第五章 『一騎討ち』⑥
「いいかい、ミカ。あたしと戦った時にはなかった赤光が見えるってことは、あれから、あんたの中で何らかの心境の変化があったって証拠さ。何があったのかは知らないけど、今のあんたはルシファーと同じ。強大な魔力だけでなく、それを使いこなす心も備わったんだよ。そんなあんたに、怖いものなんてもう何もないんだ。あとは、絶対に負けないという自信だけ。さぁ、自信を持って、行っといで!」
ベルゼブブが、ミカの背中を押し出す。
「あっ、ちょっと……」
前のめりになりながらミカは、アスタロトの前へと歩み出た。
「漸く、終わったか」
ゆるりとアスタロトが立ち上がる。そのまま大斧を肩に担ぎ直し、彼はミカに聞いた。
「さて、死ぬ覚悟はできたか?」
「自信を持って」ベルゼブブの言葉を胸に、ミカは、真っ直ぐに彼を見上げて答えた。
「私は人間界に帰るんです。生きる覚悟はしても、死ぬ覚悟なんてしません!」
「ほう、さすがは魔女の軍団を倒したミカ殿。たいした自信だ」
にやりと笑ったアスタロトは、その目をベルゼブブへと向けて言った。
「おい、数の勘定は貴様に任せるぞ」
「はーい」
ベルゼブブは、大きく手を挙げて見せた。
「では、……行くぞ!」
宣言と同時に、アスタロトの大斧が唸りを上げて襲いかかる。
ところが、それがミカの体に当たろうとした瞬間、彼女の右腕で輝く赤光が、全身を包み込むまでに広がった。
赤い光に阻まれ、大斧は、ミカの体に触れることなく弾かれる。
勢いのまま、アスタロトは仰向けに倒れた。
「まさか、ここまで……」
起き上がったアスタロトが、赤く光り輝くミカを見つめる。
「分かっただろ? これが本当の皇帝の力さ。あたしらこれまで何度もルシファーと戦ってきたけど、あいつにとっては、遊びも同じだったってことなんだよ」
ベルゼブブが、少しの悔しさを滲ませる。
だが、
「まだまだ。ワシは負けん!」
地面を震わさんばかりに猛り立ち、アスタロトは、我武者羅に大斧を振り下ろした。
立て続けに、一度、二度、三度。
しかし、結果は同じであった。
「これで五回。もう諦めなよ」
宙に浮いた箒に寝転がり、ベルゼブブが負けを促す。
そんな彼女を横目で睨めつけ、アスタロトは答えた。
「貴様は、数も勘定できんのか。まだ四回だ」
「う、煩いわね! どうせあんたは負けるの。どっちでも同じでしょ!」
顔を赤くして、ベルゼブブが八つ当たりする。
すると、アスタロトは、
「ふむ。どちらでも同じ、か。それもそうだな」
と、肩に担いだ大斧を下ろした。
「諦めたの?」
ベルゼブブが問う。
アスタロトは首を横に振った。
「いや、全身全霊を込めた一撃でなければ、ミカ殿には敵わぬ。そう判断しただけだ」
「え、ちょっと待ちなさいよ。それって……」
寝ていたベルゼブブが、慌てて起き上がる。
それから、すぐさま、
「あ、あたしは関係ないから、逃げるよ」
と飛び立とうとするが、
「もう遅い。貴様も最後まで付き合え」
そう言うが早いか、アスタロトは、全身に力を込めた。
直後、それに呼応するかのように、地面が、いや、城全体が大きく揺れ始める。彼の体は黄色の光を放出し、その光は、大斧へと全て流れて集まった。
「ミカ殿、……覚悟!」
今も黙ってこちらを見上げるミカへの恐怖を断ち切るかの如く、アスタロトは、その頭上目がけて大斧を振り下ろした。
アスタロトの黄色の光とミカの赤色の光が激しくぶつかり合う。
轟音とともに足元の地面が裂け、双方は、屋上テラスごと階下へと抜け落ちた。
奇しくも、下の階はミカの城と同じく王座の間になっていた。
雛壇にある玉座の前にミカが、それを下りた場所にアスタロトが、それぞれ着地する。屋上から、大量の瓦礫が降ってきた。
土煙と埃で視界がかき消される中、そこに、ミカの声が聞こえてきた。
「まだ、続けますか?」
アスタロトは答えた。
「……いや、結構。こうなってしまっては、如何なワシももう戦えぬ。その椅子は、ミカ殿のものだ」
やがて、土煙と埃が床へと落ち、室内の様子が見えてくる。
そこには、玉座に座るミカと、その前で跪くアスタロトの姿があった。




