#2 アコガレ (4)
授業中に隣の席のさつきちゃんに宿題プリントを写させてもらって、なんとか古典を乗り切って、今日最後の授業の世界史も、居眠りしつつ乗り越えて、やっと放課後。Tシャツとジャージに着替え、女の子たちからのお誘いをうまくかわして靴箱へと急ぐ。真咲とそこで待ち合わせているので。
「逸さまぁ、今から直美たちとカラオケ行くんだけど、一緒に行きません?」
「えー、私たちとモス行きましょーよぉ。」
「ゴメン美樹ちゃん玲ちゃん、今日は陸上部なんだ。また今度誘って!」
カラオケもモスも、美樹ちゃんも玲ちゃんも、魅力ではあるけど今日は断る。えー…と残念そうな女の子たちに笑顔だけは忘れずに。
靴箱に着くともう既にそこには智史と真咲の姿があった。鞄を抱えて智史の横におずおずと立っている真咲は、憧れの彼の隣に立っているだけで幸せって感じの女の子みたい。制服着てなかったら、ホントに女の子に見間違われるぞ。
「ゴメンゴメン、待たせちゃって。女の子たちのお誘い断るのに苦労して…」
「はいはい。では、行きますか。」
軽く智史に流されてしまった。そんなオレたちのやりとりを見て、真咲が笑う。
グランドに向かうと、陸上部の連中は智史を見つけ、集合する。真咲をグランドの端のベンチに座らせて、陸上部マネージャーの由紀ちゃんに相手を頼んで、オレも陸上部が集まる輪の中に溶け込む。オレが陸上部に合流していることがもう既に学園内に広まったらしく、グランドの周りには女の子たちが集まり始めている。ウワサって、早いなぁ。
アップを済ませて、オレが200メートル走のコースで同じクラスの斉藤とタイムを競っていると、智史がやって来た。
「だいぶ体温まってきた? 久しぶりに競争してみる?」
智史に促されて、200メートルのスタート位置に二人並ぶ。…競争、ったってなぁ…。智史の専門は200メートル走だろ。例の、真咲が見にいったっていう大会で優勝したってのも200メートル走じゃん…勝てるわきゃねーよ。
スタート位置に立って、真咲のいるベンチの方を見てみる。マネージャーの由紀ちゃんが気付いて、他の方向を見ていた真咲に何か言うと、真咲もこっちを見る。
「位置についてぇ」
斉藤が声を掛ける。オレも智史も、クラウチングスタートの器具に足をかける。真っ直ぐに前を見る。勝てるわけない…だからって、手を抜くわけにはいかない。そんなこと、できるわけない。
「よぉい…スタート!」
走る。走っている間は、何も頭にない。真っ白。ただゴールを見てる。
どこで智史に抜かれたのか、それとも最初から智史のほうが早かったのか、記憶にない。とりあえず、ゴールに着いたら既に智史はそこにいた。
「う〜…やっぱ走るのだけはかなわん…悔しい…。」
「いちお毎日走ってるし。たまに来る奴なんかに負けらんないよ。」
笑う智史を軽くうらめし顔でむぅとにらんで、思わず「もう一勝負!」とか言ってみる。智史は笑顔のまま快諾。
…結局「もう一勝負!」が五回ほど続いたけど、一度も勝てずにタイムオーバー。くぅぅ…悔しすぎるっ。
途中何度か気になって、真咲のほうを見てみたけど、あんまり気にすることなかった。真咲は終始智史の走る姿に見入ってたみたいだし、由紀ちゃんとも打ち解けて話をしていたみたいだし。