#3 ヒトカゲ (4)
わぁわぁ律と喧嘩しながら、真咲と家を出たのは既に待ち合わせ時間の二十分前。ここから駅まで十分で…電車すぐ来てくれればなんとか間に合う、ってとこか。ビミョーだな。
ま、真咲が一緒なので駅までダッシュ…ってわけにもいかないし、せっかくシャワー浴びてスッキリしたのに、走って早々に汗かきたくない。ので、何故か女の子ペースの真咲の歩調に合わせて、ゆっくりめに歩いている。
「智史さんて、彼女いないって言ってたじゃないですか。」
オレが無言で歩いていたからか、突然真咲が話し始める。
「うん。間違いないよ、それは。」
「…でも、好きな人はいたりするんですかね?」
真咲がオレの顔を見上げる。ちょこっと首を傾げて…う〜ん、女の子だったら、なんて可愛い仕草。失踪した姉、どこにいるんだっ。
「…逸さん?」
あぁ、いかんいかん、いらんこと考えてしまった。反省して、真咲の問いに答える。
「う〜ん…それも聞いたことないなぁ。ほんとにあいつ、そういうことには疎いんだ。」
「あ、でも…そういえば逸さん、昨日智史さんに“ちさちゃん”って名前言ってましたよね…?」
ちさちゃん…多分それはCHISAちゃんのことだろう…。昨日言ってた覚えはあんまりなかったけど、よくそれで智史をからかっているので、きっと昨日も真咲の前で言ってたんだろう。真咲、記憶力いいなぁ。
「“ちさちゃん”て、智史さんの好きな人じゃないんですか?」
また真咲がオレの顔を見上げて問い掛ける。あんまりその表情が可愛いので、思わず笑ってしまった。ほんとに…女の子みたいに、智史のこと好きなんだなぁ真咲は。ちょっとそれってヤバイ感じもするけど、まぁきっと純粋に憧れなんだろう。うん、そう思っておいたほうがいい気がする。てーかきっとそうだ。
オレはCHISAちゃんのネタばらしを始める。
「CHISAちゃんてのは、真咲、Diana To Moonって知ってる?」
「…“Take it easy”とか歌ってる…」
「そうそう。そのDiana To Moonの、ヴォーカルのCHISAちゃんだよ。…今から話すことは智史曰く内緒なんだけど、CHISAちゃんは、短かったけど稜星の生徒だったんだって。残念ながら当時オレは知らなかったんだけど、智史とCHISAちゃんは同じクラスでさ。…詳しいことは智史が話してくれないからわからないけど、智史は当時のCHISAちゃんの歌声に感動して、音楽関係の仕事をしている智史の叔母さんに紹介した。…それがCHISAちゃんのデビューのきっかけ。」
智史とCHISAちゃんの関係について、オレが知っているのはほんとにそのくらい。CHISAちゃんが智史の叔母、紫さんをマネージャーとするDiana To Moonのヴォーカルの一人としてデビューして二年、ちょくちょく智史はその事務所…KMミュージックプロダクツに顔を出したりしているので、からかっているだけ。ひょっとしたらもう一人のヴォーカルのSHIYAちゃん狙いだったりするのかもしれないけど、とりあえずCHISAちゃんの話題を出すと智史が大急ぎで否定するのでおもしろくって。
「そうだったんですか…。それで、智史さんはDiana To MoonのCHISAのこと…あ、智史さんが恩人ってことは逆でしょうか? CHISAが智史さんのこと…?」
「さぁね。わかんないけど、たまに事務所行ったりしてるのは事実だよ。一昨日だってさぁ、一人でライヴ行ったりしてさ。ずるいったら。」
ぶーぶー言ってるうちに駅に到着。切符買ったりして、とりあえず智史とCHISAちゃんの話題はそこで終わった。電車に乗る頃には、もう違う話題になっていた。