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ヤビョウ  作者: 立川了一
2/5

第一夜『夜に惹かれた少女』

 皐月中学校 昼休み(猫)


 女子っておかしい。いつもゾロゾロとムカデリレーみたいにくっついて。トイレまで一緒なんてありえない。いつも一緒にいるメンバーが一人抜ければ、ブスとか性格悪いとかその子陰口を言う。言われてる子は別のグループで陰口を言う。

 

 それって仲悪いってことじゃないの? なんで一緒に居たがるの? 


 新学期が始まって間もなく一ヶ月が過ぎようとしている教室では、既に仲良しグループが出来上がっていた。

 群れることを嫌う宵空 よいぞら希心きこは寝たフリをやめ、机から上半身を起こす。

 そんな彼女の行動を近くにいた女子グループは、卑しい笑みを浮かべヒソヒソ話す。言葉は聞こえずとも、何を言われてるか想像はつく。


「友達ごっこを楽しんでろ、バーカ。」


 小さく舌を出して希心は、悠々とした足取りで廊下に向かった。ふと、振り替えると、先程のグループの一人と目があった。


『見ないでよ!』


 そう目で訴え踵を返すと、希心は行き場を求めて校舎内をさまよった。昼休みのチャイムがなるまで……。




「希心、帰ったの?」


 母親に呼ばれても、返事もせずに自室に直行する。制服を脱ぎ、この時期には、いささか寒いと思われる、薄手のTシャツにショートパンツに着替え、ベットに飛び乗る。


「この世界は間違っている。」


 誰でも一度は思ったことがある、この言葉。次に来る言葉も決まってる。


「こんな世界無くなればいいのに。」


 希心は兄のお古の黒いスマートフォンで『ヴァローナのオカルトまとめ』にアクセスする。その中から自分の住む『静岡県浜松市』の見出しをタップする。


 都市伝説【夜に舞う天使】


 日本各国で暴力行為、恐喝、麻薬の密売人などが次々に殺される事件が起こった。目撃者の証言から、犯人は大鎌を振るい、自らを天使だと名乗る女子高生らしき人物。

 どこの学校とも一致しない漆黒のセーラー服を身にまとい、日本人形を連想させる濡羽色の長髪を縛ることなく、自由に泳がせながら犯行に至ったと言われてる。

 また赤い瞳をしていたという目撃情報もある。


『女子高生が犯人なんてあり得ない』という先入観からか、警察もメディアも目撃情報を信用しなかった。

 しかしネットやSNSが発展したこの時代、犯行の瞬間を捕らえた映像がアップされた。それも被害者の違う映像が次々に上げられた。

 それらを肯定するもの否定するもの、賛否両道の意見がネット中を駆け巡る。『うちの近くの不良たちも殺して欲しい』という書き込みもあれば、『所詮ネタだろ。きさらぎ駅みたいな』といった書き込みもある。


【夜に舞う天使】として検索ワードの上位に浮上し、一部のネットユーザーからは、ジェノサイド(大量虐殺)を略し『ジェノ』という名前で崇められるまでになった。

 

 それに伴って起こった凶悪事件。当時高校生だった少年が、無差別に七人を包丁で滅多刺しにしたこの事件。少年は『僕は天使様の使いだ』と爽やかな笑顔と共に述べていた、と目撃情報も多数ある。

 ジェノの目撃情報はこの事件のあった静岡県浜松市で止まっている――――。




 ここまで読んで希心はスマートフォンを脇によける。


(この事件は覚えてる。確か、二年前の浜松まつりの時だ。)


「あの日は友だちとバスで街まで行って……」


(小六の時までは友だちいたんだよな~。なんで出来なくなっちゃったんだろう?)


 理由はいくつも思いついた。中学では別の小学校と混同になるなんて普遍的にある話し。そしてその小学校の生徒に、都会のような冷たい雰囲気と、住む世界が違うと云わんばかりの大きな壁を感じて近付けなかった。


(でも、そう思ったのは、あたしだけだった……。)


 あるとき男子が先生をバカにした。皆、便乗してネットで覚えたんだと思う『ロリコン教師』『童貞』とあたしの知らない言葉で罵倒した。挙句の果てには男子が先生を殴った。その男子は同じ小学校だった。

