#4 マチブセ (4)
「どうしたの志信ちゃん比呂美ちゃん、そんなに慌てて…。」
オレの代わりにきょとんとした表情で律が問う。志信ちゃんと比呂美ちゃんはどこから走ってきたのか、苦しそうに顔を歪めながらかなり激しく荒れていた息を整えて、細切れに話し始める。
「逸先輩…、昨日、…理奈たちと…カラオケ…行き、ました?」
志信ちゃんの台詞を頭の中でもう一度繰り返す。そうしないと今のオレのボーっとした頭は反応してくれない。…昨日…? 理奈ちゃんたち…、カラオケ…?
志信ちゃんと比呂美ちゃん、そして律、智史、栄子ちゃんがオレに注目。オレが口を開くまで…昨日の記憶をひっぱり出すまで、三十秒ほどかかった。
「…行った、けど?」
うん、確かに行った。理奈ちゃんと聖子ちゃんとのぞみちゃんと…三人連れてカラオケ行ったのは間違いない。でも、それが? なんで志信ちゃんたちが血相変えて飛んできてるわけ?
わけわかんない顔…オレだけじゃなく、律も、智史と栄子ちゃんも。みんな疑問顔で、だいぶ普通の呼吸に戻ってきた二人を見る。二人はやっぱり…と言わんばかりに頷きあってる。
代表して話し始めたのは比呂美ちゃんだ。
「昨日理奈たち、逸先輩と別れた後…それぞれ襲われてるんです。」
「襲われてる…って?」
「はい。三人ばらばらになった後みたいなんですけど…、理奈は駅のホームから突き落とされて、聖子は別の駅の階段で突き落とされて、のぞみは信号待ちしてた時に押されて道路に…。幸い三人とも怪我はすり傷程度で、軽かったらしいですけど…。」
「他にも、最近逸先輩と遊んだ帰りにそういう被害に遭ってる子がいて…。噂では、後ろからカッターで切りつけられたりとかした子もいるって…。誰が犯人かはわからないんですけど、恐らく逸先輩のファンの一人かと…。」
「犯人の姿を誰も見てないから、逸先輩が好きで亡くなった女の子の霊の仕業だって言ってる子たちもいます。」
比呂美ちゃんと志信ちゃんが交互に話をする。話を聞いていて、何となくわかってきた。最近人気が落ちてきたと思った理由は…。
「…つまり、逸と遊ぶと襲われる、ってことか。それで女の子たちが逸のことを避け始めた、と。」
オレが思ったことを智史が綺麗にまとめてくれた。
「じゃ、逸の人気が落ちてきたからじゃないんだ。よかったじゃん。」
律がオレの肩をたたく。よかったじゃん…よかった、か? まぁオレがなんかしたから、ってわけじゃなさそうだけど…。
「逸くんのストーカーってわけね…。独り占めしたいから、他の女の子を攻撃してる…。」
栄子ちゃんがそう言うと、志信ちゃんと比呂美ちゃんが頷く。
「他校の子たちからも情報集めてみます。…いつ直接犯人が先輩に近づいてくるかわからないんで、気をつけてくださいね。」
「でも、情報集めてみるって志信ちゃん…」
律がちょっと心配そうに志信ちゃん、そして比呂美ちゃんを見る。律の思いはオレにもわかる…ってかオレも同じだ。そんなことしてたら、志信ちゃんたちも狙われるんじゃないか? 話を聞いてるとそのストーカー、かなり危険だぞ…。
「あたしたち、逸先輩のファンクラブの代表なんです。ウチの学校だけじゃなく、他校のファンクラブも仕切ってますから、情報はかなり入ってくるんです。」
「それに逸先輩ファンクラブの間には…ううんファンクラブの会員じゃなくても、逸先輩を独り占めしない、逸先輩は公共のモノ、っていう暗黙の掟があるんです。それを破るなんて…ファンクラブの代表者として、許せません!」
…知らなかった。そんなファンクラブがあることも、暗黙の掟(えらく大袈裟だな…)があることも。なんかオレってすごい…? いや、すごいのは志信ちゃんと比呂美ちゃん…? ウチの学校だけじゃなく、他校も仕切ってるなんて、ただのきゃるんと可愛い中学生じゃなく…見かけによらずかなりオオモノ…?
「…わかった。じゃあ、二人には情報集め、お願いしようよ。」
智史が静かに言った。え、でもそれじゃ二人が危なくないか…?
オレが智史を見る。と、同じ表情で律も智史を見ていた。鏡のように、眉をひそめて、智史の次の台詞を待つ。
「情報集めて、動くのはおれたちだ。おれや栄子ちゃんの時とは違う。もう既に先制攻撃されてるんだ。こっちから動いたっていいだろ?」
…いつもは温和な智史。でも本気になると、怖いんだよな…。
でも基本的にはオレも智史の言い分には賛成。このまま黙って見ているわけにはいかない。オレのファンなら…オレがどうにかしなきゃ。ファンの子たちを、危険な目になんか遭わせるわけにはいかない。
「智史の言う通りだ。オレのファンは、オレが守る。」