ママの声

作者：のこのこぴ

むずむずむず。

なんだろう？

体ぜんぶが、そわそわするなぁ。

色んな音、うるさい音。

ザーザーザー、ぼこぼこぼこ、

ぐるるるる…

色んな音、優しい音。

ちゃぷちゃぷちゃぷ、トットットッ、

トク、トク、トク…

おかしいな？

ここにはぼくしかいないのに、

誰かの声がする。

この部屋の壁の向こうから、

楽しそうな声がする。

そういえばこの部屋、来てからずいぶんたつけど

すごく狭い。

しかもなぜか、どんどん狭くなる。

体を小さく丸めてないと、入れないんだ。

壁はぶ厚くって、じょうぶ。

蹴っても、蹴っても、こわれない。

それによく揺れる。

ゆらゆら、ゆらゆら…

心地よく揺れる。

気持ちよく、眠気を誘う…

むにゃむにゃ…

…あ！揺れが止まった！

ウトウトしてる場合じゃない！

今だ、動くぞ～～！！

えいやっ！壁、壊れろ～！

ん？あれれれ？

どっちが上で、どっちが下なの？

どっちが右で、どっちが左？

うーん、せまいから、回るのも大変！

あぁ、またお部屋が揺れはじめちゃった。

止まってる間に、もっと運動したかったのに！

でもなんだか、たくさん動いたら、

疲れちゃったみたい…

ゆらゆら…

むにゃ…

う、う～ん！

たくさん寝たなぁ！

あれ、またお外から、楽しそうな声。

そろそろ、ぼくもここから出たいな。

今日こそ壁を壊して、お外の楽しい遊びに

まぜてもらおうっと！

…ところで…

「お外」って、一体どんな場所？

よく楽しそうな声が聞こえてくるけど、

たまに悲しい声や怒った声もする。

この部屋の中の音じゃない、

もっともっとたくさん色んな音がする。

なんとなく、壁の向こうは

明るくなったり暗くなったりするような…。

もしかして、

ぼくの知らないことや不思議なことが、

「お外」にはいっぱいいっぱい、

あるのかも。

ちょっぴり、怖くなっちゃった。

あれ？

でもこの部屋も、よく考えたら不思議がいっぱい。

体を小さく丸めてないと、入れないほど狭いのに、

壁を蹴れるくらいに足が伸ばせるし、

苦しくないし、なんだか少し、浮いてるみたい。

なんでかな？

ひょっとして、ゆらゆら揺れても

壁にぶつからないように、浮いているのかな？

もしそうなら、「お外」に行くときも、

浮いていれば怖くないかも！

なんだ、怖くなくなっちゃった！

それじゃあさっそく、「お外」に行こう！

まずは、この厚くて丈夫な壁を壊さないと！

同じところをずっと蹴れば、そのうち壊れるかな？

ううん、そのうちじゃダメだ！

だって今すぐ出たいんだもの！

今までで一番、強く蹴ったら壊れるかな？

うん、壊れるかも！

よーし、

せー、

のっ！！！

ドン！！

…あれ？

壁は、壊れなかったけど…

あれれ？

なんだか、頭の上の方に小さな穴がある！

思いきり足を伸ばしたら、

頭が穴に吸い込まれるみたいだった！

もしかしてこれが、「お外」につながってる

トンネルなのかもしれない！

そっか、頭の上の方にあったから、

今まで気が付かなかったんだ！

でもどうしよう、本当に小さかったな。

あんなところ、通れるのかな？

トンネルかもしれないと思ったけど、

やっぱり違う？

もう一回、確かめてみよう！

さっきみたいに、思いきり足を伸ばして

頭をトンネルに近づけて…

ドン！

わ！やっぱり小さい！

でも絶対トンネルだ！間違いない！

なんとなくだけど、わかるんだ！！

うーん、このトンネル、

どうしたら通れるかな？

足からなら、入るかな？

でもトンネルは頭の方にあるし…

あ！手なら入るんじゃないかな？？

今度は腕を思いきり伸ばして…

えい！

ありゃ！ぼくの手、自分で思っていたより短い！

短くって、頭のてっぺんにも届かない！

これじゃあ、頭からトンネルに入るしかないじゃない！

うーん、よしっ！

覚悟なら、さっき決めたんだ！

やるしかない！

よーい、しょ！

あれ？自然と体がクルクル回る！

こうすれば、トンネルに入りやすいんだ！

でもやっぱり狭くて動きづらい。

それに…

なんだか苦しい！

早くここから出たい！

それなのに、思っていたよりも

このトンネル…

もしかして、すごく長いのかも！？

あとさっきから聞こえる。

「お外」から聞いたことない苦しそうな声！

「お外」では今なにが起こっているの？

急に怖くなっちゃった！

パンッ！！！

えっ！？

なんの音！？

また、聞いたことのない音！

わっ！わっ！

さっきまでぼく、浮いてたのに！

たくさんのお水がぼくより先にトンネルを通って

行っちゃったよ！

ぼくはきっとあのお水に浮いていたんだ！

待って！

「お外」に出るとき、浮いていないと怖いの！

ぼくを包んでたお水さん！

待って！行かないで！

急に、怖くなっちゃった！

突然、泣きたくなっちゃった！

こんなのはじめて！

泣きたい！

でもトンネルじゃ狭くて苦しくて、

泣くことさえできないみたい！

怖いよ！

助けて、お水さん！

早く追いかけないと！

怖いよ！泣きたい！

あ！！

ようやく、出口が見えた！！

わぁぁぁぁん！

苦しかったよー！

わぁぁぁぁん！

ここはどこなの？

わぁぁぁぁん！

まぶしい！怖いよ！

わぁぁぁぁん！

お水さん、どこに行っちゃったの！？

わぁぁぁぁん！

あれ？ぼく、泣いてる！

はじめて、泣いてる！

わぁぁぁぁん！

それにぼく、浮いてないけど、

わぁぁぁ…ん…

お水さんとは違う、

もっとあったかくて、安心できる…

わぁぁぁ…　ぐすっ…

お母さんに、包まれている！

あ！聞いたことのある音がする！

トク、トク、トク…

お部屋の中で、ずっとずっと聞いていた、音。

あんなにうるさかったのに、

こんなにくっついて耳を澄まさないと、

聞こえなくなっちゃったんだ！

聞いたことのある声もする。

壁の向こうから、ずっとずっと聞こえてた、

お母さんの、声がする。

今まで聞いた中で、いちばん、

幸せそうな、声がする。