 またあるとき、男子が女子の胸を揉んでいた。女子もまんざらでない様子でヘラヘラと笑っていた。その女子は友だちだった。

 今日の昼休み目が合った子も友だちの一人だった。


 気付いたら皆スマートフォンを持っていた。気付いた皆化粧をしていた。気付いたら学級崩壊していた。気付いたら皆、男と女だった。気付いたら一人取り残されていた……。

 

 希心はもう一度スマートフォンを手にすると『カラスの巣』というチャットのサイトにアクセスした。

 アバター名【ノラ】 pass******


「こんにちわ」

『あら、ノラちゃん今日も来たの? 暇人ねぇ〜。』

「ヴァローナさんこそ。またお話が聞かせてください。」

『あら、いいわよ。何が聞きたいの?』


 ヴァローナはネットを通じて希心の知らない世界を見せてくれる。先程のオカルトまとめもそうだ。

 ただの愚痴にも的確なアドバイスや相槌等の反応を示してくれる。希心の唯一の友だちであり、最も信頼できる大人だ。


「【夜に舞う天使】って知ってますよね?」

『ジェノの話ね。』

「そうです! さっき、まとめの記事を見たんですが、その後どうなったんですか?」

『そうねえ、あの子の事は口で説明するとなると難しいわね。実際に街に行ってみたら? ノラちゃんは浜松市在住でしょ?』

「えっ!? そうですけど……。」


(あれ? ヴァローナさんに住んでるところ教えたっけ?)


『怖いの? まぁそうね。近付かない方がいいわ。』

「怖い訳じゃ……。行ってみます。」


 と、返信したはいいが希心は迷っていた。非現実的な存在を一目みたい気持ちはあっても、どうしても尻込みしてしまう。


『安心しなさい。ノラちゃんは悪い事したことないでしょ? ジェノは悪人しか食べないわ。』


 まるで希心の心を見透かしているように、ヴァローナは後押しする。


(悪いこと……。)


 希心は腹を決めた。クローゼットからお気に入りのパーカを取り出す。胸の所に、銃を構えたウサギのロゴが描かれた、黒いネコ耳パーカーだ。


「行ってきます。」


 そう返信と呟きをして、スマホと僅な小銭の入った財布を、パーカーのポケットに押し込んで部屋を出る。出たタイミングで母親と鉢合わせした。


(さいあく……。)


「はぁ〜。どこへ行くのよ?」


 母親は静かな怒りの籠った口調で問う。


(どこでもいいでしょ。)


「友だちの所なら、はっきりとそういいなさい!」


 母親は、クラスに馴染めてないことを知ってる。テストの点も褒められた物じゃないことも。


「お母さん心配なの。ケータイで誰かとやり取りしてるみたいだけど、ネットって恐いんだからね!」

 

 母親は古い頭の人間だ。SNSは、全てサクラや悪漢に牛耳られていると考えている。

 リアルでの付き合いが下手な希心が、ネットでの付き合いで事件に巻き込まれないか心配しているのだが……。


(うるさいなー。)


 親の心子知らず。希心にその思いは届かない。いや、希心もその思いを感じてはいても、答え方を知らないのだ。


「それに、今着てるパーカどうしたの? お母さん買ってないよね?」

「アニキに買って貰ったの! もうほっといてよ!!」


 母親を押し退けて家を飛び出す。


「ちょっと! 待ちなさいー!!」


 絶叫に近い母親の声に、耳を傾ける事などしない。バス停を目指してひたすらに走る。走る! 走る!! 走る!!!


 前方不注意。


 希心は角から現れた三人組の女子高生に飛び込んだ。


「うっひゃへっ!?」


 モロに突撃された女子高生の一人は、奇妙な叫び声と共に尻餅をついた。


(あぁ、やっば……。)


 女子高生が身に纏っていたのは、地元でお嬢様学校として知られる│花雅はなみやび女学園のブレザーだ。その学校に通うのは地元の権力者の娘や社長令嬢であることが多い。

 下手に目を付けられると厄介だ。


「今の悲鳴聞いた? ちょーウケない?」


 そんな心配を他所に、転倒した女子高生は、三つ編み黒渕メガネといかにも真面目そうな風貌とは裏腹に、ギャルのような口調で一緒に歩いていた友だちに笑顔を向ける。


「おっとと、キミは大丈夫? あーゆーおーけー?」


 女子高生は起き上がり優しい笑顔ともに希心の顔を覗く。


「ゴメンナサイ……」


 小さく言葉をこぼすと、希心は再び走り出した。途中、何度もよろけながら、またぶつかりそうになりながら、なんとかバス停までたどり着いた。


【夜に舞う天使】こと、ジェノの目撃情報がある街までは帰宅ラッシュということもあって、バスで一時間近くは掛かる。

 バスの車窓から空を仰ぐと、青と赤のグラデーションの不気味な色に包まれていた。四月下旬の薄寒い夜風が通りの木々を揺らす。


 街に着いた。


(――けど、どうすれば……?)


