#3 ヒトカゲ (2)
「実は、さぁ。」
智史が口を濁しているので代わりにオレが言ってやる。
「智史ストーカーされてるみたいなんだってさ。まったくナンバー1のオレをさしおいて…生意気じゃね?」
「ストーカー…?」
律と栄子ちゃんがハモる。オレはピンクの封筒をひらひらさせる。
「昨日の帰りに、なんか視線が気になってさ…。その時は真咲も一緒だったし、ほら、真咲遺産問題抱えてるって言ってたから真咲のほうが気がかりだったんだけど、逸に気のせいだって言われて…。で、今朝、朝刊取りに行ったらこの手紙入ってて…。」
智史がぽそぽそと話し始める。オレはその手紙を律に手渡す。律が中の便箋を広げると、栄子ちゃんも覗き込む。
「…これだけ?」
律が問うと、智史が頷く。栄子ちゃんは目を上げた律から便箋と封筒を取り上げ、じっくりと見ている。
「…直接家に来てるのね…あたしと同じだわ…。でも、あたしと違うのは…これ、手書きよね。あたし宛てにきてるのは、パソコンで印字されたものなのよね…。」
「さすが、経験者。」
律がぱちぱち、と拍手をする。栄子ちゃんが律をにらむ。
「ま、そんな冗談はさておき。手書きってことは、筆跡で人物特定できるってこと?」
「逸女の子からたくさん手紙もらってるよね、わかんない?」
律の台詞を受けて智史がまた無茶を言う。…わかんねーよっ。
「…だいたいオレに手紙くれるのはオレのファンじゃん…。このコは智史のファンだろ。オレに手紙くれてるわけないし、そもそも筆跡なんか見ただけでわかるかよ。」
「ごめんね、余計なこと言った。」
栄子ちゃんのせいじゃないのに、栄子ちゃんが謝りながら着席する。同じく律もその隣に座る。立ち話には長くなりそうだし、弁当食べながらの話にしたほうがよさそうだ。
「とりあえず食べながらにしようぜ。腹減っちゃった。」
促すとみんな頷いて、おのおの弁当広げてランチタイム。
「…栄子のストーカーもそうだけど、直接家のポストに手紙入れに来るってことは、うちの学校の奴じゃないってことだよな。うちの学校の奴ならわざわざ家まで来なくても、学校にいる間に何らかのアクセスしてくるだろうし…。」
律が卵焼きかじりながらなかなかいい意見を言う。やるじゃん。ちょっとくやしいけど、その通りだ。智史が視線を感じたのもガッコ出てからだし…てことは他校生?
「他の学校の子なんて…接点ないけど。手当たり次第に遊びほうけてる逸じゃあるまいし…。」
身に覚えがないよ、と智史は溜息をつく。…なんかオレに対してすっごく失礼な言い方してない? 手当たり次第なんて…そんな軽くねぇよっ。声掛けられたら応じてるだけじゃんっ。女の子がほっとかないんだから、仕方ないじゃん、ねぇ。
「…今の台詞にはちょっと物言いつけたいけど、まぁ置いといて。接点ないって言うけど、智史、真咲みたいな奴もいるじゃん? 大会とか見に来てて、ヒトメボレしちゃった、とか。」
「そっか、そーだよな。智史走ってるとこはカッコいいし。」
律が頷く。すると智史もうーん…とうなる。
「でも、あたしもそうだけど、視線感じて名前のない手紙もらっただけなのよね…。スッキリしないし気味悪いんだけど、こっちからは何もできない。向こうの出かた見てるしかないのよね…くやしいんだけど。」
栄子ちゃんが眉をひそめて言う。まぁね…訴えるようなことはされてないし、栄子ちゃんの言う通りだ。
「そだね…様子見るしか、ないか…。」
智史がまた溜息をつく。なーんか、暗いなぁ。こういう雰囲気はこの生徒会室には似合わない。空気換えなきゃ。話題の転換、転換っと。
「しっかしストーカー、流行ってんのかなぁ? それよりオレは鞘根虹香の新曲のほうが流行ってほしいなぁ…。」
「あぁ、“つきのかがみ”? あれって作詞作曲、鞘根虹香本人なんだって?」
律がすかさず話に乗ってきてくれる。オレの意図を読みきっている。
「らしいよね。あたしけっこう好きよ。♪つきのかがみ あなたのすがた うつして とおくにいても わかるように〜♪ってサビの歌詞が好き。」
栄子ちゃん、歌上手い〜。思わず拍手。すると栄子ちゃんは照れ笑い。うんうん、いい空気になってきた。智史にも話を振ってみる。
「そういえば真咲も、鞘根虹香好きって言ってたよな。ちょっと意外だった。」
「そうそう、昨日思ったんだけど、真咲って、鞘根虹香に似てるよね?」
よし、乗ってきた。智史の顔に明るさが戻った。うん、それでこそ智史。よかったよかった。
そうして生徒会室は、昼休み終了のチャイムが鳴るまで、そのまま鞘根虹香の話題で盛り上がる。考えたって答えの出ない問題は、とりあえず保留にしておくのが一番だ。考えるだけ時間の無駄ってもんだ。