#0 プロローグ (2)
月から目を逸らして短く溜息をつく。電車は、次の駅に到着したところだ。
別に誰かを捜すわけではないけれど、なんとなく乗ってくる人を、いつものように、見ていた。
…その時だった。
乗ってきたのは五、六人の女子高生。…どこの制服だっけ、近くの私立高校かな。よく見かける制服。そしてその女の子たちに囲まれた、同じ制服の、男子高校生が一人。その男の人の顔を見た瞬間、あたしはその人に釘付けになる。
…記憶の引き出しが開く。そこから、蘇る、思い出。
五年前に、一度会っただけ…たった一度、会っただけの、名前も知らない男の子。だけどはっきりと思い出せる。今の今まで忘れていたのに、彼を見た途端に、鮮明に思い出した。
…五年前、あの日も、空には今日と同じような丸い月が浮かんでいた。
『この世にいらないものなんて、ないんだよ、きっと。』
そういって月を見上げでいた、端正な横顔。夜だったけど、月明かりに照らされてよく見えた。自分を壊そうともがいていたあたしを、その言葉とその凛とした表情が浄化してくれた。…あの日の月の光だけは、そういえば優しかった気がする。
…どうして今まで忘れていたんだろう。彼は、あたしの命の恩人だったのに。
彼と、彼を取り巻く女の子たちは、閉まった扉の近くで賑やかに盛り上がっている。話の内容まではあたしのところまでは聞こえない。ちょっと離れてるし、電車が動き出して、ガタゴトと音を立てているせいもあるかもしれない。
彼はあの日より少し大人っぽくなった優しい笑顔をふりまいて、楽しそうに話している。それを受けて笑う彼女たち、またそれを見て楽しそうに話し出す彼…。
見ていて、だんだんあたしの中に沸いてくる不快感。…どの女の子も、たいして可愛いわけじゃない。あたしのほうが、ずっと彼には似合ってるわ。そんなことを考えてしまっている。自分でも、わかってる。馬鹿馬鹿しいけど、その女の子たちに、はっきり言って嫉妬している。嫉妬してしまっている、あたし。
じっと見ていたら、…びっくりした。あたしの視線に気付いたのか、彼と目が合ってしまった。慌てて逸らしたけど…よく考えたら、今のあたしのこの格好じゃ、あたしだってバレるはずがないんだっ
た。そもそも彼は、あたしのことを覚えていないかもしれない…。
…今のこの格好のあたしじゃ、気付かれない。だけど…今彼の周りにいる女の子たちに取って代わって、彼の隣というポジションを奪い取る自信は、ある。
…そう、あの頃のあたしじゃなく、今この格好をしているあたしでもなく、今の、本当のあたしなら。