 ネコ耳をあしらったフードを深くかぶり、希心はぶらぶらと歩き続ける。そもそも街はあまり来たことがなく、土地勘というものがまるでない。『迷ったらスマホでマップを見よう』そう考えながら適当に進む。


 しかしその考えは甘かった。


「うそ……でしょ?」


 裏通りに入ってしまい、現在地の確認のためスマホの電源を入れると、充電は残り14パーセントを切ったと警告する文字が表示されていた。


(早く確認しなきゃ……。)


 焦る気持ちが隙を生む。希心はいつの間にか五人の男に取り囲まれていた。男たちは悪い大人のイメージその物の格好をしていた。


「あれぇー、お嬢ちゃんどうしたの? 道に迷ったの?」


 白々しい声音で、ズボンからチェーンを何本も垂らした金髪の男は問いかけてくる。他の男はニタニタとした、卑下た笑みを浮かべている。


(ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。)


 希心の脳内を警鐘だけが満たしていく。


(でも、アレを使えば……。)


「お? よくみたら猫耳じゃん。可愛い子猫ちゃんじゃん。」


 薄気味悪い笑みを貼り付かせ、男たちはジリジリと近づいてくる。五人の檻は次第に隙間を無くし、逃げるのは不可能だと思われた。


(何されるの?)


 相手は男で自分は女、それだけでも最悪な末路を容易に想像できる。


「なぁ子猫ちゃん、世界がぶっ壊れて欲しいとか思ったことない?」


 男の唐突な物言いに、希心はつい耳を傾けた。


「学校なんて面白くないよな? 人付き合いも面倒くさい。勉強もダルいから、いっそ全てを忘れたいとは思わない?」


 家を飛び出した野良猫は、夜の闇に惹かれていく。


「まぁそんな警戒すんなよー。アメでも食べな。」


 白い包み紙でぞんざいに包装されただけのアメ。男の発言に共感を持ってしまい、疑いもなくアメを手にとってしまった。男が僅かに口許を緩ましていることにも気づかない。



「こんばんわ~♪」


 場違いな呑気な挨拶と共に、男の首が突然無くなった。正確には切り落とされて焦点が合わなくなったのだ。他の男のも同じ末路を追う。何が起きているかまるで分からない。


「大丈夫? あ、そのアメ貸して。」


 希心の答えを待たずにひったくると、地面に転がる男の口に押し込んだ。


「…………!!」


 人は本気で驚いたとき、声を無くすということを実感する。そして、ようやく目の前に現れた人物が何者か判明した。


 日本人形を連想させる長い濡羽色の髪、どこの学校とも一致しない漆黒のセーラー服、身の丈を上回る大鎌、そして赤い瞳。


(夜に舞う天使!?)


「それにしても、この世界は楽しいねぇ~。」

「何が楽しいの?」


 ジェノの独り言に反応する。


「とーっても、自由だから。」

「どこが自由なの?」


 何をするのも縛られてばっかり。道を歩くのも、車道と歩道が明確にされている。信号があったら、止まらなきゃいけない。


(こんな世界が……?)


「壊せば、それまでだよ。」


『分かりやすいでしょ』とジェノは微笑む。

 ルールを破るのも、物を壊すのも、人を殺すのも……。


「意外と、簡単なんだよね~」


(そんなことない。)


 胸の内で強く否定しても、希心は口にはしなかった。


「普通の人間は、理性が邪魔してるの。ジェノは人間じゃないからね~」


 ある話を思い出した。


 カエルの脳は一段階。異性だったら誰とでも交尾する。

 ネコの脳は二段階。好きだと思ったら交尾する。

 ヒトの脳は三段階。好きだと思っても、もう一度考える。


 人間にとって異性なら誰とでも交尾をするカエルなんてあり得ない。ネコも、おかしいと思った。

 でも、好きな人ともしない人間もおかしい。


(目の前にいるのは猫なんだ。)


