後悔
高校教師、尾原優香と、風山楓の放課後の話。
職場のコミニティ内でも一目置かれる存在、
けれど決して鼻に付くような言動はせず、上司をたて、部下を誉める。
それが、私の先輩。
普段はクールな雰囲気なのに笑うとそこだけ幼く見えて、男性は勿論、女性からも結構な割合で人気が高かったりする。
それは子ども達にも同様で、色々問題を抱えている時期であろう少年少女たちを時に厳しく指導しながら、それでも人気と信頼は一番上を取っていると私は思う。
先輩、お疲れ様です!
私たちの休憩室兼事務室―である職員室は、夜9時になると急に静かになる。
子持ちの人や定時で上がりたい人は、通常の業務を終えるとそそくさと自宅に帰ってしまうからだ。
その中でも毎日彼女は、明日の準備やら今日の反省やらをして、一番最後にここを出る。
あ、お疲れ様。まだ残ってたの?
柔和な笑顔。残業をしていて唯一良かったことは、この笑顔を独占できることだ。誰も知らない、私と先輩だけの時間。
明日の資料作らないといけなくて。
あら、それは大変ね。コーヒー淹れようか?
いえいえ、自分でやります!先輩もお仕事多いんですから、座っててください!
そう?じゃあ、お言葉に甘えて
またふんわり笑う。
こうやって2人の時間が続けばいいのに、なんて自分が思っていることに気が付いたのはつい数日前のことで、多分私は、他の同僚と同じ気持ちで先輩を見てはいない。
今日ね、陽菜穂ちゃんが相談したいことがあるんだって言ってきたんだけどね
先輩が突然喋りだしたので、私は少し驚いた。
花鶏陽菜穂。私の恋敵である。少し小さめの身長、小さい顔、華奢な体。性格は明るくおおらかで社交的。けれど、学年中の男子全員を振るほど、恋愛に対して興味がない。
「恋愛に対して興味がない」について、私は半分は嘘だと思う。陽菜穂は先輩を見るとき、まるで乙女のような瞳をしている。話す時の声も半トーンくらい高いし、テンションだって、少し頬を染める仕草だって、全てにおいて分かりやすい。先輩が気付いているかどうかは分からないけれど。
へぇ、あまり悩みなんて無さそうですけどね。何だったんですか?
う~ん、詳しいことはあんまり言えないんだけど、恋愛相談、だったのよ
先輩の口から思わぬ言葉が飛び出した。
花鶏陽菜穂。恋愛相談。
2つの言葉が私の頭をぐるぐると回り出す。
そ、うなんですね。そーいうのって、アドバイス、難しくないですか?
う~ん…私は独身だから、あまり大きなことは言えないんだけどね。後悔しないでって、言ったわ
その言葉が、何だかすごく重たいものに聞こえて、私は思わず少しだけ、ほんの少しだけ椅子を引いた。
過去に経験でも?
今私、きっと言いにくいことを聞いている。
まあ、ね。若い頃に1回失敗してるのよ。だから、あの子には失敗してほしくなくて
そう言った先輩の頬は照れたように紅潮していた。はにかみ笑顔で「陽菜穂ちゃんには、ね」と小声で言っている彼女を見て、私は確信した。
これはダメだ。私はもう、ダメ。
優香ちゃんはどうなの?
わ、私ですか!?
随分素頓狂な声を出してしまった。恥ずかしい。
あらあら、まあ、先生である前に女だものね。仕方がないわよ
クスクス笑う先輩。なんだろう、モヤモヤした心が私を包む。
優香ちゃんも後悔しないようにね?
私も次は頑張るから。
彼女の心の声が聞こえたような気がした。
後悔しない。
だったら聞いてくれますか?
届いても叶うことのない、私の気持ちを。