#4 マチブセ (5)
「聞きましたよ逸さん。逸さんのファンの子たち、狙われてるんですって?」
家に帰るやいなや、玄関先まで真咲が走ってきてオレに問う。大きな目が心配そうに曇ってる。情報早いなぁ…噂って怖い…。…じゃなかった。真咲は志信ちゃんたちと同じクラスだった。
「…智史のストーカーが解決したと思ったらコレだよ…。勘弁してくれ、って感じ。」
はぁう、大きなため息をつきながら靴を脱ぐ。
「もうすぐ夏休みだっていうのに、当分女の子たちと遊べないよ…。あ、真咲も私服ん時はオレと一緒に歩かないほうがいいかも。」
「え、何でですか? 僕女の子じゃないし…。」
「いや、私服なら女の子に間違われるよ、絶対。」
あんまり真咲が深刻な顔してたんで、からかってみる。すると真咲の表情が緩んでぷう、と膨れっ面になる。それを見てオレは笑ってみせる。…真咲は他に大変な問題抱えてるんだから、オレのことで余計な心配はかけさせたくない。よかった、とりあえず笑顔に戻った。
二人揃って居間に向かおうとすると、真咲の携帯が鳴る。
「あ、すみません。」
そう言ってオレに謝って真咲は階段を昇って自分の部屋に向かった。…湯浅さんからかな。最近、けっこう連絡多いみたい。遺産相続、もめてんのかな。
一人で居間に入ると、律が先に帰ってきていた。
「おう、おかえり。」
ソファからオレに向かって何かを投げた。とっさに両手で掴み取ると、キンキンに冷えた缶コーヒーだった。しかも新発売でオレがまだ飲んでないヤツ。
「さんきゅ。」
…律なりの気の遣い方。微笑んでみせると、同じ表情が返ってきた。
「…志信ちゃんたちから、あれからメールあった?」
オレが鞄を置いて律の横に座って缶コーヒーを飲み始めると、律が尋ねる。
あれから…。昼休み以降、何件か志信ちゃんと比呂美ちゃんからメールは入ってきている。ポケットから携帯を取り出してみると、二人から合計十件をゆうに越えるメールが届いていた。
「未読メールばっかじゃん。」
横から携帯を覗き込んだ律が言う。そうなんだよな…一・二件目を通したけど、なんか犯人がすごい卑劣で腹が立ってくるので、残りはまだ見てなかったんだ。
「だってさ…。なんか、見たくなくなってきて。」
「どれどれ。」
コーヒーを飲み干してうなだれると、律がオレから携帯を取り上げて、オレの代わりにメールを見る。…しばらくメールを読んでみて、律はうーん…と唸る。
「…確かに、やり過ぎ…ってか、度を越してる。平気で犯罪じゃないのか、コレ。」
そう言って、オレに携帯を返す。
…律の言う通り、犯罪だと思う。後ろから突き飛ばしたり制服汚したり、自転車パンクさせたり…。しかも誰も目撃者がいない。満員電車の中とか、人込みとか、人の目につきにくいトコでの犯行。…誰かが一人、それを見て笑っている。女のコはみんな可愛くて好きだけど…そんな女にオレは好かれたくない。許せない。
しばらく二人、そのまま黙ってしまった。
…犯人を捕まえて、オレが説得したら、どうにかなるんだろうか? オレのファンの子なら…オレが迷惑してるて言ったら、止めてもらえないだろうか…?
そのとき突然音楽が鳴った。携帯の着メロ…鞘根虹香の“つきのかがみ”。一瞬オレの携帯かと思ったけど、今手に持っている携帯からの音ではない。
「あ、栄子からだ。」
律の携帯だったらしい。…紛らわしいなぁ。
「お前着メロ“つきのかがみ”? オレと一緒じゃん。変えろよ。」
「やだよ。…あ、もしもし?」
短く否定してから、律は電話に出る。栄子ちゃんから? なんだろ。ちょっと気にはなったけど、オレはまだ見てなかったメールを見てみることにする。
…見れば見るほど、嫌悪感。気分悪い。
はぁ…と大きくため息をついてソファにどかっと腰を下ろす。窓から入ってくる日差しがオレンジ色に輝いている。オレの心とはウラハラに、綺麗な夕焼けだなぁ…。
何となく壁掛け時計を見てみる。午後六時ちょい前だ。
…時間を確認して、はた、と気付く。…あれ、そういえば、由は?
今日はピアノのレッスンの日のはずだけど…いつもこの時間なら、どんなに遅くても家に帰ってきているはずの由が、今日はいない。
…変な胸騒ぎ。携帯を、じっと見るめる。…ま、さか?
ちょうど栄子ちゃんとの電話を終えた律が、オレの表情に気付く。
「…どうかしたか?」
「…由。今日、帰り遅くないか?」
オレが携帯を見つめたまま問うと、律は壁掛け時計を見上げる。
「そう言われてみれば…ちょっと、遅い、か?」
オレと律、同じ表情で顔を見合わせる。考えていることは恐らく同じ。…できれば外れていて欲しい考え…。
…まさか…、由も?




