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魔界への誘い  作者: 直井 倖之進
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第三章 『魔界の歴史』①


               第三章 『魔界の歴史』


「さぁ、ミカ様。どうぞ、ぐいと一気に」

 手に赤黒い液体の入ったグラスを持ち、足下おぼつかぬ様子でルキフグスが近づいてくる。酒に酔っているのか、その顔は鼻と頬を中心に赤い。

「嫌です!」

 ミカは大きく首を振った。

 ここは、城の屋上テラスの真下に位置する王座の間である。小学校の体育館ほどの広さがある割には、部屋の内装は至ってシンプル。両開きの大きな扉を入ると奥の方まで真紅の(じゅう)(たん)が敷かれ、最奥中央の一段高い(ひな)(だん)に玉座が置かれている。それだけである。

 現在、ミカはその玉座についていた。つまり、この城の王として正式に認められたというわけだ。人間界では、人柄、能力、金など、人の上に立つ条件は様ざまだが、魔界においてのそれはただひとつ、力である。そのため、城の魔物たちが皇帝の力を持つ彼女の前に平伏したのは、()(とう)なる結果であった。

「こちらは、ミカ様の皇帝ご就任記念の祝杯でございます。日本酒ならば(だい)(ぎん)(じょう)、ワインならばロマネ・コンティかシャトーとでも形容すべき、魔界の(めい)(しゅ)にございますぞ」

 とうとう雛壇の上にまでやってきて、ルキフグスがグラスを差し出す。

 椅子に座るミカは、もはや立ち上がることすらできなくなり、必死に訴えた。

「要りません! 私、子供だからお酒は飲めないんです」

「その点は、心配ご無用。平気にございますよ。これは、魔物にとっては極上の酒ですが、人間には普通の飲み物ですから、酔うことなどございません」

「普通の飲み物って、何が入っているんですか?」

 ミカがグラスの液体をまじまじと見つめる。

 さらりとルキフグスは答えた。

「地獄に落ちた人間どもの血を集め、熟成させたものにございます」

「人の血は飲み物じゃありません!」

 恐らくこれまで誰も言ったことがないであろう否定の言葉を口に出し、ミカはグラスから顔を背けた。

 だが、それでも酔っ払いルキフグスの説明は続く。

「昨今の人間界は、まさに悪の(そう)(くつ)。魔界以上に悪がひしめく、悪人の坩堝(るつぼ)となりました。それに伴い、死後に地獄へと落ちる輩も増えておりまして、このように多種多様な血のブレンドが可能となったのです。少し黒みが強いですが、コクがあって美味しゅうございますぞ。さぁ、ミカ様。どうぞ、遠慮なさらずに……」

「遠慮なんてしてません。要らないって言ってるんです。……え? ちょ、ちょっと、何するんですか? ……い、嫌あぁぁっ!」

 口元にグラスを当てられたミカの悲鳴が、王座の間にこだまする。

 その途端、(てん)(ばつ)覿(てき)(めん)とはこのことか、ルキフグスの頭の上に矢のような勢いで何かが落ちてきた。

「痛っ!」

 何かが床に転がる。

 それは、ミネラルウォーターの入ったペットボトルだった。

(くせ)(もの)め! 何奴だ?」

 痛む頭を擦りながら、きょろきょろとルキフグスが辺りを見回す。

 すると、何もないはずの玉座付近の空間から、男の声が聞こえてきた。

「随分と偉くなったものだな、(じい)

「そ、そのお声は、ルシファー様」

 赤い顔を青く変え、ルキフグスは全身を震わせた。

「ほう、我が誰だか分かったか。なれば、貴様はいつまでそこに立ち続けるつもりだ?」

「そこ、と仰いますと? ……はぅあ!」

 自分が玉座と同じ高さの雛壇にいることに気づいたルキフグスは、(とん)(きょう)な叫びとともに、そこから飛び退()いた。

「申し訳ありません。ルシファー様!」

 その場に(ひざまず)き、床に頭を擦りつけて許しを乞う。

 しかし、ルシファーの怒りは治まらなかった。

「ミカの言葉は、我の言葉と同じと思え。そう(しか)と命じたはずだが?」

 厳しく問い詰め、今一度その頭へとペットボトルを落とす。

「い、痛っ。……は、はい、もちろん忘れてなどおりません。それゆえ、ミカ様の皇帝ご就任には、()(しょう)ながらこの私も協力致しました。無論、今後もその忠誠に偽りはございません」

「そうか。では、今しがた嫌がるミカの悲鳴が聞こえた気がしたが、あれは、我の空耳であったか?」

「それは……」

「答えてみよ!」

 鋭くルシファーが言い放つ。同時に、十本ほどのペットボトルがルキフグスの頭に落ちた。

「痛たたた。も、申し訳ありません」

「なるほど。それはミカに対して不逞をなしたと認めるということか。……そういえば、貴様、先刻屋上にて宣言していたな。ミカに不逞をなす輩は皇帝の敵として処罰する、と。では、聞こう。配下の魔物どもの処罰は貴様がするとして、貴様の処罰は、いったい誰がする?」

「そ、それは……、痛っ、痛い」

 返答できないルキフグスに、ペットボトルの雨が降る。それは、ひれ伏す彼の肩や背中、ところ構わず落ち続け、二リットルの大物が頭に当たったことで(ようや)く終わりを迎えた。

 まるで干からびた蛙のようになるルキフグスに、ルシファーは告げた。

「もうよい。今後、ミカへの飲食物については、我が人間界より送り届けることにする。取り敢えず飲み物はそれを渡しておけ。それから、魔界の物は一切与えるな。分かったな」

「承知、しました」

 息も絶え絶えでそう答えると、それを最後にルキフグスは床に倒れた。

 ご訪問、ありがとうございます。直井 倖之進です。

 本日は週末。花の金曜日ということもあり、夕方にもう一度更新しようと考えております。

 話の流れ上、次話は少し短くなってしまうのですが、よろしければお付き合いください。

 それでは、一旦失礼いたします。

 

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