 好きなことを好きなようにやる。誰にも縛られない自由人。


「あ、そうだ~。アップしなきゃ。」


 ジェノはスマホを操作する。


「あ、猫ちゃんの顔、写っちゃってるけどいい?」

「……?」


 はてなを具現化した表情で、希心はジェノの操作する白いスマホの画面を除き混む。そこには、今、自分が見た筈の光景。男の首が飛ぶ瞬間がリピート再生されていた。


「…………!」


 不馴れなスプラッター映像を見て、希心は目を覚ました。自分の前に立つのは異常とも言える異形の存在だ。血の気がサーっと引いていく。


「あ~、倒れちゃダメだよ。倒れるならもっと離れて。じゃないと猫ちゃんの大切なファーストキスを、悪い男の首にあげることになっちゃうよ♪ あれ、もしかしてファーストキスはもう済ましちゃった感じ?」


 男の首の時点で希心は下を向いた。ジェノに切り落とされた首が足元に転がってる。男の首のカッと開かれた瞳と、バッチリ目が合った。


「いやぁー!!!」


 自分にこんな声が出せたんだと驚きながら、目の前の現実をようやく受け入れた。


「アッハ、驚きすぎだよ。まぁ死体を見るのは始め……って?」


 ジェノは不穏な声を漏らす。何処からか、飛んできたナイフが転がる首に突き刺さる。


「見つけたぞ……。ジェノ!!!」


 ドス効いた男のうなり声が、希心の鼓膜にもこだまする。


「ハロー、正宗く~ん。」


 ジェノは男に笑顔を向けた。正宗と呼ばれた男は背が高く百八十センチは、ゆうに越している。髪は所々白く染まっており、オオカミ……、いやシベリアンハスキーを思い立たせる出で立ちだ。

 そして、正宗の手には刃渡り三十センチはある、鍔のない短刀が握られていた。


「殺す。」


 男の言葉と共に、激しい金属のぶつかり合う音が夜の街に響いた。


「死ねぇ、クソ悪魔!!」


 正宗の太刀筋を紙一重の所でかわすジェノ。その表情には余裕の色が滲んでおり、さながらアクションスターの真似事を楽しんでいると見受けられる。


「……凄い。」


 眼前で繰り広げられる死闘に、魂を盗られたように希心は見詰める。


「あ、猫ちゃん、あの角を左回って只管ひたすら真っ直ぐ進むと大通りに出るよ。」 


 余裕綽々のジェノは丁寧に道案内を始める。希心は言葉の意味は理解しても動こうとはしない。


「もう~、正宗くんもシツコイな~。」


 ジェノは大鎌の柄の部分を戦棍のように扱って、正宗の腹部を強打する。


「んぐっ!」


 正宗が怯んだ刹那、一歩身を引いたジェノは大鎌を振るってアスファルトを抉り、希心の前に境界線とも言える大きな溝を作った。

 まるでここから先は非日常だよと伝えるように。


 目の前に斬撃を放たれ驚いた希心は、先刻ジェノに教えて貰った道を駆け出した。


「正宗くん、そろそろお開きにしようか?」

巫山戯ふざけろ。お前の身体を刻むまで止めねぇよ。」

「そう? じゃ、後始末よろしくでーす♡」


 ジェノは大鎌の峰で正宗の弁慶の泣き所を殴った。暫く立てなくなる正宗は、ジェノが夜の街に溶けるのを見送り、パトカーのサイレンが近づいて来るのを感じた。


「光、また失敗しちまったぜ。」


 正宗は静かに呟いた。





 翌日の放課後。

 校門の前には一人の男がいる。銀髪混じりの背の高い男、正宗だ。


 正宗は、昨日ジェノと会っていた人物を探していた。と言っても『中学生ぐらいだった』という曖昧な記憶を頼りに、近くの中学校を、しらみ潰しに散策していくという途方のないものだった。


「あ……。」


 部活に参加せず一緒に帰る友だちもいない希心は、いち早く校門から現れた。


(昨日の人?)


 希心も正宗に気付いた。


「おい、お前……、女だったのか?」


(えっ、今、物凄く失礼なこと言われた?)


「そうですけど……。」

「いや、そんな事はどうでもいい。お前は昨日街にいたよな?」


(やっぱり昨日の人だ!)


「そうですけど……」

「なら、ちょっと来い。話がある。」


 正宗は希心の肩の辺りを掴んで、無理矢理連れて行こうとする。犯罪の臭いがするこの状況。陰で見ていた少年が割って入る。


「な、何やってるんですか……。」


 背丈が希心と変わらない少年が、弱々しい物言いで正宗を見上げる。

 

(同じクラスの……、誰だっけ?)


