はじまり 〜はままつ祭りの夜に〜
これは都会と田舎を足して二で割った街の夜の物語。
『浜松まつり』を知っているだろうか?
静岡県浜松市のまつりで、東京の天下祭りや京都の祇園祭と違う、神社仏閣の祭礼とは関係ない市民のまつりである。このまつりには朝と夜、二つの特色がある。
朝は遠州のからっ風と呼ばれる強い風を利用した子どもの誕生を祝った凧上げを。夜は各町々精巧な彫刻と提灯に彩られた屋台を、威勢と熱気を放つ掛け声、ラッパ、笛、太鼓による祭り囃子によって、沿道の見物客を圧倒しながら引いて行く。
普段は都会ぶった冷たいオーラを醸し出す人もこの日だけは雄々しい迫力のもと盛り上がる。
そんな浜松まつりの夜に――――、
「光、バカなことはやめろォーーー!!!」
パッパラパッパのリズムで奏でられる祭り囃子を、掻き消し相殺するほどの絶叫を上げる少年。
「正宗……? どうしたんだよ、そんな大声出して。」
光と呼ばれた少年は、気さくな笑みを浮かべ、吠えた少年の方にゆっくりと振り向いた。
「『どうしたんだよ』、じゃねぇよォ!!? お前……、何やってるんだよ……?」
正宗と呼ばれた少年は、光の足下に目を向ける。そこには自分のよく知る人物をはじめとする、七人の大人だったモノが転がっている。どの遺体にも無数の刺傷が存在し、現在進行形で赤い液体で地面を汚している。
犯人は両手に赤く染まった包丁を持って、この世の汚れを知らない幼子のように微笑む人物。元は桜色だったYシャツは、トマトソースの雨に打たれたような赤い染みに塗れてる。
「光、お前じゃねぇよな!? 違うよな!!!」
正宗は目の前の現実を拒んだ。横たわる人間だったモノには警察の格好をしているモノ、祭りの法被を着た若いカップルのモノ、名前は知らないがよく元気な挨拶をしてくれた近所のお年寄たちのモノ、そして飾り気のない女性……、正宗自身の母親のモノもあった。
「僕はヤったよ、天使様の為に。僕は天使様の使いだ。悪い人間を浄化してあげたんだ。」
『褒めてー』と壁に落書きをして駆け寄ってくる幼子のように、誇らしげに胸を張る光を前に、正宗は歯をグッと噛み締める。
『アイツのせいだ。』
「あ、天使様だ。見てください、僕ヤりましたよ」
包丁を近くの遺体に刺し、両手を降って天使様と呼ぶ人物を迎える。正宗は天使様を『ギロリ』と音がしそうなほど睨み付ける。
「正宗く~ん、大丈夫ー?」
漆黒のセーラー服を身にまとい、日本人形を連想させる濡羽色の長髪を縛ることなく自由に泳がせながら、一人の女子高生らしき風貌の人物が歩み寄る。ただし彼女の手には、死神を連想させる大鎌が握られ、瞳は無機質な赤い光を放っている。
「ふざけるなァァ!! テメェが光に殺らせたんだろ、ジェノ!!!」
正宗の咆哮には耳を貸さず、光を見詰めてジェノはいつもの軽い口調で言った。
「光くん、キミはジェノの中で悪になっちゃった♡」
母親から平手打ちを食らった幼子のような絶望した表情を最後に、光の首は祭り囃子と掛け声に弔われ地についた。血飛沫はジェノの顔を濡らし、調度赤い涙を流したように滴る。
「――――!!」
声にならない叫びを上げ、膝から崩れ落ちる正宗。赤い涙を拭うと、ジェノは踵を返し、まつりで賑わう人波の中に消えていった。
『絶対にぃ……、絶対に、殺してやる。覚悟しろ、ジェノ!!』
正宗の心には、屋台を彩る提灯よりも、爛々とした復讐の業火が灯された――――。