな?
…真咲の声。でも…オレが知ってる真咲の口調とは、明らかに違う。声を荒げているわけではないけど、冷たい…氷の針のような、冷酷な声…。いつも聞いている、あの人懐っこい真咲の声とは、まるで真逆…。
「今更そんなこと言わないでよ。じゃあ、切るよ。」
その冷酷な声が一方的に電話を切る。相手は…湯浅さん? 真咲と湯浅さんは…まぁ言ってみれば主従関係だから…真咲がそういう口調でも別におかしくないのかもしれない。でも…。
違和感が、ありすぎる。
しばらく廊下で突っ立っていた。と、真咲が部屋から出てきた。
「っっ逸さん! こんなところでなにを?」
「あっ…あぁ、いっ、今からテレビに鞘根虹香が出るからさ、真咲呼びに来たんだ。」
平常心を心がけて、立ち聞きしてたことを真咲に悟られないように言う。…バレて、ないよな。
「あ、ありがとうございます。トイレ行ってから行きますね。」
真咲はいつもどおりの声でにっこりオレに笑いかける。…いつのどおり、の真咲だ。
…オレの気のせい…?
いや、でも確かに聞いたのは、冷たい声。真咲の…声。
腑に落ちない気持ちを抱きつつ、オレは居間に戻る。CM明けて、既に鞘根虹香はトークを終え、歌のイントロが流れていた。
「どした? さっきよりテンション落ちてない?」
律が戻ってきたオレに気付いて問う。
「ん、そんなことねぇよ。トーク間に合わなかったからさ。」
ちっ、と冗談混じりに舌打ちをしてみせる。
テレビの画面には青白く光るスポットライトの中に立つ鞘根虹香。ライトと同じように青白いドレス…まるで本当に月の妖精みたいで…今日も可愛いなぁやっぱり。
『それはそれは このうえなくまるいつき
あわくしろく ふたりをてらす
さよならなんて そんなことばは
せいなるひかりに じょうかされてく
たとえたとえ てんとちほどとおくても
いつかきっと ふたりはであう
つきのみちかけ くりかえすたび
せいなるひかりに みちびかれてく
つきのかがみ
あなたのすがた うつして
とおくにいても わかるように
つきのかがみ
わたしのすがた てらして
あなたをすぐに さがせるように…』
しっとりした静かな旋律に、透き通るような歌声。可愛いだけじゃなく、歌も抜群に上手いから、アイドル好きの男たちだけでなく、女の子たちの人気もある。プロフィールが一切公表されていないのも、ミステリアスな魅力なのかも。
…間奏が流れてサビの部分の繰り返しの時にようやく真咲が居間に現れた。さっきの冷たい真咲が気になって、テレビの画面を見つつ横目で真咲を視野に入れる。
…目を疑う。思わず、二度見してしまった。
真咲の表情。おおよそ、鞘根虹香のファンだとは思えないような…硬い表情。眉間にしわを寄せて、画面の鞘根虹香を凝視している。
さっきの冷淡な真咲の声が蘇る。…一体、あの電話で何があったんだ…?
オレが見つめていることに真咲が気付く。途端に、いつもの柔和な表情に変わる。にっこり、オレに微笑みかける。思わずその笑顔につられて、微笑み返すけど…オレ、変に思われてないか? 大丈夫か?
「逸?」
オレの様子に気付いた律が不思議そうな顔をする。律にもオレは微笑み返す。まるで、微笑むことで今見たことを頭から消去するかのように。
真咲…一体?