 少年の小さな勇気は虚しくも、希心には届かない。


「あぁ? なんだチビ、失せろ!!」


 正宗にとっては普通の言い方のつもりだが、少年は子犬のように怯えている。


(同じクラスの人と関わりたくない。)


 そう思った希心は、正宗の袖を引っ張った。


「行きましょう。」

「あ? あぁ……。」


 希心に引かれていく正宗。

 取り残された少年。 

 そして少年に近づく女の影には、まだ誰も気付いていなかった。





「なぁ、おい、どこまで行くんだ?」


 正宗に言われて希心は我に帰る。ただクラスの人と関わりたくないの一心で、いつもの通学路を歩いて来てしまった。気付いたら、家から五分程度の塾の前まで辿り着いていた。


「どこ……行きますか?」


 苦笑いと共に、逆に問われてしまった正宗は、頭を掻いて返事する。


「まぁ此所で駄弁ってもしょうがねぇからな……。俺の家でも来るか? 花女の近くだが……。」


 花女とは花雅女学園の略称だ。


(昨日ぶつかった人に会いたくないから、あまり近寄りたくない。というか、この人の家に行っても大丈夫なの?)


 正宗とは話しがしたい。その言葉に希心の意思も含まれていたが、大半はヴァローナに頼まれたからだ。

 昨夜、家に帰った希心は、興奮が収まらない内に、自分が見たものを、拙い単語を紡いでヴァローナにぶちまけた。


『それで、ノラちゃんの感想は?』


 ヴァローナの最初の返信は問い掛けだった。


(感想って……)


『ジェノに惹かれた? もっと知りたくなった?』


(イエス……かな?)


『もっと知りたいなら、その男を探すといいわ。まぁ牢屋の中だったら無理だけど。』

「あの人を? でも、どうすれば会えますかね。」


『さぁね。また、街に行ってみるとか? もしくは会いに来てくれるかもね。』

「えっ? なんでですか?」


『向こうもノラちゃんに会いたいと思うんじゃないかしら? ジェノを殺すためには何でもしそうじゃない。』


(確かに、あの人の目は本気だった。)


『また何かあったら連絡頂戴。あ、そうそう男に出会ったら聞いて欲しいことがあるのよ――――』




(ヴァローナさんにはいつもお世話になってるし、ちょっとした恩返しじゃないけど……。)


「あなたの家で構いません。行きます。」

「お、そうか。じゃ行くかぁ。」


 希心の言葉に正宗は少しだけ驚いた。


「あ、そうだ、まだ名乗ってないな。俺は正宗だ。」

「……宵空よいぞら 希心きこです。」



 正宗の家は、十五分程度歩いた場所にあった。二階建ての普通の家だ。ただ花女の裏門前にあることを除けば。


「入んねぇの?」


 なかなか尻込みして入れない希心。完全に正宗のことを信用している訳ではないから。


「つうか、入ってくれねぇと俺が気まずいんだけど。」


 花女生の帰宅ラッシュに当たったらしく、先程から希心と正宗の方をチロチロ見ながら通る人が多い。


(あ、あの人は、昨日の……。)


「は、入ります。」


 希心は慌てて中に入る。昨日ぶつかった三つ編み黒渕メガネの花女生が門から出てきたからだ。


 家の中も至って普通。しいて言えば、少し埃っぽいのと、全体的に物が少なく、やや空間が手持ち無沙汰だ。あまり見回すのも良くないと思った希心は、正宗に案内されるまま二階の部屋に入った。


 その部屋も普通だ。ベットがあって、机があって、クローゼットがあって……、刃物の山があって――?


「ひぃ……。」


 希心は小さく声を漏らした。


「あ、飲み物取ってくるわ。見てもいいけど、あんま触んなよ。」


 そう言い残して、正宗は下に降りていった。


「来て良かったのかな……。」


 刃物の山を見詰めて、小さく呟く。

 数分後、正宗は麦茶の入ったコップを三つ持ってきた。


「し、失礼します。」


 正宗の後ろから、気弱そうな少年が現れた。


(門のところにいた人? なんで?)


