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第Ⅴ章 ふたつなの英彦(えいげん)(1)

 シリアは立っていた。

 しかし今度ははっきりと分かる。

 これは夢なのだ。自分はあの時と同じ夢をまた見ている。

 けれども以前とは若干状況が異なっていた。自分がいるのは街を見下ろす丘の上ではなく街並みのただなか。壮大な美しい城を臨む、まさに目抜きと呼ぶに相応しい大きな通りだ。

 しかしそこに面して並ぶ建物からは轟々と渦を巻く炎が上がっている。一向に衰える様子のないそれをぼんやりと眺めていたシリアは、ふと人の気配を感じてそちらを見やった。

 自分の正面。そこに立っていたのは以前もまみた少年だった。汚れのないまっさらな白い衣服に、業火に照らされた黒髪が風に揺れている。

「アーツ」

 その小さな背中に声をかける。すると城を一心に見つめていた彼が、自分の声にゆっくりとこちらを振り向いた。その容貌はまさしく出会った頃のそれであり、向けられたのはおよそ少年のものとは信じがたい――初めて会ったときにもそう感じたが――随分と大人びた、そして揺るぎない決意を湛えた眼だった。

「我は、己が法にりて、なんじが背を守らんと誓いし者」

 儀礼じみた台詞にシリアはぎくりと身をこわばらせた。カマランで耳にした一節、ニーリエに向けたラクレインの宣誓が、今度は自分に向けられている。主従たるべき意思の込もった言葉が。

「違うわ! 私が望んでいるのはそんなものじゃない! 私は……」

 咄嗟に言葉の続きを飲み込むと、取り巻く炎のせいではなく、羞恥に頬が熱くなった。夢の中ですら口にするのをはばかられる想い。自分は一体何を恐れているのか、それともそう思う自分の弱さなのか。言い表しようもないもどかしさが胸を満たし、悔しさに唇をきゅっとかみ締める。

『同じだ』

 そのとき突然耳に届いた声。清流のせせらぎの如く響いたそれに、シリアはそこで初めて傍らの気配に気がついた。

 そこに居たのは、やはりあの時と同じ自分とそっくりな容貌の乙女だった。しかし彼女はそれ以上何も言わず、ただじっとこちらを見つめてくる。向けられる青い瞳を通し、シリアはまるで自分の姿を見ているような錯覚に陥った。

 そうしてしばしの後、彼女はゆっくりと視線を後方へと移した。倣うと、通りの反対側、自分たち二人を央に据えてアーツと対をなす位置に一人の人物が立っているのがわかった。闇色の長衣ローブを身に纏い、地面にまで届く長い黒髪を無造作に流した人物。全身の黒に対比して際立つ白い手が、炎に照らされてほのかに色づき、そこだけ命のめぐり――人の体温を感じさせる。

『おいで』

 衣擦れの音もなく持ち上げられた手に、赤い唇から漏れ出した若い青年の声が重なる。初めて聞くはずなのに、シリアにはどこか懐かしい郷愁を誘う声に聞こえた。忘れてしまった遠い過去、何処で聞いたのかも思い出せないそれが、まるで自分を呼ぶ父親の声のように耳の奥に反響する。限りない愛おしさと安心感の一方、相反する恐怖と拒絶も同居するという不思議な感覚に翻弄され、助けを請うようにアーツを振り返った。

「私、どうしたらいいの」

 それを受け止めた鎧姿の彼は、何も答えることなく無言の佇まいを呈している。今この間にある距離感がそのまま心の隔たりのように思え、シリアの内に哀しみの波紋が広がった。

切なさは青い瞳を濡らし、瞬きをした瞬間に頬を一筋流れ落ちると、足元に落ちてぼんやりとした青い光を放ち始めた。

 女神の慈愛を映したかのようなあたたかなその光。触れようとして膝を落とした目の前で、青い光は一瞬にして収縮し宝石へと変わった。涙の雫の形をしたそれを手に取り、ぎゅっと握りしめて胸に抱く。

「かあさま」

 それは母の遺した形見。

「わたし、どうしたらいいの」

 大いなる温もりに向かい、シリアは導きを求めてすがるように呟いた。



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