#2 アコガレ (3)
つまんない授業を四つ受けて、やっと昼休みだ。待ちに待った弁当の時間。オレは弁当箱と五時間目の古典の宿題プリントを持って、生徒会室に向かう。
「逸せんぱぁい! これ食べてくださぁい!」
「あ、ありがとー京子ちゃん。調理実習?」
「逸さまこれも!」
「ありがとー美穂ちゃん。」
…生徒会室へ行くまでには、毎日いろんな女の子がいろんな差し入れをくれるので、なるべく荷物は少ないほうがいい。
「お、逸! 今度のサッカー部の練習試合、人数足んなくてさぁ。助っ人で出てくんない?」
「考えとくー。」
女の子だけでなく、男からのこういう誘いも結構あるんだなぁ。人気者はつらいなぁ。
そんなこんなだから、生徒会室に着くのはいつもオレが最後なのである。
「はぁいいっちゃんでぇす! 今日も差し入れ大量だよー。開けてー!」
両手に差し入れ、なのでドアを開けられないのでいつものようにオレはドアの前で叫ぶ。すると今日は律でも智史でもなく、書記の栄子ちゃんでもない人がドアを開けてくれた。あ、そか。真咲か。
「…すごいんですね逸さん。」
「今日はドーナツにクッキーにチョコレートにワッフルと…カップケーキ、かな。食後にみんなで食べよーねぇ!」
どさどさどさっ…と会議室にありがちな長机に女の子たちの差し入れを広げる。色とりどりのラッピングが、まるで季節外れのクリスマスかもしくはヴァレンタインのプレゼントのようだ。女の子たちのこーいうとこってすごいよなぁ…包装なんかすぐに外されちゃうのに、そんなところにまで気持ち込めてんだもんなぁ…。いつも感心する。
それはともかく。
オレはいつもの決まったパイプ椅子に座って、とりあえず弁当を広げる。四つの長机を四角く配置させてある、黒板のすぐ近くの席がオレの席。いちお、かいちょおだから真ん中に陣取ってる。オレから見て左側の机に智史、右側の机に律と栄子ちゃん、てのが定番。今日は智史の隣に、真咲が座ってる。心なしか、緊張してる?
「真咲やっと智史に会えたな。よかったな。」
オレが笑ってそう言うと、真咲ははにかんで笑う。
「話聞いてたら真咲んち、智史んちの別荘の近くらしいよ。」
律が弁当の海老寄せフライを食べながら言った。智史の(いや正確には智史の親父さんが所有してる)別荘…あぁ、昔オレたち双子も連れてってもらったことがある。いかにも避暑地って感じの、高原の別荘だっけ。
「へぇ、昔よく行ったとこだよな。夏休みに。確か近くに湖があって…。」
「そうそう、三年前くらいから行ってないけど…。」
「えーいいなぁ、大石くんちの別荘、あたしも行きたーい。」
しばらく弁当食べながら智史んちの別荘の話で盛り上がる。真咲も地元の話なので、ちょこちょこ会話に乗ってこれてるし。
「そういえば去年の遠征で近くまで行ったんだよ。いつも車で行ってたけど、電車とか使って行くとめちゃくちゃ時間かかるんだよなぁ。」
智史が言うと、真咲の目がきらきらする。
「そう! その遠征なんです、僕が大石さんのこと初めて見たの。あっという間にトップに立って、本当にすごいと思いました!」
あまりにも真咲が熱弁するので、智史は照れ笑い。
「…ホントに真咲くん、大石くんのファンなのねぇ…。ここまで純粋に憧れられるのって、ちょっと羨ましいかも。」
栄子ちゃんがしみじみ言った。うーん、確かに。女の子たちからじゃなくても、憧れられるのって、気持ちいいもんな。
「智史今日帰りにウチ寄ってけよ。真咲、智史とのツーショット写真、欲しいだろ?」
律がなかなかいい提案を持ち出す。なるほど、ファンなら一緒に写った写真、欲しいよな。オレも体育祭とか、イベント時にはひっぱりダコだもん。
すると真咲は頬を少し赤らめて、弁当箱が入っていた紙袋から、何かを取り出す。
「…実はそう思って、デジカメ持ってきちゃいました。」
「おおぉ、準備いい!」
そして食後はもらったお菓子を片手に、真咲のデジカメで撮影会、ということに。真咲と智史のツーショットだけじゃなく、いろいろ撮りまくる。そうそう生徒会室で写真なんか撮ることないから、調子に乗ってたくさん撮ってしまった。人のデジカメだし。
「あ、今のちょっと目閉じちゃった。消して消してっ。」
栄子ちゃんの声を遮るかのようにきぃんこぉんかぁんこぉん、とチャイムが鳴る。しまった! 古典の宿題プリントの存在をすっかり忘れてしまっていた…。ま、仕方ない。どーにかなるさ、きっと。
「さぁて、教室戻りますかねー。」
「あ、真咲授業何時間目まで? 帰り道、まだ覚えてないよな?」
律が食べかけのカップケーキのかけらを口に放り込みながら真咲に尋ねる。
「えと、確か六時間目まで…」
「じゃ終わったら陸上部の練習見に来る? 逸もどう? 久しぶりに走りに来たら?」
智史が真咲とオレにそう言う。そしたら帰り道も心配ないじゃん、と。なるほど、真咲は智史の走る姿見たいだろうし、オレも久々に陸上部に乱入するのもいいかな…さすが智史、なかなかいい考えだ。
「おっけい。じゃ、真咲、そうしよう。」
オレは真咲の返事も聞かずに智史の提案に乗る。真咲はためらいがちにも頷く。よし、決定。
そうしてオレたちは生徒会室を後にして、それぞれの教室へと戻る。