「えっと……あの、その……。」

「悪人面の俺が宵空よいぞらを連れて行くから、心配して後をつけたんだとよ。」


 モジモジしてる少年の代弁をする正宗。希心の中で、ますます疑問が生じる。名前すら覚えてないような相手に、なぜ心配されているんだろう、と。


「まぁ、テキトーに座れや。」


 正宗は、簡単に刃物を片付ける。と言っても、壁側に寄せるだけであったが。

 二人が座ったのを見計らって、正宗は話し始めた。


「俺は岡崎 正宗。一応、言っとくが、まだ十七だ。そんな恭しくするなよ。高校は辞めた。通ってたら今三年だったな。」


(うそ、成人はとっくに越してると思った。)


「まぁ、この顔で背も無駄に高いからな。よくおっさんに間違えられる。それに普段はオヤジの工場で働いているからな。」


(十七才で立派に働いているんだ……。)


「俺についてはこれぐらいだ。その刃物の山については後で説明する。」


 そして正宗は希心に自己紹介をするように促した。


宵空よいぞら 希心きこ。皐月中学校の二年生です。えっと……、あとは…………。」


(何を言えばいいの? この人たちを信用していいの?)


「それぐらいでいい。悪いな、自己紹介なんて変に構えさせたな。おい、お前、名前だけでいいぞ。宵空と同中だろ?」


 正宗に言われ、少年は小さく頷いた。


「えっと、……あ、明智あけち 甲斐かい。……よ、宵空さんとは同じクラスでしゅ。」


 ただ名前を言うだけなのに、甲斐と名乗った少年は詰まりながら、噛みながらの紹介になった。言い終わったあとは真っ赤だ。

 

(明智 甲斐。……たしか、よくボーッとしてる人だっけ?)


 いじめとか嫌われてはないし、友だちも居ない訳じゃないのに、よく一人でいる。


『友だちの居ない自分よりはましか』と希心きこは胸中に、自虐的な笑みを浮かべる。


「で、甲斐は宵空の事が好きなのか?」

「「えっ!?」」


 正宗の発言に驚く二人。

 

(好意を持たれるようなエピソードに、心当たりはない。)


「違います! あ、あ、えと、宵空さんが嫌いという訳じゃないですけど……。昨日の夜遅くに一人で歩いてるのを見掛けて。……その時、上手く言えないけど、怯えた様な表情かおをしてて……。それで気になってたんです。」


(げ、見られてたんだ。)


 後ろめたい気持ちを、僅かに滲ませる希心。

 

「いい友達を持ったな。」


 正宗は希心に向かって呟いた。


(友達……なの?)


 甲斐は何度か希心の方を見るが、目が合いそうになった瞬間、視線を逸らす。


「俺にもな、中学の時はいつもつるんでた友達やつがいた。」


 正宗のトーンが下がった。その友達はもういないことを伺わせる。


「そいつはジェノに殺されたよ。」


(ジェノに? て、ことは犯罪者?)


「あの……ジェノって何ですか?」


 甲斐はオドオドしながら手をあげる。


「都市伝説の【夜に舞う天使】だ。聞いたことないか?」

「あります。……でも、都市伝説だし…………。」

「ジェノはいる。なんなら宵空に聞いてみろ。」


 希心の方を見る甲斐。しかし、問いかけの言葉は紡がれなかった。


「確かにいたよ。あたしは昨日見たんだ。」


 察した希心は、そう静かに言った。

 二人を交互に見詰める甲斐。


「そこで、俺は宵空に聞きたい。ジェノに何された? 何を言われた?」


(何をって…………。)


 希心の中に、憧れと畏怖が浮かんだ。


「俺の友達ダチは、ある時からジェノを天使様と崇めるようになった。何があったかは分からないが、お前はそういうのじゃないな?」


 真っ直ぐに希心を捉える正宗の瞳。


「違うなっ!?」


 正宗は強く更に言う。

 甲斐は正宗の前に割って入ろうとしたが、タイミングを失った。


「…………。」


 何も答えないでいる希心。


「二年前、高校生が起こした無差別殺人事件を知ってるか? 浜松まつりの日に起きたあの事件だ。」


 希心はネットで読んだ記事を思い出した。

 甲斐は僅かに震え始めた。


「その犯人が俺の友達だ。被害者の中には俺の母親もいる。」


 正宗を奥歯をグッと噛む。


「あの事件は、あいつを止めれなかった俺にも責任がある。被害者には申し訳ないと思う。」


(それは違う。……違う気がする。)


 そう思っても希心は口には出せなかった。


「俺は贖罪と同じことが繰り返されないためにも、絶対にジェノを殺す。もし、ジェノについての情報があったら教えてくれ。」


 正宗は深く頭を下げ、希心と甲斐は頷くしかなかった。そのことを確認して正宗は刃物の山について話し始めた。

 山積みになってる刃物は、ジェノを殺すため、全て自分で造ったことを。


「本当は多々良製鉄で玉鋼から作りたいが、流石に無理だ。時間が掛かってしょうがねぇ。だから俺は元あるのを刃物を加工するんだ。ノコギリとかをな。工作機で形を整え、数枚重ねてハンマーで鍛接して完成だ。」


 そう嬉々として語る正宗の言葉は、希心にも甲斐にも正確には伝わらない。しかし、好きな物について語る正宗の目は、少年の物だと二人は思った。


「悪いな、変に熱弁しちまって。」


 二人の表情を読み取り、照れくさそうに頬をかく。

 謝罪は述べても、正宗の職人トークは暫く続いた。


「俺は俺の造ったナイフでジェノを殺すんだ。」


 話しの内容の殆どは分からなかったけど、その言葉だけは深く突き刺さった。


(本当に本気なんだ。)


 その後、連絡先を交換して、希心と甲斐は正宗宅を後にした。家を出る前に甲斐だけ正宗に何かを言われていた。



「えっと……、心配してくれてありがと。」


 初対面に等しい二人の会話。


「そんな、僕はただ……。にしても、宵空さんは凄いなぁ。」

「希心でいいよ。何が凄いの?」


 希心の問い掛けに、黙ってしまう甲斐。

『笑わないでよ。』と前置きしてから話だす。


「僕は夜が怖いんだ。上手く言えないけど……、夜の闇が怖いんだ。」


 夜の闇に惹かれた少女と怯える少年。

 少女は狡賢ずるがしこい事を思いつく。


「だったら、一緒に夜の街に行こう。たぶん、怖いと思うから余計に怯えちゃうんだよ。行ってみたら、案外呆気ないものだよ。それに、正宗さんの手伝いができるかもしれないし。」


 少女の言葉に、渦に溺れ呑まれる気分になる少年。


「一日待って! 明日からはGW前半だから時間はあるでしょ。」


 やっとの思いで少年は答えを吐いた。

 今年のGWは土日を含め前半三日、平日を挟んで後半三日と飛び飛びの休日だ。


(そんなに怖いのかな?)


 希心は小首を傾げた。


「連絡先教えるから、明日の夕方までに答え出して。」


 その後二人に会話はなく、途中で各々の帰宅路に別れた。




 家に帰ると、母親が玄関の前で構えていた。


「どこに行ってたの?」


 静かだが、確かな怒りが滲んだ声音。


「友達なの? その友達は誰?」


(甲斐の名前を出す? いや、たぶん逆効果になりそう。)


「悪い男とかじゃないわよねー?」


(見た目だけなら、正宗さんは悪い男だ。正宗さんの事を言ったらどうなるかな?)


 そんな事を考えて、口許に僅かな笑みを浮かべる。


「何笑っているの? ちゃんと言いなさい!」

「別にいいでしょ? あたしが誰といようと。」


 希心は強行突破に出る。力付くで止めようとすると母親を力で押し返す希心。

 押し勝った希心は、自分の部屋まで一気に駆け抜ける。


「……もう、どうしたらいいの。」


 悲観的な母親の声を背中で聞いて。




 部屋に入ってすぐ服を着替え、ヴァローナにメッセージを送った。


『あら、もう出逢えたの。それで家まで行っちゃうって、ノラちゃんって意外と雌ライオンね。』

「雌ライオンって何ですか(笑) でも、おかげ分かった事があります。」


 正宗の友達がジェノに殺された事を伝える。


『そう。それで私が頼んだ事は聞いてくれたかしら?』

「『天使についてどれぐらい知ってるか?』でしたよね? 殆ど知らないみたいでしたから、聞いてないです。」


「……聞いた方が良かったですか?」

『いえ、別にいいわ。情報があれば知りたかっただけよ。』


「じゃあ、また何かあったら連絡しますね。明日、また夜の街に行ってみようと思いますから。」

『気をつけてね。夜は危険がいっぱいだから』


「はーい」


 そこまで打って、指での会話を終了した。


(明日、甲斐が行かなくても、あたしは街に行こう。)


「ジェノに会いたい……。」


 無意識にそう呟いていた。




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